第41話
洞窟内での大爆発。 言うまでもなく落盤し、崩落を免れない、かと思われた。
揺れが収まると、洞窟に差し込む日光。 脱力して地面に横たわるガーメール大尉は、空から降り注ぐ日光をあび、眩しさのあまり目を細めた。
「どうして、わたくしは生きていますの?」
「鏡鉱石ですよ」
全身に大火傷を負い、壁に背を預けていた建築士くんの声に、ガーメール大尉は驚いて目を見開く。
「鏡鉱石? わたくしの魔法は、鏡鉱石板の厚さを越えられなかったのですわね」
「壁とか床に使った鏡鉱石板は、十ミリのやつですからね。 まあ、厚さ十ミリあれば大抵の魔法は跳ね返せますよ」
「では、どうしてこの洞窟は、崩落しなかったのです?」
大の字に横たわっていたガーメール大尉は、不思議そうに質問を投げかけた。
「あなたのアホみたいな火力の魔法が、天井の岩やら岩盤やらを消し飛ばしたからですよ」
「……はい?」
建築士くんは第四関門からつながる部屋全てに、ある法則のもとに鏡鉱石板を仕込ませていた。
「どんな魔法もできる限り天井に向けて反射するよう配置してたってだけです」
「天井に? なぜですの?」
「決まってるじゃないですか、魔法のエネルギーを乱反射させれば洞窟内の地盤が破壊されてしまうからですよ。 この横穴はナビアさん……ええっと、飼っているコルドラゴに掘ってもらったので、できる限り地上から浅いところに掘ってもらいました。 だから巨大な魔法エネルギーを天井の一点に集中させれば、地盤沈下する以前に天井を消しとばしてくれるって算段です」
「あなた、そこまで考えていましたのね?」
呆れたように肩を窄めるガーメール大尉。
「まあ、自分を守るために作った鏡鉱石板入りのコートは、想定外の威力の魔法に耐えられなかったようですけどね」
燃えカスになった上着をヒラヒラと揺らし、困ったように笑う建築士くん。 今回纏っていた厚手の上着には、鏡鉱石板が仕込まれていたようだ。
いわゆる魔法防護用の防魔チョッキ。 厚さ五ミリの鏡鉱石板が仕組まれた厚手の上着のおかげで、建築士くんの怪我は大火傷で済んでいる。
「まさか、極大魔法を防げるはずの、厚さ五ミリの防魔チョッキが燃えカスにされるなんて。 やっぱりあなた、とんでもないですね」
「そうですの、極大魔法の領域を、わたくしは超えることができたのですわね」
どこか嬉しそうな表情で、建築士くんに向けていた顔を空に戻すガーメール大尉。
「ねえあなた、わたくしの部下になる気はありません?」
「はい? 状況わかってます? あなた、もう動けないでしょ?」
「どうかしらね? なぜ動けないと思っていますの? っと言うかその口ぶりだと、動かれたら困ることでもありますの?」
意味深な口調と共に、口角を吊り上げるガーメール大尉。
「……え?」
ギョッと目を見開く建築士くん。 目の前で満身創痍になっていると思っていたガーメール大尉は、何事もなかったかのようにむくりと立ち上がった。
「何も不思議なことはないのですわよ? あなたが仕組んだ可燃液のミストがわたくしの魔法を強化してくれたようですから、使った魔力はいつもの極大魔法よりも少しだけ少なかったんですの。 余った魔力は跳ね返ってきた自分の魔法から守るためにも使いましたが、まだほんの少し、余裕は残っているのですわ」
建築士くんは冷や汗をかきながら、立ち上がったガーメール大尉に苦笑いを向ける。
「マジっすか? めっちゃタフなんですね」
「あなたの作った地獄の罠地帯に鍛えられましたもの。 ここにくるまでの間に……わたくし、前よりも格段に強くなっているのですわ?」
ゆっくりと歩み寄ってくるガーメール大尉。 建築士くんは動こうとしない。
壁に背を預けたまま、ひきつった笑みでガーメール大尉を凝視しているだけ。
「それで? どういたしますの? わたくしの部下になって、わたくしに更なる魔法の高みを見せてくれませんこと?」
