第5話

「い、一体何があったのですか!」


 管制室の壁に取り付けられていた覗き穴から目を逸らさずに、大口を開けながら質問を投げてくるマテウス中佐。 研究室と違いこちらの部屋は少々明るめに作られている上に全員が着席できる分の椅子も用意されている。 マテウス中佐以外は部屋の中央に置かれていたテーブルを囲って呑気にお茶を啜っていた。


「表面の鏡鉱石は囮ですよ。 本命は門の中に埋め込んであるんです」

「門の、中に?」


 ようやく覗き穴から視線を逸らしたマテウス中佐が建築士くんの方へ振り返ると、やれやれと肩を窄めるファティマ。


「マテウス中佐、お師匠様が書いた設計図に目を通していなかったのですか?」

「あ、その。 わたくし軍人なもので、複雑すぎる設計図を見ているとついつい眠気が……」

「はぁ~。 帝国の重鎮たち、人選間違えてんじゃな~い?」

「ちょっとアミーナさん! そんなこと言ったらマテウス中佐が泣いちゃうからダメですよ!」


 辛辣な発言をしたアミーナにこっそり耳打ちをする建築士くんだったが、すでにマテウス中佐は涙目になっていた。


「だってだって! 建築士殿の設計は最先端すぎて素人の私では理解が難しいのです! あなた方は建築士殿から直接指導していただいてるゆえわかるかもしれませんが! 私は教育などされていない! わかっているのは火銃の打ち方と剣の振り方だけなのです!」

「あ~あ~ごめんって~。 あたしが悪かったから怒って唾飛ばさないでよ~」


 アミーナは縋り付いてこようとするマテウス中佐を、頬を引き攣らせながら鬱陶しそうに宥める。 その様子を見ていた建築士くんは苦笑いを浮かべながら後頭部を掻いていた。


「マテウス中佐、頭が悪いあなたのために! 私があの門に隠された仕掛けをお話ししましょう!」


 湯呑みをテーブルに叩きつけ、自信満々に腕を組むファティマを横目に、マテウス中佐はその場で背筋を伸ばして敬礼をする。 しかし建築士くんの耳元でアミーナはボソリと呟いた。


「設計したの建築士くんなのに、あの子なんであんなドヤってるの~?」

「アミーナさん! ダメですよそんなこと言っちゃ!」


 コソコソ話をしている二人を横目に見つつ、ファティマは頬を赤く染めながら咳払いをすると、


「まずあの正門まで辿り着くのに仕掛けられたトラップは、ほとんど地面に細工されていましたよね?」

「確かに。 落とし穴や、剣山が沈められた泥沼、永眠蝶の睡眠胞子が充満する迷路に踏んだら爆発する踏爆地帯。 それからぬるぬるの坂道にビリビリの沼だったな。 うう、考えただけで身の毛もよだつトラップだ」


 マテウス中佐は建築士くんたちが考案した罠の数々を指を折りながら数えていき、その恐ろしさに顔を青ざめさせた。


 今この瞬間も建築士くんが作り上げた地獄のトラップまみれの一本道を、インテラル解放軍の兵士たちが死に物狂いで攻略に取り掛かっているが、一ヶ月経った今も、誰一人として正門まで辿り着けていない。


 原因は簡単、トラップ以外にも鏡鉱石を加工した板が壁や床など、至る所に設置されているため、魔族たちは迂闊に魔法が使えないのだ。


 トラップの地獄を切り抜け、ようやく正門に辿り着いたガーメール大尉は、自分の魔法が跳ね返ったことで遥か彼方に飛ばされ星になってしまっている。


「ガーメール大尉は正門に辿り着いた時足元にばかり注意していました。 まあ注意力はかなり上がっていたのでしょう、正門の作りも気にしていましたね。 気持ちばかりに手の甲でつついて素材を確かめていました」

「ああ、あの正門の表面に鏡鉱石が使われていたのを私は知っている。 だからガーメール大尉も鏡鉱石を警戒して門の素材を確かめていたのでしょう?」


 首を傾げながら聞き返すマテウス中佐がそのまま質問を続ける。


「しかしあの鏡鉱石は厚さ一ミリ、あの程度で極大魔法が防げるわけがない」

「もちろんです、極大魔法は五ミリ以上の厚さがないと防げません。 さすがはガーメール大尉でしたね、そのことに気がついていました。 だから油断してしまったのでしょう」


