第3話

 ランタン量産の目処が立ったところで、建築士くんたち三人は研究室を出た。 外は非常に暗く、そこらじゅうで灯る松明の明かりが足元を頼りなく照らしていた。


 研究所前の暗い通路を松明の灯がぼんやりと照らす中、幼い子供たちが笑顔で駆け抜けていく。 その様子を朗らかな笑みで見送る建築士くんに、背後から声がかけられた。


「おやおや! 建築士様! お勤めご苦労様です」

「また何か画期的な発明でもなされたんですか?」


 子供たちの保護者と見られる三十路半ばの若奥さんたちに声をかけられ、建築士くんは満面の笑みで振り返った。


「ええ! 炎を使わない灯りを開発したので、あの松明は近々撤収しますよ! これからはアミーナちゃんたち中心に、今日発明した道具の量産をしていくと思います!」

「まあ! 火を使わずに灯りを点すんですか? それはまたとんでもない発明ですね」

「いえいえ、資源の残りが限られていますからね。 後の問題は牛肉とか豪華な食事が食べたいってことくらいでしょうか?」


 建築士くんはさも当然かのように、冗談混じりに告げる。 彼の呑気な冗談を聞き、若奥さんたちはおかしそうに笑い声を上げた。


「そんなそんな! 包囲されているというのに毎日ご飯にありつけるだけでもありがたいんですから、そんな贅沢言ったらバチが当たってしまいますよ」


 驚くべきことに、ルーガンダ帝国軍が危惧していた水や食糧の問題を、彼らは既に解決してしまっていた。 若奥さんたちはそれを建築士くんの功績だと言わんばかりの口ぶりだったのだが、その一言を聞いて建築士くんは眉を歪めていた。


「食料に関しては僕は何もしてないですよ? お礼を言うならナビアさんですからね」

「確かに、それもそうですね。 初めは魔物を鉱山の中に入れるなんて反対でしたが、こうして毎日食料にありつけるのなら最初に反対していたのがバカらしくなってしまいます」


 苦笑いを浮かべていた若奥さんたちを見て、建築士くんの後ろに立っていたファティマとアミーナはニンマリと笑顔を浮かべた。


「お師匠様! 今の話を聞いたら、ナビアさんきっと喜んでくれますよ?」

「喜ぶというか~、テンション上がってまた水源発見しちゃうんじゃな~い?」


 二人の言葉を聞き、建築士くんは嬉しそうに鼻を鳴らす。


「確かに、あの子たちはいまだに魔族軍から受けたトラウマを引きずってますからね」


 若奥さんたちが建築士くんに一礼してその場を去って行くと、入れ違うように全身鎧を纏った女性が薄暗い細道から走り寄ってくる。 金属同士が擦れる音が響き渡り、建築士くんたちの視線は、自然と全身鎧の女性へと向かう。


「建築士殿! やはりここにおられましたか!」

「あ! マテウス中佐! そんなに急いでどうされたんですか?」

「一大事です! 罠地帯を抜けたインテラル解放軍の将校が、とうとう正門前まで辿り着きました!」


 血相を変えて走ってくる女性を見て、建築士くんはいつも通りの挨拶をするような声音で返事をする。


 マテウス中佐と呼ばれた女性は全身汗ばんでおり、青墨色の長い髪が汗で頬に張り付いている。 兜の後ろからは馬の尾のような毛束が垂れており、全力で走ったのだろうか、ボサボサになってしまっていた。


 メルファ鉱山駐屯兵団長のマテウス中佐は、この街の警備や入り口周辺の見張りを担っている。 侵入者が正門に現れたせいか、相当な焦りようだった。


 肩で息をしながら必死に声を上げるマテウス中佐に対し、さほど驚いたような表情も見せずに建築士くんは質問を返した。


「何人ですか?」

「一人です! ですが正門までやってきたのは、戦場でその名を馳せている強力な魔女、ガーメール大尉です!」

「おお~! あの有名な灰燼公が来たか~」


 アミーナの間伸びした声を聞き、マテウス中佐は肩で息をしながらバタバタとその場で足踏みを始める。


「一刻を争います建築士殿! 急いで管制室にいらっしゃって下さい! 我々が保持する情報では、彼女が通った戦場には灰しか残らないほど強力な炎魔法を使うのです! 噂は伊達ではありません!」

「そうらしいですね。 でもまあ、正門にも鏡鉱石を使ってますから。 それに今頃正門に来られても……」

「その油断が命取りなのです! 彼女の凝縮した炎の魔法は、暑さ三ミリの鏡鉱石すら打ち破ると耳にしております! 正門の正面に貼られた鏡鉱石は厚さ一ミリ! 容易に破壊されるでしょう!」


 血相を変え、急かすように足踏みしているマテウス中佐。 早く建築士くんを管制室に連れて行きたいらしい。


 しかし話を聞いている建築士くんたちは、驚くどころか訝しんだ顔をしてマテウス中佐の顔を眺めている。


 先に口を開いたのはファティマだった。


「あの、マテウス中佐? もしかしてなんですけど……」

「話は後ですファティマ殿! 正門を破られたら一貫の終わりです! 急いで対策を練らないと!」


 気まずそうな顔で口を開いていたファティマだったが、急かしつけるマテウス中佐に半ば強引に話を切られた。


 落ち着いた声音で「ちょっと落ち着いてマテウス中佐、とりあえずあの正門は……」などと言おうとしていたファティマの言葉は最後まで聞かれずにほとんど無視される。


 建築士くんは米俵のように担がれ、拐われるように連れて行かれてしまうのだった。

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