四人目:真城ノボル
「…………なあ、これって
「ああ……そのはずだけど」
その卓には人だかりができていた。
雀荘の麻雀卓に人が集まることは普通あり得ないが、今回ばかりは状況が違った。最強の麻雀打ちを決める非公式の大会、雀星杯の予選が行われているからである。
そこでギャラリーたちは信じられないものを目撃していた。
雀卓のサイドテーブルに積み上がったビールのロング缶。
すでに2本が空になっており、袋の中には未開封のビールが10本以上入っている。
「酒飲みながら打つなんて、舐められたもんだな」
「もしくは相当の馬鹿なのか? えっと、
同卓する三人から侮蔑の視線を浴びせられた真城は、それをガン無視して3本目のロング缶を開けた。
プシュ、と心地よい音が響く。
「てめぇっ! 煽ってんのか?」
「いやいや、嫉妬するくらいならお前らも飲めばいい。雀荘にビール。この組み合わせは最高だからよぉ」
風呂上りのビールとはまた違ったよさがあるんだよな。と真城は零す。
思わず拳を振り上げた対面の男をギャラリーが制止して、最悪の空気の中雀星杯の予選がスタートした。
ギャラリーも真城にいい印象は持っていなかった。
麻雀には『勝つのは運。負けないのは実力』という格言がある。
この言葉は、自分が和了れるかは運次第だが、相手に振り込むかどうかは実力が大きく絡んでいることを表現している。
麻雀は四人が二回ずつ親を行う競技で、合計八局での合計点数を競うこととなる。単純な確率を考えると八回のうち二回は自分が和了れるため、残り六回で誰にも振り込まなければ、勝利にぐっと近付く。
和了る二回より和了られない六回。
それは少しでも麻雀を打ったことがある人間なら共通認識として持っていることで、だからこそ真剣勝負における判断力の重要さはギャラリー全員が知っていた。
飲んで打つ麻雀も確かに楽しい。
しかしこれは、真剣勝負なのだ。
上級者による麻雀では、四人の中に一人でも素人が混じっていると途端に競技性がかわる。
真剣勝負を期待していた参加者やギャラリーが、判断力のない酔っ払いに対して悪印象を持つのは当然の話だった。
しかし東一局。
「ツモ。3900」
和了ったのは真城ノボルだった。
4巡目という早い段階で、カンチャン待ちの立直ツモタンヤオ。
「……」
それを見てギャラリーはため息をついた。
確かに和了ったのは真城だったが、彼の手はさらに高い点数が目指せる手でもあった。
平和への切り替えだけでなく、ドラや三色も見えるかなり強い手。
捨て牌から、他家の手は重めなことがわかる。そんな状況下で聴牌即リーを打つこの男は、果たして強いのだろうか。
そんな疑問でギャラリーの脳内は埋め尽くされる。
東二局と東三局は、真城以外が和了った。
東三局の「ツモ」の声と同時に、真城は6本目のロング缶を飲み切った。
そして迎えた東四局、真城の親番。
真城の配牌は、バケモノ手だった。
配られた14枚のうち、12枚が
鳴いても
「ロン。
真城はその手を難なく完成させ、大幅なリードを手にした。
そして続く東四局一本場。
7本目のロング缶を飲み切った真城の配牌は、ドラの対子に、三色の絡んだ平和が見えるこちらも超絶好配牌。
彼はその手を順当に育て、和了った。
その瞬間、一人のプレイヤーが0点を割り、ゲームが終了した。
「うしっ。じゃあ酒飲みはちょっとトイレ行ってきます」
真城は勝利の余韻を味わうことなく、トイレに駆け込んだ。
残されたプレイヤーやギャラリーは、口々に不平不満をぶちまけた。
真城ノボルには異能があった。
内容はシンプル。
――ビールを飲めば飲むほど強くなる。
ロング缶1本を開けた状態だと、MAX1翻しか狙えないクズ配牌しか来ないが、2本開けると2翻。3本開けると3翻と、飲みきった本数によって狙える手がどんどん高くなっていく。
必ず和了れるわけではないが、4本飲んだ状態だと必ず満貫を狙える配牌が来るのである。
だから彼は3本しか開けていない東一局では悪い待ちのまま速度を優先したし、親番では簡単に跳満を作ることができていた。
確かに酒は飲めば飲むほど酔っ払い、判断力を失うかもしれないが、彼は飲めば飲むほど高い手が入る。
真城ノボルは、負けられない戦いこそ酒を片手に挑む。
そんな彼の異能にも、一つだけ弱点がある。
トイレに行くと、飲んだ本数はリセットされる。
『泥酔』 真城ノボル。
雀星杯本戦、出場決定。
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