第7話

「ちょっと~、何仕事増やしてくれちゃってんのぉ~?」

「この度は多大なるご迷惑をお掛けした事、心よりお詫び申し上げると同時に、今後はこのようなことが起きないよう誠心誠意注意して行く所存で……」

「いや、長いわ! 反省してんなら~、とっとと瞬間接着液持ってくる~」

「かしこまりましたアミーナ殿! このマテウス、風よりも早く瞬間接着液をお持ちいたします!」


 足を車輪のように動かしながら去っていくマテウス中佐。 それを見送っていたアミーナはさぞめんどくさそうにため息をつく。


「ちょっとファティマちゃ~ん、あんたも原因の発端なんだから~。 知らん顔してないで手伝ってよ~」

「しょ、しょうがないですね、今回ばっかりは手伝ってあげてもいいですよ!」


 口を窄めながらアミーナに続いて縄梯子を登っていくファティマ。


 この正門には鬼畜な仕掛けが施されていた。 一つは門扉の中に隠された分厚い鏡鉱石板。 そして少し奇怪な正門を開ける仕組み、極めつけは城壁に塗りたくられた瞬間接着液。


 アミーナは毎朝早起きしてこの城壁に瞬間接着液を塗りなおしている。 この作業は手先が器用な鍛冶精霊にしかできないのだ。 普通の人間が取り掛かれば瞬間接着液を塗るための板が壁に貼りついてしまう。


 正門を突破できないと思ったマテウス中佐は助走をつけてジャンプして、見事城壁の中間あたりに貼りついてしまった。 それを見た建築士くんとファティマが慌てて剥離液を取りに行き、やっとのことで救出したのだが……


 そのせいで瞬間接着液をもう一度塗る羽目になり、仕事が終わってお昼休みのお昼寝中だったアミーナを叩き起こすことになってしまった。 そのため今のアミーナは非常に不機嫌である。 彼女は激怒すると非常に怖いため、誰も逆らえない。


 そもそも、ファティマとマテウス中佐の頭頂部についた巨大なたんこぶを見れば、誰も逆らう気にはならないだろう。


 結局周りに多大な迷惑をかけたマテウス中佐とファティマは、欠損した瞬間接着液塗布をできる範囲で手伝った後、正門前で正座三時間の刑に処されてしまった。


 正座していたファティマが口を窄めながら、隣に座っているマテウス中佐を睨みつける。


「中佐が余計なことしたせいでこんなことになっちゃったじゃないですか」

「そ、そうは言われましてもファティマ殿が正門に閂をかけるから……」

「いや、だからあの正門は閂つけても意味ないって言ってますよね?」


 冷静になったファティマは口調が元に戻っている。 二人の会話を聞いていたアミーナは、眉間にシワを寄せながら建築士くんに視線を送る。 すると建築士くんは疾風が如く頷いて二人の元に走った。


「マテウス中佐! この正門を開ける方法、特別に教えてあげますので喧嘩はやめてください」

「あ、はい。 喧嘩してませんでしたが……分かりました!」


 素直に元気よく返事するマテウス中佐。 『その素直さをもっと早く見せてくれれば、このような惨事は起きなかったのに』と言いたい気持ちをおさえて、建築士くんが正門の前に立つ。


 すると何を血迷ったのか? 建築士くんは門の取手には一切触れず、突然屈んで正門の下に指を突っ込んだ。


 意味不明な光景を前に、マテウス中佐は『何してんだこいつ?』とばかりに首を傾げる。


 が、建築士くんが立ち上がりながら勢いよく両腕を振り上げると、正門はガラガラと音を立てながら上にスライドしていく。


 念のためもう一度記述する。 巨大な正門は、上にスライドして行った。


 鍵がかけられていないため、少し踏ん張るだけで簡単に開いてしまった。


「とまあ、この正門、押し戸でも引戸でもなくて、スライド式なんですよ」

「くわぁ、っはひぃ?」


 マテウス中佐はそれはもう面白い顔面で驚いていた。 その形相は水位が下がった水中で、一生懸命息を吸おうと口をぱくぱくしている鯉に似ている。


 隣で正座していたファティマはくすくすと肩を小刻みに震わせながら、マテウス中佐のリアクションを堪能する始末。


「この扉はスライド式な上に僕が作業し終わったら鍵を閉めます。 その上無理やり扉を開けようとして力ずくで押したら、扉の間にくっつけている硬質ゴムがビヨーンって伸びて、指を扉の間に挟むかゴムが戻った衝撃で吹き飛ばされます。 さらにはこの扉を力尽くで押した時に作動するトラップが城門の天井に五個ありまして、え~っと一個目が……」

「あ! あの! もし、もし私の腕力がそのゴムをビヨ~ンってすることができて、扉の間に指を挟んでたらどうなってましたか?」


 おそるおそるといった表情で問いかけるマテウス中佐に、建築士くんは何食わぬ顔で、


「まあ、普通に潰れて指を無くしますよね?」


 まるで息をするように平然と答えた建築士くんだが、マテウス中佐はギョッとした顔で自分の両手を凝視する。


「そそそそれなら! こここ、この正門は修理するだけで大丈夫そうですね。 というかファティマ殿! その、私がこの門を押してる時、万が一が起きていたら一体どうするつもりだったので?」

「いや、この正門をビヨ~ンってできるのは身体能力に優れる武族くらいですから、人族には不可能ですよ?」


 こうして正門の恐ろしさを知ったマテウス中佐は、それ以降設計図の見方をファティマに習うようになった。 その日を境に二人は毎日のように、ガミガミと喧嘩しながら設計図の読み方を学んでいる。

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