第32話

 池から風魔法で脱出したデルカルは、ゼーゼーと肩を揺らしながら地面に四つん這いになっている。


「デルカル様! 大丈夫ですかデルカル様!」

「大変ですデルカル様! ブラヒム様が目を覚ましません!」

「ブラヒム様! 目を開けて下さいブラヒム様!」

「おのれメルファ鉱山の悪魔どもめ! ブラヒム様の仇は必ず取ってやる!」

「落ち着け! そういう時は心臓マッサージをするんだ!」


 大騒ぎの精鋭魔族たち。 ちなみにブラヒムは落ちた池がビリビリ沼だと勘違いして、ショックで気絶しているだけだ。


 呼吸も確認せずにブラヒムの心臓マッサージを始めようとする部下たちを、慌てて止めるデルカル。


「ちょ! 待って下さい! 呼吸は確認しましたか? 心臓マッサージは本当に心肺停止している人にしなければ、大怪我になってしまいます! 早とちりでブラヒム様にトドメを刺さないで!」


 青ざめながらブラヒムから離れていく精鋭魔族たち。 デルカルはホッと胸を撫で下ろしながら全身の力を抜き、大の字に倒れる。


 が、ぐったりしてしまったデルカルを見て、精鋭魔族たちはまたも騒ぎ出してしまう。


「大変だ! デルカル様までもが倒れてしまわれた!」

「俺たちはこれからどうすればいいんだ!」

「おのれメルファ鉱山の悪魔ども! デルカル様の仇は必ず取ってやる!」

「落ち着け! こういう時は人工呼吸だ!」


 デジャブなシーンが繰り返され、思わず額に青筋を浮かべるデルカル。


 口を吸盤のようにすぼめながら接近してくる精鋭魔族に渾身のビンタを叩き込みながら、デルカルは勢いよく上半身を起こした。


「よせやい! あなたたち、私の話聞いてたんですか! 人工呼吸と心臓マッサージは、施術する前に相手の状態を確認しろってんでぃ!」


 ビンタされた頬をさする精鋭魔族を怒鳴りつけながら、デルカルは盛大なため息をついた。


 それから数分後、気を失ってしまっているガーメール大尉とブラヒムが目を覚ますまで、デルカルはこの部屋の様子を確認することにした。


 部屋の隅々まで隈無く調べても、看板の裏にあった小さな横穴以外に怪しい通路はない。 それを知ったデルカルは、眉を歪めながら一人思案にふける。


(ブラヒム様が言った通り、こんなわかりやすい横穴に罠が仕掛けられていないわけがない。 しかし、ここを調べなければ次の部屋に行くための通路があるとは思えない)


 未だぐっすり寝てしまっているブラヒムを横目に見たデルカルは、眉間にシワを寄せながら部屋の中を順繰りに確認していく。


(あの三つの扉の中に次の部屋に行く通路はなかった。 となると一番怪しいのはこの狭い横穴。 だが、私にはわかる。 この横穴からは危険な雰囲気が漂ってきている)


 鋭い眼光で横穴を確認するデルカル。


(この大きさ、大人一人が入れば身動きが取れなくなるだろう。 穴の中に鏡鉱石が仕組まれていれば何かあった時にも魔法は使えない。 動きが制限されるせいで異常が発生したとしてもすぐに逃げることはできない……)


 デルカルの思考は誤った方に突き進んでいるのだが、今は誰も止めてくれる者がいない。


「わかりました! この横穴は、我々魔族を確実に捉えるための檻です! いわば、※蟻地獄のような罠!」※ただの通路です

「な、なんですって! さすがはデルカル様! この短時間で奴らの罠を見破ったのですか!」

「し、しかしそうなると、次の部屋に行くための通路は一体どこへ?」


 突然、自信満々で自身の間違った推理を語り出すデルカルに、精鋭魔族たちは目を輝かせながら視線を送る。


「皆の者、ここまでやってくる道中、我々が確認したのは罠があるかないかのみ。 つまり、隠し通路があると思って探索したわけではないですよね?」


 自信に溢れているデルカルの推理(余計面倒なことになる予兆)を聞き、精鋭魔族たちはごくりと喉を鳴らした。


「つまり我々は、間違えた通路に迷い込んでしまったのです。 この部屋は行き止まり。 来た道を引き返し、正しいルートを探すのです!」


 今頃管制室で紅茶と嗜んでいる建築士くんたちは、盛大にずっこけながら呆れて声も出せないでいるだろう。


 しかしデルカルの瞳はマジだった。 それどころか、正解に辿り着いたと思い込んだ自分に酔いしれている。


「そうと決まれば我々斥候部隊の本領を発揮しましょう。 ガーメール大尉とブラヒム様が目を覚ますその前に、来た道を戻って探索し、本物の通路を探しますよ!」

「「「おぉぉぉぉぉぉ!」」」


 なぜか斥候部隊の士気は非常に高かった。 それ故に、この横穴が正規ルートだと知ってしまった時、斥候部隊のメンタルがとても心配である。

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