第33話
静かになった第二関門の室内で、痛そうに頭を抱えながら目を覚ますガーメール大尉。 ぼーっとした視界を左右に揺らし、現状の把握を試みている。
「はて、わたくしはどうして寝ているのかしら?」
意識を失う前の記憶を手繰り寄せる。
「そうでしたわ、あの扉のドアノブに触れた瞬間、全身がビリビリとしてしまって動けなくなったんですの!」
上半身を起こすと、身体中の痛みに気がついたのか、きつそうに顔をしかめた。
雷石のドアノブに触れてしまったガーメール大尉は感電して身動きが取れなくなり、デルカルの風魔法で無理やりドアノブから引き剥がされた。 その際壁に背中を強打して失神。
小一時間の間眠りについてしまっていたようだが、部屋中を見回しても誰もいないことに気がつく。
「もしかしてわたくし、置いていかれましたの?」
立ちあがろうとした瞬間、隣で誰かが濡れていることにようやく気がつく。 ガーメール大尉は首を傾げながら隣に視線を移すと、
「ブラヒム? ブラヒムですの? どうかしましたの?」
隣で寝ているブラヒムを見て、突然慌て出すガーメール大尉だったが、ゆっくりと上下している胸部を確認し、ホット胸を撫で下ろす。
「息はしていますのね。 よかったですわ! それにしてもデルカルたちは一体どこへ?」
デルカルは現在、謎の推理の末に導き出したこの部屋は行き止まりだという勘違いのせいで、来た道を戻ってあるはずもない隠し通路を探している。 そのためこの部屋には意識を失っていたガーメール大尉とブラヒムしか残っておらず、目を覚ましたばかりのガーメール大尉は状況を掴めないでいた。
何気なく室内を見回すと、倒れた看板の後ろに隠されていた小さな横穴に視線を奪われる。
「おや? こんな穴、さっきまであったかしら?」
ガーメール大尉はなんの躊躇もなく四つん這いになり、横穴の中に入っていく。
「もしかして次の罠につながる通路でしたの? ってことはデルカルたち、わたくしとブラヒムを置いて先に向かったのですわね!」
置いていかれたというのに、どこか誇らしげにほくそ笑むガーメール大尉。
「さすがわたくしの部下ですわ! わたくしが脱落したとしても、その足を止めなかったのですわね!」
一人嬉しそうに呟きながら、ガーメール大尉は第三関門の部屋にたどり着く。
ここはマテウス中佐とファティマが挑み、頭がしっちゃかめっちゃかになってギブアップしたギミックがある。
部屋の真ん中に置かれた三体のモグラ像を、灯りのついていないランタンの方に向けなければならない。 ランタンの方にも仕掛けがあり、どれか一つでもランタンを消せば、その動きに連動して他のランタンが点いたり消えたりしてしまう。
法則が分かれば数十秒で解ける簡単なギミックだが、適当にランタンをつけたり消したりすれば頭がこんがらがる。 モグラの像を回転できる事実さえ知ってしまえばギミックを解くのは簡単だが、相当捻くれた挑戦者でもない限り気づくのは難しいだろう。
ガーメール大尉はいつも通り念入りに進む先の地面を撫で付けながら安全を確認し、モグラ像の近くまで進んで行く。
すると奥の壁に貼り付けられていた看板に気がついたガーメール大尉、素っ頓狂な顔でその看板の中に書かれていた文章を音読する。
「モグラの視力は光に弱い。 故にこの部屋の光からモグラを守らなければ、この部屋の扉は開かない……え?なんですのこれ? このモグラ像に何かしらの仕掛けがあるのかしら?」
モグラ像の周りを慎重に観察し、目を細めながらモグラ像を隅から隅まで観察するガーメール大尉。
「よくわかりませんわね。 もしかしてこの部屋も、看板の後ろに隠し通路があるのかしら?」
ガーメール大尉は看板のそばまで歩み寄り、恐る恐る看板に触れる。 指先でちょんちょんと看板の縁をつつき、ビリビリしないことがわかってから看板をペタペタと触り始める。
「どうやらこの看板は壁に取り付けられているのですわね。 そもそもあの悪魔たちは同じような罠を何度も使いませんものね」
ガーメール大尉は顎を撫でながら今一度部屋の中を観察する。 すると何かに気がついたのだろう、ハッと目を見開きながら振り返り、看板に書かれていた文章をもう一度確認する。
「モグラの視力は光に弱い、って書いてありますわね。 この部屋のランタンは六つ、そのうち四隅のランタンだけは灯っておりますわ! つまり! このランタンを消せばよろしいのですわね!」
ガーメール大尉はなんの躊躇もなく右前のランタンを消した。 おそらく看板の横にあったからだろう。
すると左前のランタンが消え、消えていた左右中央のランタンが灯ってしまう。
突然灯りが点いたランタンを二度見し、消えたランタンを横目に確認。 慌てて臨戦体制をとるガーメール大尉!