「まあ、確かに僕があなたと組めば、この大陸に怖いものなんてなくなるでしょうね」
「でしたら……」
「けど、お断りします」
ガーメール大尉は差し出そうとした右腕を引っ込めた。 爆破の衝撃でトラバサミが消し飛んでいるが、左腕はいまだに動かないようだ。
一切の迷いがない建築士くんのまっすぐな視線を受け、ガーメール大尉は残念そうに息を吐く。
「そうですの、残念ですわ。 もしわたくしと手を組めない原因があるのでしたら、わたくしが消し去ってあげてもよろしいのですわよ?」
「いいや、無理だと思いますよ?」
「わたくしの力を持ってしても?」
「ええ。 だって僕、大陸統一とか最強の称号とか。 そういうの、全く興味ないんで」
ガーメール大尉がつまらなそうな瞳で見据える中、建築士くんは愉快そうに笑って見せた。
「だって僕、このメルファ鉱山のみんなのことが、大好きなんすから!」
「そうですの。 あなたはわたくしをここまで追い込んだ初めての人族ですわ。 せめてもの情けです。 あなたが大切にしている鉱山の者たちには手を下さないと約束いたしますわ」
ガーメール大尉が唯一動く右腕を振り上げる。 手のひらの上で拳大の炎の塊が作られた。
「先ほどのあなたの口ぶり、もうあなたは鏡鉱石板を纏っていないのですわよね? ならば、この程度の炎でも、十分に葬れます。 あなたほどの人族を、中級魔法程度で葬るのは少々勿体無いかと思いますが」
「随分と評価してくれてるんですね」
「当然ですわ、なんの変哲もない人族が、ここまでわたくしを追い込んだのです。 せめてもの慈悲です、一瞬で終わらせてあげますわ」
ガーメール大尉が、ちゅうちょなく振り上げた腕を振り下ろす。
「なんの変哲もない、ですか。 どうやらこの瞬間、なんの変哲もないはずの人族に、一つの長所が生まれたようですよ?」
構わず炎の塊を飛ばしてくるガーメール大尉。 取るにたらない戯言だとでも思ったのだろう。
「僕、今日は洋服を三枚着ているんです」
その一言で、ガーメール大尉の顔色は一瞬で青ざめた。 だが既に、炎の塊は建築士くんに向けて放たれてしまっている。
「一枚目は厚さ五ミリの鏡鉱石板を仕組んだ上着。 二枚目は今あなたが見てるラフなTシャツ」
建築士くんは愉快そうに笑いながら、Tシャツをめくる。
「三枚目は、厚さ一ミリの鏡鉱石板を仕組んだ、防魔チョッキ!」
正門の時と同じ、三段構造。 ガーメール大尉に残っていた魔力で、なんとか絞り出した中級魔法は、厚さ一ミリの鏡鉱石板で跳ね返せてしまう容量だ。
ガーメール大尉は慌てて踵を返し、建築士くんから離れようとする。
「人族になんの変哲もないって言いましたね? 今、人族の強さを見つけたんじゃないですか?」
建築士くんの防魔チョッキで、ガーメール大尉が絞り出した魔法が跳ね返される。
「人族は、魔族にも負けない知恵がある!」
「こんな! こんなことって!」
涙目のガーメール大尉は、跳ね返ってくる炎の塊から必死に逃げようと足を動かすのだが、
(くっ! 魔力切れで、目眩が……)
魔力を絞り出したせいで浮動性のめまいに襲われ、足をもつれさせてしまう。 もたついたガーメール大尉の背中に、無慈悲に衝突してしまう炎の塊。
苦悶の声を上げながら数メーターを吹き飛ばされ、コロコロと地面を転がりながら地面に投げ出された。
ガーメール大尉は薄れゆく意識の中、震えながら上半身を少しだけ浮かせ、ふらつく視界の中で壁に背を預けていた建築士くんに震える右腕を伸ばす。
「こ、これで……終わりだなんて……思いません、こと……よ———」
それだけ言い残し、力つきたガーメール大尉はバタリと地面に突っ伏した。
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