第40話

 ガーメール大尉が勢いよく足を踏み出すと、踏み出した場所が突然盛り上がり、空中に投げ出されてしまう。


「うぎゃああああああああ!」

「はい、そこは跳ね台トラップです」


 天井に叩きつけられたガーメール大尉の下には、地面の下に隠れたバネがビヨンビヨンと動いている異質な光景が広がっている。 天井の高さは三メーター行かない程度、落ちても死にはしないが、すごく痛い。


「ぐへぇ!」

「ほらほら、大人しく投降しましょうよ」

「くっ! このわたくしがこの程度の仕打ちに屈するとでも?」


 床に叩きつけられたガーメール大尉が、震えながら立ち上がる。 しかし立ち上がるために手に力を入れたその場所は、


「あ、ガーメール大尉。 そこは噛みつきトラップが」

「ぴぎゃあぁ! 痛いですの!」


 ガーメール大尉の手に噛み付くように、土の中から半円形の金属が飛び出す。 トラバサミのような罠だったが、建築士くんの配慮なのか、噛み付く部分はギザギザではなく布で覆われていた。


 しかしガーメール大尉の腕にしっかりと噛み付いたトラップは、簡単には外せない。


「血が止まってしまいますわ! 早く外しなさい!」

「大人しく捕まってくれるなら、外してもいいですよ!」

「わたくしを甘く見ないでくださいませ! そんな甘言には屈しませんわ!」

「外せって言ったの、ガーメール大尉じゃないですか」


 理不尽に怒り出すガーメール大尉に、細目を向ける建築士くん。 ここには建築士くんが仕込んだ大量の罠が埋め尽くされている。 いわばトラップルームだ。


 無闇に動けばたちまち痛い目に遭わされる。


「あーちょっと落ち着いてください、そこは……」

「ぎゃああああ! ですの!」


 今度は足に縄が絡みつき、逆さ吊りにされてしまうガーメール大尉。


「正々堂々戦いなさい! 魔法を封じ込めるなんて卑怯ですの!」

「それ言うなら、魔法を使えない人族に、無慈悲に魔法を使う魔族たちの方が卑怯なのでは?」

「そんなの、綺麗事ではありませんの! 使えるものを使って何が悪いんですの?」


 逆さ吊りにされ、足に括り付けられた縄を必死に解こうともがくガーメール大尉。 しかし片腕が噛みつきトラップに噛みつかれている状況では、上手に縄を解くことができない。


「綺麗事っすか? まあ、魔族が使う魔法なんて、鏡鉱石がなくても防ぐ方法はいくらでもあるっすからね。 ぶっちゃけた話、僕はあなた方魔族が卑怯だなんて思ってもいないんすよね」


 淡々と語り出す建築士くんに、ガーメール大尉は訝しみげな視線を向ける。


「随分と余裕ですわね卑怯者!」

「あなたは魔法を使う、だったら僕たちは知恵を使う。 ここのどこに卑怯な要素があるんすか?」


 歯を食いしばりながら押し黙ってしまうガーメール大尉。 自由に動く左腕一本で必死に足に括りついた縄をいじっているが、逆さな上に暴れれば暴れるほど食い込んでいく縄を解くことは一向にできない。


「情報さえあれば魔法の対策なんて簡単なんですよ。 あなたは炎を使う、だからあなたを迎え撃つ際は、可燃液をミスト状にして充満させた部屋で迎え撃てばいい」

「可燃液? もしかしてこの特異臭は……」

「そう、あなたが炎の魔法を使って自滅したのは、ミスト状になって充満してる可燃液を燃やしたからです。 ああ、ご安心ください。 ここは洞窟ですけど、空気穴は作ってあるんで、いくら炎を燃やしても酸欠になったりはしませんよ?」


 淡々とした口調で、さもどうでもよさそうに語り始める建築士くん。 傲慢とも余裕とも違う、圧倒的な知識から編み出された結果以外を信じていないような、熱のない声音。


 ガーメール大尉は初めて人族相手に恐怖を抱いた。


(この人間、今まで会ってきたものたちとは何かが違う!)


「そう言うわけなんでガーメール大尉。 あなたが僕に勝つ可能性、結構低いんですけど。 まだ抵抗する気あります?」


 自分が勝つ未来以外信じていない、絶対強者の余裕。 自分が設計した罠への、揺るぎない信頼。


 ガーメール大尉は逆さ吊りの状態のまま、必死に思考を巡らせる。


(あの人間は自分が作り出した罠に絶対の自信を持っている。 出し抜くためには、なんとかしてあの人間の虚をつかなければならない)


「言っておきますけど、どんなに罠を警戒したところで無駄っすよ? 魔法が使えないあなた、身体能力は僕以下だと思うんで。 ねじ伏せようと思えば簡単にねじ伏せられますから」


 視線を巡らせていたガーメール大尉に、まるで考えていることが手に取るようにわかっていると言わんばかりの声を掛ける建築士くん。


 ガーメール大尉は縄にかけていた手をおろし、だらんと両腕をぶら下げた。 ゆっくりと両目を閉じ、全身の力を抜いて思案にふける。


(絶体絶命ですわね。 でも、ここで何もしないようでは魔族の誇りも地に落ちる。 何か、何かできることは? 魔法なしで、わたくしにできること)


 だらりと腕を下ろし、脱力した状態で硬直するガーメール大尉。 建築士くんは何食わぬ顔でガーメール大尉の様子を伺う。


 しばらく経っても動かないガーメール大尉に痺れを切らしたのか、建築士くんは腰にぶら下げた工具バックに手を伸ばし、細長い筒を取り出した。


 麻酔吹き矢。 これを当ててしまえばしばらくの間身動きは取れなくなる。 硬直しているガーメール大尉を注意深く観察しながら、慎重に口元へその筒をもっていくが、


「やはり、わたくしは魔族! 魔法こそ絶対なのですわ!」

「……え?」


 突然、目を覚ましたガーメール大尉に、建築士くんは驚いて瞳孔を開く。


「考えてもしょうがないことですの、わたくしは魔法至上主義。 今までどんな困難があっても、わたくしの魔法が解決してくれていたのですから! だったら今もその法則は変わらない! わたくしの絶対的な魔法の威力こそ、揺るぎない正義なのですから!」


 ガーメール大尉の目の前に大量の魔力が収縮する。 その様子を見て途端に冷や汗をこぼす建築士くん。


「えっと、意味がわかんないんですけど。 この部屋、可燃液のミストだが充満してるので……」

「先ほど聞きましたわ! 可燃液のミストは、炎に反応して燃え上がるのですわよね? だったら、わたくしの魔法は、さらに威力が倍増する、そう言うことではなくて?」


 建築士くんは慌てて吹き矢を構えたがもう遅い。


 無理やり捕まえるのは可哀想だ、せめて負けを認めさせてから捕まえた方が相手も納得するだろう。 そんな甘い考えがこの失態を招いてしまった。


 ガーメール大尉の思考はぶっ飛んでいる。 ぶっ飛んでいるからこそ、理屈主義の建築士くんは思いもよらなかったのだろう。



 

 まさか、自らの命も顧みず、相手と共に心中を図ろうとするだなんて思考に……

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