第4話
「ようやく、ようやくここまで辿り着いたのだわ」
メルファ鉱山の正門前に、ボロボロの衣服を纏った一人の女性将校がたどり着いた。 紅の瞳には憎悪を募らせ、真っ白な肌には至る所に擦り傷や青あざがついており。 纏っていたローブも泥だらけで、片足は引きずるほどの負傷を負っている。
見るからに満身創痍なその女性は、クツクツと肩を揺らしながら高笑いを上げる。
「ふっふっふっふっふ、あーっハハッハッハッハッハッハ! これで、これでこのクソッタレた鉱山ともおさらばですわ! ここ数日で受けた屈辱の数々、忘れはしませんわよ! あんなアホみたいな仕掛けを作った人でなしを! この手で灰にすることができるのだわ!」
雪のように白い素肌を露わにし、紅の瞳をギラつかせながら高笑いをあげ続ける女性将校。
彼女はメルファ鉱山を包囲するインテラル解放軍魔導大隊を率いるガーメール大尉。 恨みつらみをまとわりつかせた高笑いをあげながら、足を引きずって門の前に歩み寄っていく。
門の前には誰も立っていない。 守る気がないのかと疑いたくなる惨状を前にして、ガーメール大尉は訝しげに目を細めながらもそこらへんに落ちていた石ころを拾い上げ、自らが進もうとする足場に向かって転がした。
「踏爆はないわね、それに落とし穴もなし。 周囲には泥沼も迷路もなし。 人族が幻影を作り出せるはずもないわ。 これは正真正銘メルファ鉱山の正門なのね!」
高さ五メーターはあろう立派な門を見上げながら、慎重に一歩ずつ歩を進めていく。 まるで何かの罠を警戒しているかのような慎重さで、這いつくばって地面に触れたり足元の石を転がしたりなどの手間を施し、たかが五十メーター程度の道を三十分かけて歩き切った。
その疑り深さはもはや呆れてしまうほどだったが、それも仕方がないこと。 彼女はこの正門に辿り着くまでに血が滲むような苦労を味わっている。
山の麓からメルファ鉱山までの道筋は一つしかない。 狭く曲がりくねった急な坂道。
千メーター近いその細道には、この世の地獄なのかと錯覚してしまうほどの罠が設置されていたのだ。
正門の様子を注意深く伺うガーメール大尉。 門の上部には物見櫓が設置されているが、人の気配はない。 持ち前の熱探知魔法で人がいないか探すのだが、門の中はおろか門の向こうにも人っ子一人存在していない。
(わたくしが進軍してきたと悟られて、全員逃げたのかしら? まあいいわ)
一人心の中で訝しむが、ここまでたどり着いた達成感が優っているのだろう、満足げに鼻を鳴らしながら足を引きずって門にさらに近づいた。
美しい光沢を放つ正門は、ただの木材や石材で作られたとは思えない。 恐る恐る手甲を叩きつけ、正門を形成している素材を確認する。
(鏡鉱石を表面に貼り付けているわね。 厚さは約一ミリ。 この大きさの門ですからね、一ミリが限界だったのかしら?)
門の表面に貼られていた鏡鉱石の存在に気が付き、ニヤリと口角を上げるガーメール大尉。
「この程度の厚さしかない鏡鉱石で、このわたくしの! 怒りの炎を止められるとでも思っているのかしら!」
ガーメール大尉が天に腕を伸ばすと、まっすぐ伸ばした掌の上に巨大な炎塊が出現する。 その大きさは一軒家を一瞬で焼き尽くすほどの巨大さ。
突然熱せられた周囲の空気が途端に上昇し、あたり一体の酸素を燃やし尽くす。
門の周囲は急激に上がった温度のせいで小さな上昇気流を上げ始めた。 ガーメール大尉の纏っていたボロボロのローブが、その気流に揺れてバサバサと風に踊り出す。
「フフフフフ、クッフフフフフフ! アーッハッハッハッハッハ! この炎塊を止めるには、これに込めた魔力の三割分の鏡鉱石が必要ですわよねぇ? いままで何人もの兵士を屠ったわたくしにはわかるわ! この極大炎魔法を止めるためには、鏡鉱石の厚さがおよそ五ミリはないと止められない! この表面を覆ってる鏡鉱石では、止めることなんて到底できないわ!」
魔法にはランクが五段階存在し、中級→上級→超級→極級→極大級の五段階。
ガーメール大尉が言うように、鏡鉱石が跳ね返せる魔法の総量は決まっていた。 一ミリの厚さで防げるのは中級魔法程度。 上級なら二ミリ、それを超える超級魔法が三ミリ。
五段階の内最上級に分類される極大魔法を使うことができるガーメール大尉にとって、一般兵が武装する厚さ一ミリのミラーシールドはもはやガラスにも等しい。
今まで何人ものルーガンダ帝国兵を灰にしてきた彼女の炎魔法は戦場の兵士たちから恐れられ、つけられたあだ名は灰燼公。 彼女が猛威を振るった戦場には灰しか残らない。
これは大袈裟ではなかったのだ。
「さあ、ようやくこの地獄から解放されるのだわ! 灰になって滅びなさいメルファ鉱山! このクソッタレた悪魔の迷宮を、今ここで踏破してやるのだわ!」
ガーメール大尉が天に掲げていた腕を勢いよく振り下ろす。 彼女の頭上で燃え盛っていた巨大な炎塊が正門めがけて放たれた。
その大きさは高さ五メーターに及ぶ正門の半分以上を隠してしまうほどの大きさ。 直径三メーター以上ある巨大な炎の塊が、無慈悲に正門へ注がれる。
地響きを上げながら炎塊が正門に触れ、焼却された石材の香りがガーメール大尉の鼻口をくすぐった瞬間、正門の一部が眩い輝きを放った。
「ほえぇ?」
思わず素っ頓狂な声をあげるガーメール大尉だったが、次の瞬間。
「クソッッッタレがァァぁぁぁァァァぁぁ!」
炎塊は門を数センチ焼き焦がした場所で暴発し、その魔法に込められていたエネルギーはガーメール大尉の元に跳ね返った。
「これで、これで終わりだなんて思いませんことよォォォぉぉ!」
負け犬の遠吠えのような台詞と共に、ガーメール大尉は流れ星のように遥か彼方へ吹き飛ばされていった。
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