第35話

 突然開いた扉を見て呆然とするガーメール大尉、なんせ自分が奇跡的にギミックを解除しただなんてこれっぽっちも思っていない。 そのため、扉が開いた理由を勘違いしてしまう。


「まさか! 逃げる気ですの! そうはさせませんわよ!」


 なんと、いまだに見えない敵の存在を信じているようで、追い込まれた見えない敵が逃げるために扉を開いたと思い込んだらしい。 ここまで来てしまうともはや滑稽。


 ガーメール大尉は全力の襟巻きトカゲダッシュで開いた扉に突っ込んでいく。 すると、次に待ち受けるのは第四関門。


 目の前に広がるのは何の変哲もない薄暗い一本道。 しかし、見えない敵を追うことに必死だったガーメール大尉は、いつも念入りにしている床チェックをせずに通路に駆け込んでしまう。


 すると、


「……え? 今、何か?」


 自分の足に何かが引っかかった感覚を察知し、一瞬足を止めかけてしまったが、次の瞬間!


「ぬわぁ! やってしまいましたのぉぉぉぉぉ!」


 ガタンと何かが作動する音とともに、床が抜けた。


 抜けた床の中にガーメール大尉の悲鳴が消えていく。 すると、ガーメール大尉が消えてしまった床は、開いたドアが元に戻るように元の位置へ戻っていく。


 急降下する滑り台のような道を臀部で滑り続け、ガーメール大尉はコロコロとおにぎりのように転がりながら、一つの狭い空間に投げ出された。


 腰をさすりながら、痛そうに顔を顰めるガーメール大尉。 だが鼻を刺す特異臭に過敏に反応し、毒が蔓延しているのかと錯覚してすぐに口元に布を当てた。


 恐る恐る周囲の様子を確認すると、最初に聞こえてきたのはゆったりとした足音。


「おや? 意外と早く来たんですね?」


 正面から聞こえる緊張感のない声。 ガーメール大尉は聞きなれないその声に瞳孔を開き、恐る恐る顔を上げる。


「あ、あなたは? 一体……」

「ああ、どーもガーメール大尉。 お初にお目にかかります、僕はこの村で建築士をしてる一般人です。 みんなからは建築士くんって呼ばれてます」


 驚き、目を見開いたガーメール大尉は、建築士くんと名乗った中肉中背の青年を凝視し、ごくりと喉を鳴らす。 いつものラフな格好ではなく、今回の建築士くんは厚手の上着を羽織っており、工具バックの中にはノコギリや金槌といった道具は入っていない。


「あなたが? いや……お前がこのメルファ鉱山の悪魔ですわね?」


 ただの直感だった。 しかし、長年戦場を駆け抜けてきたガーメール大尉には、一目見て相手の強さや危険さを肌で感じ取ることができる。


 ヘラヘラ突っ立っているこの青年は、間違いなく危険な存在であるということに。


「え? 僕はただの建築士ですよ? 悪魔だなんて大そうなものではないですから」

「なるほど、何となく察しましたわ? 先ほどランタンに悪戯していた透明人間は、あなたでしたのね?」

「いやあの、あれはガーメール大尉が勝手に勘違いして……」

「とぼけても無駄ですわよ? ようやく姿を見せる気になったというのですわね!」


 ガーメール大尉は警戒心を剥き出しにした。 口元に布を当てたまま立ち上がり、強者にしか向けないであろう本気の眼差しを建築士くんに突き刺す。


 罠に対してはポンコツそのものであるガーメール大尉だが、戦場で最強の魔族と言われてきた彼女の実力は本物。 ただの一般人ごとき、彼女が本気になれば数秒で灰にされてしまうだろう。


 ——何も対策がされていないのなら。


「初めから全力でいかせてもらいますわよ! あなたを野放しにするのは危険すぎると直感しましたわ!」

「ああガーメール大尉、言い忘れてたんですけど……」


 ガーメール大尉は先ほど作り出した炎の片手剣を大量に精製し、体の周りに浮遊させた。 本気の臨戦態勢。 油断ないその構えを取り、鋭い視線で建築士くんを睨みつけるのだが、


「な! 一体何が!」


 作り出した片手剣が全て爆発し、その衝撃でガーメール大尉は後ろの壁に叩きつけられる。 背中を強打し、苦悶の表情を浮かべるガーメール大尉。


「人の話、最後まで聞いた方がいいですよ?」


 その様子を見て、建築士くんは苦笑いを浮かべながら肩を窄めた。


「この部屋は、あなた方魔族を確実に捕らえるために急造した部屋ですから」


 今まで見せたことないような、歪な笑みを見せる建築士くん。


「ようこそガーメール大尉。 魔族の狩場へ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る