 ファティマはふふんと鼻を鳴らしながらしたり顔を作った。


「一ミリの鏡鉱石なら、極大魔法を使えば余裕で割れる、ってね」


 何当たり前のことをドヤ顔で言っているのだ? といいたそうな顔でファティマを凝視しているマテウス中佐だったが、ここからが面白いところだと言わんばかりにファティマは勢いよく立ち上がり、両腕を大袈裟に広げた。


「誰もがきっとこう思うでしょう! 高さ五メーターの正門を覆うために、コストと資源の都合上鏡鉱石を一ミリにしかできなかったと! そして鏡鉱石の裏は傘増しするために石壁や木材しか使われていないのだろうと!」


 声高らかに、演劇でもしているのかと思わせる身振り手振りで声を張るファティマ。 聞いていたマテウス中佐は思わず全身に力が入っていた。 両拳を握りしめて胸の前に持っていき、わくわくキラキラした瞳でファティマに視線を釘付けにしている。


 もはや設計した本人は聞いているだけで恥ずかしいだろう、渋い顔で二人の様子を見守りながらお茶を啜っている。


「ななななんと! お師匠様はその油断をついた仕掛けをあの門に施していたのです!」

「そ、その仕掛けとはなんなのだ! なんだというのだ! おい! もったいぶらずに早く教えんか!」


 もしもマテウス中佐が犬だったのなら、尻尾をブンブンと振っていたのだろう。 ギラギラと瞳を輝かせながらファティマの次の言葉を今か今かと待っている。


「あの門は! 驚くべきことに! 三重構造になっているのです!」

「さ! 三重構造だとぉぉぉぉぉ!」

「一層目は約一ミリの鏡鉱石、二層目は木材や石材などの傘増し! そして三層目、門の中心部分にはなんとぉぉぉ! ——厚さ十ミリの鏡鉱石が埋め込まれていたのです!」

「あ、厚さ! え、えぇぇぇぇぇぇ! 厚さ十ミ、えっ? 十ミリ? ほえ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」


 泡を食いながら目玉をかっぴろげるマテウス中佐。 彼女は非常にリアクションがいいのだ、いちいち大袈裟に驚くためみんなからこういうふうに揶揄われている。


 マテウス中佐の芸人顔負けなリアクションを目の当たりにし、ファティマは満足そうに腕を組んだ。


「そう、厚さ十ミリの鏡鉱石、縦百七十センチ横八十センチの大楯ですね、これが門の両扉内部、ほぼ中心に埋め込まれています。 表面の鏡鉱石が薄いことに気が付き、さらに手の甲でつついただけではその裏側に木材や石材があるということしかわかりません。 ましてや熱探知では人の存在しかわかりませんからね。 隠された鏡鉱石の存在に気がつくためには、お師匠様が作り出した金属レーダーなる物がなければ気がつかないでしょうが、レーダーの存在を知っているのは我々だけですからね」


 鏡鉱石が触れた魔法を跳ね返す条件はその魔法に少しでも触れること、許容以内の魔法が触れた瞬間魔法を跳ね返すため、いちいち門全体に分厚い鏡鉱石を敷き詰めなくても魔法は跳ね返せるのだ。


 門を壊すために魔法は門のどこかにぶつけるであろうから、門の裏側に一定間隔で分厚い鏡鉱石を配置すればいい。 相当イラついていたガーメール大尉はバカでかい炎塊を放ったのだ、たった一部しか作っていなかったとはいえ、分厚い鏡鉱石に当たらないわけがない。


 鏡鉱石が発掘されるメルファ鉱山なのだ、発掘しようと思えば大量に発掘できる。 包囲されている今でも鏡鉱石は絶賛発掘中である。


 資源も無駄遣いしないし、何よりわざわざ門全体を鏡鉱石で覆っていたら、それ以外に鏡鉱石があるだなんて気がつかないだろう。


「す! スッゲェ! 騙された! 騙されましたぞ建築士殿ぉぉぉ!」

「ああはいはい、ありがとうございますマテウス中佐、嬉しいですほんと。 だから離れてください」


 子供のように目を輝かせたマテウス中佐が建築士くんの手を両手で包むように持ち、尊敬の眼差しを鼻がつきそうな距離で向けてきていたため、建築士くんは明後日の方角を向きながら困り顔で適当にあしらっていた。

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