第6話

 翌日、メルファ鉱山の正門には小気味良いリズムを奏でる金属の殴打音が響いていた。 物見櫓から命綱を伸ばし、その綱の先端にはぶら下がっている青年がいる。 彼に直撃した朝日を眩しそうにしながらも、黙々と作業に取り掛かっている。


 マテウス中佐は破壊された正門を視察するためゆっくりとした足取りで青年に近づき、目をキラキラさせながら大声で敬礼をする。


「おはようございます建築士殿!」

「あ、マテウス中佐? おはようございます」


 作業中だった建築士くんは一度手を休め、下から声をかけてきたマテウス中佐に視線を向け、肩越しにペコリと頭を下げる。 作業服にはところどころに石材などの汚れが付着しており、長いこと作業に取り掛かっていたであろうことが見て取れる。


 建築士くんは昨日ガーメール大尉に破壊された正門の修理に当たっていた。 炎塊は鏡鉱石のカウンターで吹き飛ばしたとはいえ、表面を覆っていた一ミリの鏡鉱石板と二層目の石材や木材は炭になってしまっている。


 一度トラップ地獄を踏破したガーメール大尉ならもう一度ここまで来ることも考えられるため、早めの修理が好ましい。


 マテウス中佐は門を修理していた建築士くんを見上げながら、少し不安そうに眉を歪めた。


「あの、建築士殿。 お仕事中に申し訳ないのですが、少々相談があります」

「はい大丈夫ですけど、相談ってなんですか?」

「その、ガーメール大尉のことなのですが……」


 話を聞くために作業を中断し、綱を伸ばして降りてきた建築士くんにマテウス中佐は困った顔で語りかける。


「一度あの迷宮を攻略したガーメール大尉なら、もう一度ここに戻ってくるのも時間の問題かと思います。 なのに、ただ正門を治すだけで良いのでしょうか? ここいら一帯は罠が仕掛けられていないですし、空いてるスペースに罠を貼り直した方がいいのでは?」

「その質問には私が答えましょう!」


 物見櫓の上方から大声が響いてきた、マテウス中佐は驚いた表情で櫓を見上げると、


「むむ! ファティマ殿! どうしてこちらに?」

「私はお師匠様の弟子なのです! 命綱を固定したり必要な道具を渡したりと、たくさんのお手伝いをしていました!」


 櫓の上からしたり顔で指を刺してくるファティマに、マテウス中佐はきおつけしながら敬礼を向ける。


「さようでしたか! ご苦労様ですファティマ殿! して、ファティマ殿はどうお考えなのでしょうか?」

「そんなの、門を治すだけで大丈夫でしょう! ですよね? お師匠様!」


 褒めて褒めて! と言いたげな視線を建築士くんに向けるファティマ。 マテウス中佐の前で棒立ちしていた建築士くんはその視線を受けて苦笑いを浮かべる。


「あ、うん。 そうだね」

「いやいや! そうは言いましても相手はあのガーメール大尉です! 準備をするに越したことはありません! 罠を増やすぐらい、あなた方なら簡単でしょう!」


 納得がいかないのだろう。 マテウス中佐はガーメール大尉の恐ろしさを誰よりも知っている。 それ故昨日撃退できたのも奇跡だと思っているふしがあり、今の守りが手薄な正門の状況を不安に思っているのだ。


「マテウス中佐、あなた随分と偉そうに意見を言っているみたいですが。 あの後正門の設計図をちゃんと読んだのですか?」

「え? いや、それはまあ。 わかる範囲では見ましたよ?」

「じゃあそんなアホみたいな感想は出ないでしょ!」

「アホとはなんですかアホとは!」


 いまだに櫓の上から大声で語りかけてきているファティマから、マテウス中佐への辛辣なコメントが響く。 何度も記述するがこれを設計したのはファティマではなく建築士くんだ。 なぜか偉そうにマテウス中佐にお説教を始めるファティマを見上げながら、建築士くんは額に汗を浮かべつつ、


「ファ、ファティマちゃん? もう休んでいいですから降りて来て下さい。 そのまま喧嘩してたら喉が痛くなっちゃいそうです」

「そ、それもそうですね」

「いえ、建築士殿! それなら私がファティマ殿の元へいけばいいでしょう!」


 そう言うと、「アホって言った方がバカなのですぞファティマ殿!」などと言いながら、マテウス中佐はガシャガシャと鎧の擦れる音を響かせ、物見櫓から下ろされた縄梯子を登っていく。


 建築士くんはマテウス中佐が櫓に登っていくのを横目に確認し、小さなため息をついてから作業に戻っていった。



 

「それで、マテウス中佐はこの正門に仕掛けられた罠が厚さ十ミリの鏡鉱石だけだと思っているわけですね?」

「ええ、それがわかってしまえばこの正門は私でも攻略できるように思ってしまいました」


 正座をしながらファティマの質問に答えるマテウス中佐。 ファティマはマテウス中佐のその意見を聞いて「かはぁ~」っと、肺から息が大量に漏れているようなため息をつく。 弟子のくせにやけに偉そうな点は、もはや誰もツッコミはしなかった。


「やっぱりあなた、設計図見たって言ったのは嘘じゃないですか! じゃないと、正門を突破できるだなんておこがましい発言は出ないですよ?」

「いやいや! 見ましたとも! 見たけど意味がさっぱりわからなかったのです! それに私は魔法を使いませんから、魔法を使わない私にとって、鏡鉱石は怖くもなんともないのです!」

