第31話
「何………………だと?」
管制室内、絶句するマテウス中佐の呟きが響く。
それを合図にしたかのようなタイミングで入り口の扉が開かれると、外に出て作業していた建築士くんたちが戻ってくる。
真っ先に言葉を発したのは一番最後に入ってきたアミーナだった。
「ちょっとマテウス中佐~、寝てるんじゃないでしょ~ね~?」
「いえ、ずっとインテラル解放軍を監視しておりましたが何か?」
「だって~、いつまで待ってても呼びに来ないじゃ~ん。 既にマテウス中佐たちがギブアップした時の時間、大幅に過ぎてるんですけど~」
「……確かに、もうかれこれ五時間は経過していますね。 お昼時なのを忘れるところでした」
マテウス中佐はなぜか放心状態だった。 流石に何か異変を感じた建築士くんが恐る恐る口を開く。
「あの、マテウス中佐。 何か問題が発生したんですか?」
額に汗を浮かべながら問いかけてくる建築士くんに、マテウス中佐は悟りを開いたかのような視線を向ける。
「問題ですか? いえ、特に……。 いや、訂正します。 こいつら、問題だらけです」
「えーっと、どういうことです?」
マテウス中佐は淡々とここまでの状況を説明し始めた。
感電したガーメール大尉や精鋭魔族たちを風魔法で吹き飛ばし、壁に叩きつけた衝撃で第二関門の隠し通路を発見したインテラル解放軍の先遣隊だったが、
「そんな分かりやすい所に隠し通路があるわけがないでしょう!」っという参謀のブラヒムの一言でその隠し通路はスルーされた。
あえて三個の扉の中に正規のルートを隠してるのだと勘違いしたブラヒムは、他の扉に手をかける。
まず左の扉、ファティマが危うく潰されかけた重い扉だが、まんまとドアノブではなく扉の隙間に指を突っ込み、ファティマ同様潰されかけてしまう。 その上不幸なことに魔族軍は運動神経が悪く、腕力も人族より劣っている。
倒れてくる扉を支えようとしたブラヒムは一瞬のうちに潰れかけ、慌てて助けに入った魔族の精鋭たちだったのだが、十人がかりでも倒れてくる扉を支えられず、パニックを起こした精鋭魔族の一人が魔法を暴発させてしまい、扉の中に仕組まれいた鏡鉱石板で魔法が跳ね返った。
そのせいで扉を支えていた魔族たちはまとめて吹き飛ばされ、大惨事になってしまう。 不幸中の幸いと言っていいのだろうか、倒れた扉の下敷きになる者は出なかったが、怪我人続出の大事件になってしまった。
それに懲りずにボロボロのブラヒムは右の扉にも手をかける。 こちらは扉の向こうが真っ暗で、足を踏み出せば池の中に落っこちるというマテウス中佐が餌食になった罠なのだが、普通に扉が開いてしまった事でここが正規のルートだと勘違いしたブラヒムは、何の躊躇もなく足を踏み出してしまい、池の中に落下。
落下しただけならば這い上がって来ればいいものを、ブラヒムはその池をビリビリ沼だと錯覚して、ショックで勝手に気絶してしまった。 ぼこぼこと溺れていくブラヒムだったが、いち早く異変を感じ取り、決死の覚悟で飛び込んだデルカルが救出、とはいかず。
運動神経が悪い魔族が溺れている大人を助けられるはずもなく、二人揃って溺れてしまうハメになった。
しかし災難はまだ終わらない。 溺れているデルカルの声を聞いた魔族の精鋭たちは、その池をビリビリ沼だと勘違いしてしまい、助けに行こうと飛び込む猛者が現れなかったのだ。
まあ、運動神経が悪い魔族が助けに飛び込んだところで二次災害になるのは火を見るより明らかなため、ここで誰も飛び込まなかったのは奇跡と言い換えてもいいのだろうか?
デルカルは風魔法を自分とブラヒムだけに当たるよう器用に操作し、またもや池の中から大ジャンプするハメになったのだ。
ここまでの説明を聞いていた建築士くんたちは、ありえないものでも見たかのような放心状態になっている。
「と、いうわけで、インテラル解放軍は未だ第二関門の部屋の中にいます」
「え? 嘘ですよね?」
「いいえファティマ殿。 共にあの関門に挑んだあなたと私だからこそ、信じられないとは思いますが、事実なのです」
なぜか悲しそうな顔で監視筒を手で指し示すマテウス中佐。 嘘だと思うなら自分の目で確かめてみろ、とでもいいたそうな仕草だ。
「あのさ~、もしかしなくてもインテラル解放軍って~、ポンコツしかいないわけ~?」
「アミーナ殿、お気持ちはわかりますがどうかそのセリフは心の中にしまっておいていただきたい」
悲しそうな顔でそう諭すマテウス中佐。 アミーナはマテウス中佐の反応に首を傾げていたのだが、
「だって、こんなクソポンコツどもに今まで人族が苦しめられていただなんて事実を知ってしまったら、我々ルーガンダ帝国軍はこのクソ雑魚ポンコツども以下だったと認めてしまうようなものなのです! そんな屈辱、私は耐えられません!」
かける言葉が見当たらない。 可哀想すぎて硬直してしまうアミーナ。
そして両手で顔面を隠しながら、肩を小刻みに揺らしているマテウス中佐。 耳をすませば嗚咽が聞こえてきそうだ。
今、勇者キューグルが率いるルーガンダ帝国の全兵力が命懸けでこのメルファ鉱山を助けに向かっているというのに、この会話がその兵士たちに漏れたらどうなってしまうだろうか。 考えたくもない。
「と、とりあえずですね、無事に第四関門に仕掛けは組み込んできたので、インテラル解放軍が第三関門を突破したらすぐに知らせに来てくださいね!」
「分かっております建築士殿。 私の予想では後三時間以上はかかるかと思いますが、第三関門を突破したらすぐに知らせに参ります」
「さ、三時間?」
先ほどまでの話を聞いていたためか、結構リアルな予想だと思ってしまう建築士くん。
予想以上に長丁場になりそうだとわかり、アミーナとファティマは心底嫌そうに顔をしかめる。
「え~、めっちゃ長いじゃ~ん」
「もう作業は終わっちゃいましたし、暇だからお茶でも飲みながらゆっくりしてます?」
「い~ね~! さすがファティマちゃんだ~! じゃあ~あたしはクッキー持ってくるね~」
呑気なことを言いながら管制室を出ていくファティマとアミーナ。 それを横目に見ながら顔を引きつらせる建築士くんとマテウス中佐。
さすがに後三時間もこのポンコツ魔族たちのコントを見ていれば飽きてしまうだろう。
『緊張感が足りないぞ二人とも!』だなんて野暮なことは言えない。
こうしてインテラル解放軍が罠に苦戦する様を、クッキーをかじりながら観察する優雅なティータイムが始まる。
勇者たちは知らない、命懸けで助けようとしていたメルファ鉱山の民たちが、優雅に笑いながら紅茶とクッキーを嗜んでいることなど。
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