「何やつ! 卑怯ですわよ! 隠れてないで姿を現しなさい!」
沈黙する室内。 ガーメール大尉は額に玉の汗を浮かべながら、注意深く部屋中の様子を伺う。
「どこに隠れていますの? 少なくとも二人……いや、三人はいますわね? このわたくしに気づかれないように、ランタンの灯りを点けたり消したようですわね? その隠密力は褒めて差し上げますわ!」
ガーメール大尉の鋭い視線が部屋中に向けられ、突然身を翻したり背後に視線を向けたりして、いるはずのない敵の存在を探し続けるガーメール大尉。
「ですが残念でしたわね! あなたは判断ミスを犯しましたわ! このわたくしに気づかれていない内に攻撃を仕掛けるべきでしたの! ランタンの光を灯す悪戯などせずに、奇襲を仕掛けていれば、このわたくしを倒すことができたかもしれませんのよ!」
どうやらランタンの灯りが点いたのは誰かの悪戯と勘違いしているらしい。 これはそういう仕組みなのだ。
「隠れてないで出てきたらどうですの! 尋常に勝負ですわ!」
もちろん部屋の中にはガーメール大尉しかいないため、部屋からは誰の返事も返ってこない。 しかしガーメール大尉はギリと奥歯を軋らせた。
(くっ! こやつら、できるわね!)
どうやら気配を消すのが上手すぎる、こいつはかなりの実力者だ! だなんてことを心の中では思っているらしい。 渋い顔つきで呪文を唱え、手元に炎で作り上げた、紅蓮に燃える片手剣を精製した。
「この魔法は、ミラーシールドを持つ兵士たちを倒すために作った魔法ですの。 足元や肘で炎を爆発させて加速し、背後に回り込んで兵士を倒す。 ミラーシールドなど、触れなければ何も怖くありませんのよ!」
炎を爆破させて加速するガーメール大尉は戦場でもかなりの武勇を誇っていた。 運動神経の悪さは魔法で補うことができるのだ。 しかしこのメルファ鉱山の罠地帯では、その運動神経を発揮できなかった。
なぜなら床のあらゆるところに鏡鉱石が仕込まれていたため、地面を爆破した衝撃で加速するガーメール大尉の加速魔法とは相性が悪かったのだ。
対してデルカルが直接人間に向ける突風魔法は壁や床に触れずに使用できる。 ガーメール大尉は自分自身に効果を発揮する魔法を使えないため、このメルファ鉱山では思うように戦えない。
というか、この場にはガーメール大尉しかいないため、長々と戦う前提の説明をするのに意味はない。 ついつい筆が乗ってしまった。
ガーメール大尉は緊迫した表情でゆっくりと横移動、忙しなく首を回し、周囲の様子を窺っている。
警戒態勢を厳重にした状態で先ほど点灯したランタンに近づく。 右中央のランタンだ。
周囲を入念に観察しながらも、空いている腕を伸ばしてランタン下部に着いていたスイッチに指をかけた。
すると、今度は消えていたはずの左右前が点灯し、左中央と右後ろのランタンが消える。
モグラ像三体が向いているのは左後ろと左右中央。 そして現在、ランタンの灯りが消えたのは左右中央と右後ろ。 少し惜しい。 左後ろを消灯させればギミッククリアである。
しかしそんなことを気にもせず、ガーメール大尉は右前のランタンがついた瞬間反射的に、
「そこですわ!」
ランタンがついた箇所に炎の弾丸を飛ばした。 が、鏡鉱石板が抜かりなくセットされていたせいで、炎の弾丸が跳ね返ってくる。
「やってしまいましたわ!」
慌てて跳ね返ってきた炎の弾丸に、即座に作った炎の盾を向けて防ぐ。 盾に伝わる衝撃に耐えられず、数歩のけぞって苦面を浮かべるガーメール大尉。
(間違いないですわ! こいつ……強い!)
こうしてガーメール大尉は、見えない敵との戦いを開始してしまった。
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