南四局

 雀星杯決勝、南四局。

 長い戦いのオーラスが、いよいよはじまる。

 紆余曲折あったにも関わらず、オーラスでは結局全員が20000点台と、フラットな戦いに落ち着いていた。

 1着の犬伏いぬぶせと4着の海老原えびはらに8000点も差がついておらず、ここから全員が逆転トップになる可能性を秘めていた。


**


  麻雀は実力の出るゲームだと盲信していたにも関わらず、運だけで満貫を和了った兎田とだは、どこか晴れやかな気分だった。

 彼は雀星杯南三局一本場で、麻雀を打ったような気持ちだった。

 麻雀とは、どれだけの実力者でも、最後は必ず運命に翻弄される遊戯。どれだけ策を弄しても、神の機嫌ひとつですべてがひっくり返る戦い。


 麻雀はクソゲーであり、運ゲーである。

 それをようやく理解した兎田の目には、覚悟の火が宿っていた。


 僕と海老原には確かに実力の差があるかもしれない。

 でも、それを数パーセントの運でひっくり返せるのが、この理不尽なゲームの一番面白いところだ。

 この卓についている4人は、ほんの少しの運気の差で勝ち負けが決まるレベルには拮抗している。


 ――だったら、最後は僕が持っていく。


 兎田は、生まれて初めて祈った。

 来い! と、願った。


「立直」


 兎田シュウ、1着に届く聴牌。

 兎田シュウ、の麻雀で、の立直宣言。


**

 

 実はこの場で、海老原ミナミだけが苦しさのレベルが異なっていた。

 現在21700点の彼は、満貫では足りないのだ。


 雀星杯は、オーラス終了後に全員が30000点を下回っていた場合、誰かが30000点を越えるまでゲームが継続するルールを採用している。

 南場が終わり、西場が来る。


 兎田は満貫、犬伏は1300点、真城は5800点を和了れば30000点を越え1着となるが、海老原は跳満が必要だった。


 満貫と跳満にはとても大きな差がある。

 全員が異能を失い、逆に言えば読みづらくなったこの場で、跳満を和了るのは骨が折れそうだった。


「あー。なかなかきついなぁ」


 しかし海老原には矜持があった。誇りがあった。

 彼は『王』だ。

 何がなんでも、1着で勝ち上がらなければならない。

 それが、今まで倒してきた雀士への礼儀である。


 彼に倒されたことで麻雀を辞めた人間は数知れない。

 だからこそ、彼はトップに君臨し続ける必要があった。

 麻雀を辞めていった者たちが、辞めたあとも納得できるために。『王』に敗れたのなら仕方ないと思ってもらえるために。


 兎田シュウが立直を宣言する。

 いい目だ、と海老原は思った。

 一度は麻雀を諦めたような、敗北者のような顔をしていた彼だったが、ようやく麻雀の面白さに気が付いたような、そんな顔だった。

 そんな彼だからこそ、倒しがいがある。

 兎田シュウ、犬伏イッペイ、真城ノボル。

 Bブロックで戦った君嶋きみしまタタリに草野くさのユキ。


 彼らと出会えて、彼らと麻雀を打てて、本当に良かった。

 何度折っても諦めずに食らいついてくる雀士と出会えて、本当に良かった。


「…………ありがとう」


 海老原ミナミ、聴牌。

 兎田が立直したことにより、海老原は満貫で足りるようになった。

 立直はかけなかったが、彼に――『王』に、降りる気はない。



**


 現在トップの犬伏イッペイは、しかし全く油断がなかった。というより、少し焦っていたとも言える。


 牌が、多い。


 これまで筒子ピンズ索子ソーズしか使っていなかった彼にとって、萬子マンズと字牌が増えるのはあまりに選択肢が多い。

「でもまあ、これが麻雀やしな」

 選択肢が多いからこそ、裏目ったときの失望や、ハマった時の興奮が大きくなり――人は麻雀に熱中するのだ。


 犬伏イッペイも麻雀に魅せられた人間の一人。

 そして彼は、字牌があることの喜びを思い出す。

「ポン!」

 役牌である北のポン。

 手の中に一萬の暗刻も抱えていたため符が高まり、和了れば1300点。つまり、30000点を越え1着となる。


 金を失った。

 誇りも失った。

 それを代償に得た、『絶一門』まで失った。


 しかし犬伏に、絶望はなかった。


 もう俺には、与えられたものなど要らない。


 俺は、俺の手で、欲しいものに手を伸ばす。


 犬伏イッペイ、聴牌。


**


 真城ノボルは酷くクリアな思考の中で考える。

 配牌から最速で5800点を和了る道筋を。

 アルコールの支配から逃れた彼は、今世界で一番自由な男だった。


 Aブロックでは、『泥酔』により役満を和了ってもトップになれず。

 この局でも存分に異能を使ったにも関わらず2着にいる。

 そんな経験は今まで一度もなく、それ故に彼は最高に興奮をしていた。

 異能を得てからは久しく味わっていない、麻雀の楽しさ。

 和了れる手が無限にある。しかし無限に手を伸ばすと他家にしてやられる。この配牌でどうすれば他家より速く和了れるだろうか。


「楽しいっすね、マジで」


 そのアドレナリンが、彼をより繊細な思考へと連れて行く。

 人の捨て牌、自分のツモ牌、表情、打牌の音。

 それらすべてが自分の和了へのヒントとなり、彼を勝利へと導く。


 親の彼は、1翻でも和了ってしまえば連荘し、親が継続する。

 しかし、1翻でもいいやと思考した瞬間、ゲームに敗北することを確信していた。

 配牌は悪くない。だからこの局で――決める!


 真城ノボル、聴牌。


 そして彼は、1000点棒を突き立てた。


「立直!」



**


 雀星杯決勝のオーラス、4人がほぼ同時に聴牌を取った。

 立直をかけた兎田と真城。

 降りる気がない犬伏と海老原。


 彼らに共通するのは、ロン和了でもツモ和了でも、になれるということ。

 異能のないこのオーラスで和了った人間が、最強の雀士の称号を手にする。


 誰が和了ってもおかしくなかった。

 全員に等しく優勝する可能性があった。


 麻雀の神は、降りる相手を選ばない。

 それ故、彼らは祈り、力強く牌をツモる。


 タン、タンと小気味いい音だけが響く。

 観戦者が固唾を呑んで勝負の行方を見守る。


 ――そしていよいよ、決着のときが訪れる。


 麻雀の神は、基本的には降りる相手を選ばない。

 しかし唯一、降りる相手を選ぶタイミングがある。


 それは、運の絡むゲームをやったことのある人間なら一度は耳にしたことのある言葉。


 麻雀を初めたばかりの人間が、この先も麻雀を打つように仕向ける、神からの贈り物。


 この卓には一人だけ、麻雀初心者がいた。


 麻雀を打っている人間がいた。

 

 ビギナーズラック。


「――ッッ――――ツモ……」


 麻雀の神は、兎田シュウに舞い降りた。


「ツモ、ツモです!」


 兎田は震えた手でたどたどしく牌を倒す。

 満貫ツモ。


「ツモ! 2000-4000!」


 一瞬の静寂のあと、3人がうなだれ、観客席が沸いた。

 この和了により、雀星杯決勝が幕を下ろす。


 激闘を制したのは、『牌送り』と呼ばれていた男。


 兎田シュウ、雀星杯優勝――。

 



■南四局及び雀星杯決勝終了■



兎田: 33300


海老原:19700


犬伏:26900


真城:20100



■優勝者■


兎田シュウ

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