「ああ、もう設計図見てないと確信しましたね。 まあいいです。 そこまで言うなら、お師匠様が正門を直した後。 この正門の恐ろしさを、あなたがその身で確かめてみてはどうです?」


 ファティマの挑発的な発言を聞き、マテウス中佐は鼻息を荒げながら


「望むところです! 私は魔法を使えませんからね! 鏡鉱石が仕掛けられた門などに遅れは取りません!」




 そんなマテウス中佐の自信満々な発言から二時間後、


「制限時間は無限にしてあげましょう! ささ、鍵は空いてるので好きに挑戦して下さい!」

「ファティマさん、一体何があったんです?」


 一仕事終えて櫓に帰ってきた建築士くんは、いきなり始まったマテウス中佐の正門攻略を見下ろしながら眉を困らせている。


「マテウス中佐がどうしても正門の守りが心配だと言って聞かないので、その身であの正門の恐ろしさを味わってもらおうとしてます!」

「ハァ~。 仕事が増えないといいですけどね」


 建築士くんは頬杖をつきながら「今に見ていろファティマ殿! その偉そうな口を塞いでくれるわ!」などと言いながら正門に駆け寄ってくるマテウス中佐を見下ろした。


 マテウス中佐は設計図をチラ見しているため、この辺りの地面に罠が仕掛けられていないのは知っている。 そのためなんの迷いもなく門に駆け寄ると、力任せに門の扉に両手を押し当てた。 そのまま「ふぬぅ!」などと言いながら全身の力を使って門を押す。


 しかしびくとも動かない。


 プルプルと体を震わせながら正門を押していたマテウス中佐は、顔を真っ赤にしながらファティマに文句を言い始める。


「卑怯ですぞファティマ殿! 門の鍵は空いてるって言っていたではないですか!」


 憤慨しながら声を荒げるマテウス中佐に、ファティマは呆れたような顔で返事する。


「いや、間違いなく門に鍵はかかってないですよ? 設計図見たとか言ってたじゃないですか? もしかして、適当に目を通して意味わからないから諦めたなんて言わないですよねぇ? 私ならその正門、五秒で開けられますけど~」

「ぐぬぬぬぬ! わかったぞ! 鍵ではなく閂をつけているのですね! そんなトンチは面白くないですぞ! やはりファティマ殿は卑怯です!」

「閂なんかこの門に必要ねぇわだぁーほ! ブーブー文句言ってないで開けられるもんなら開けてみろってんでぃ!」


 ブーブー文句を言ってくるマテウス中佐にイライラしてしまったのだろう、ファティマの言葉遣いが見違えるほど荒くなっている。


 マテウス中佐は口を窄め、いろんな角度から門の様子を確認する。


「一体どんな仕掛けが?」


 門の表面をコツコツ手甲でつついた後、何度か門を押したり引いたり、終いには蹴ったりして確認するが、やはりびくともしない。


 「ならば力技!」などと言って助走をつけて飛び蹴りを披露するマテウス中佐だったが、硬い門に飛び蹴りをお見舞いしたせいで、両足を抑えて蹲ることしかできなかった。


 そうして、三十分が経過した。


「わかったぞ! この門は囮だ! 本当は壁をよじのぼるのだな!」


 そう言って門に背を向けてその隣に聳え立っていた、象牙色の壁部分に向かうマテウス中佐。 その行動を見た瞬間、中々仕組みに気がつかないマテウス中佐を観察するのに飽きていた建築士くんとファティマは、むしゃむしゃと食べていたクッキーを投げ飛ばして慌てて櫓から身を乗り出す!


「ちょっと待ったマテウス中佐! そっちはダメです!」

「血迷ったかマテウス中佐! お前ぜってぇ設計図見てないだろ!」


 血相を変えて身を乗り出してくる建築士くんとファティマを下から見上げていたマテウス中佐は、しめたとばかりに口角を吊り上げた。


「ふふ、その慌てよう、やはりこちらが本命でしたか。 私がこの門を突破した暁には、自分の考えが甘かったことを謝罪する言葉を考えていて下さい! いざ、参る!」

「「行くなぁぁぁぁぁ!」」


 青ざめる建築士くんたち、したり顔で地面を蹴るマテウス中佐。


 勢いよく助走をつけ、壁の数歩手前で高々とジャンプ。 勢いよく壁の直前に着地しながら屈伸して、全身のバネを使う。 そうして人族とは思えないほどの身体能力を発揮して垂直跳び。 約三メーター近くの高さを海老反りになって飛び上がり、得意げな顔で壁にペタリと張り付いた。


 そう、カエルのように情けないガニ股で。 ペタリと貼り付いた。


「あっちゃ~」

「やりやがったあのバカ中佐」


 頭を抱えて固まってしまう建築士くんたち。


 壁に貼りついたマテウス中佐は、ピクリとも動かないまま「ふぬ! ふんぬらばぁぁぁぁぁ!」などと呻いているが、口以外ピクリとも動かない。


「あ、あの~。 動けなくなってしまいましたが、どうすればいいんです?」

「自業自得ですね」

「『設計図を見てませんでした、偉そうなこと言ってすみませんファティマ様』って言ったら、助けてあげなくもないですよ?」


 ゴミ虫を見るような視線を向けてくる建築士くんたちに、ゴキブリのように壁に貼りついたマテウス中佐は涙目を浮かべながら、


「設計図の見方が分かりもしないのに、偉そうなこと言ってすびませんでしだぁ! お願いですからたすげてくださぁぁぁぁぁい!」


 鼻水と涙で大洪水を発生させながら、マテウス中佐は有無を言わさず助けを求めたのだった。

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