三人目:狐火コン

「あはは! 狐火きつねびくん、面白い~!」

 居酒屋のカウンターで、狐火コンはレモンサワーのグラスを揺らした。

 からん、と氷の音が鳴る。

「ハルちゃんは最近なんか楽しいことあった?」

「最近かあ。そうだなあ。あ! 気になってた靴が届いたんだ。ほら見て。今日履いてきちゃった。狐火くんが初お披露目~~!」

 ハルの足元には汚れひとつないコンバースのスニーカー。快活な女性にぴったりのデザインだった。

「可愛いね」

「えへへ、ありがとう」

 雰囲気は最高だった。

 狐火とハルは大学の同級生で、今日が三度目のデートになる。

 ここで告白して、交際に至りたい。狐火はひそかにそんな想いを抱いていた。

 居酒屋を出て帰り道に想いを伝えるんだ。そんな覚悟で会計をし、居酒屋を後にする。

「今日はもう遅いし帰る?」

「うーん。まあ、遅いもんね。楽しいと時間があっという間に溶けちゃうよ」

 ハルがえへへと笑う。

 つられて狐火も口元が緩んだ。可愛い。愛おしい。そういった感情に頭が支配されていく。


 だから彼が、思わず「帰りたくないな」と溢したのは不可抗力だった。

「え?」

「……あれ、今僕、口に出てた?」

「…………うん」

「それは……ごめ、ごめん」

「ううん、ごめんとかじゃない、けど」

「けど」

「あたしも、帰りたくないかなあ、なんて」

「…………」


 お互いに耳まで真っ赤に染まっているのがわかった。

 狐火は恥ずかしくなって思わず顔を背ける。

 背けた先で、『休憩いくら、宿泊いくら』という看板が目に飛び込んできた。

 これは、誘う雰囲気なんじゃないか。

 でもまだ正式にお付き合いしていないわけだし。

 大学の友人は体の関係から入ることだってよくあると豪語していたけれど。

 でもハルちゃんがどう思っているか。

 狐火の脳が高速で回転する。

 彼には女性との交際経験がなかった。必然、ラブホテルに女性を誘う方法も心得ていない。

 誰にだって初めてはある。ちょっとくらい変な誘い方になってしまったとしても、ハルちゃんなら受け入れてくれるかもしれない。

 だから。

 でも。

 だって。

 じゃあ。


「そういえばハルちゃんって、麻雀打てるんだよね。まだ帰りたくないし、ちょっと雀荘寄らない?」


 彼には意気地がなかった。


 ハルは面食らった表情をしながらも「え、うん。打て、打てるよ。いこっか? そういえば狐火くん麻雀好きだって言ってたね!」とノリの良い返答をする。

 ラブホテルの2軒隣にあった雀荘に入って、狐火は麻雀を打った。




 翌日、『もう二度とあなたとは麻雀を打ちません』というメッセージがスマホに届いた。



 以来、狐火は大好きな麻雀を辞めた。

 ハルに振られたショックで彼は一層奥手になり、家と大学を往復するだけの日々を一年間過ごしていた。

「僕の何が悪いんだよ」

 幾度となく呟いた言葉。

 ハルとうまく行かなかった原因は、雀荘に連れて行ったことではない。ホテルではなく雀荘に連れ込んだ程度で冷めてしまうような関係性ではなかった。

 ただ彼は、麻雀を打ち、勝ちすぎてしまった。

 その打ち筋があまりにも理不尽・理解不能なものだったので、ハルは彼のことが怖くなり、離れていったのだった。

「僕は普通に麻雀を打ってただけなのに」


 そんな彼のもとに一通の招待状が届く。

「…………雀星杯?」

 プロ・アマ関係なく、本当に一番強い麻雀打ちを決める非公式の麻雀大会。

 狐火もその存在を噂程度に聞いていた。

「その招待が、僕に……?」

 噂によると、雀星杯にはこの世のものとは思えない麻雀の打ち方をするモンスターが集う大会らしい。

「…………」

 狐火は迷った。

 自分なんかが雀星杯で勝ち上がれるのか。

 それに、自分はもう麻雀を辞めた身だ。

 もう一度打つべきなのだろうか。


 参加申込期限までたっぷりと悩んだ彼は、出場を決意した。

「ハルちゃんはもういない。好きな人を失って、その上大好きな麻雀まで失ってたまるか! 僕には、僕にはもう、これしかないんだから!」

 狐火は力強く拳を振り上げた。


 そして迎えた雀星杯予選。

 狐火の同卓相手には、誰もが知るようなトッププロも混じっていた。

 しかし彼は麻雀を打つ。


「カン……!」


「カン!?」

「親リーに対してカンだって!?」

 同じ牌が四枚揃ったときにだけできる、カンという行為は、リターンよりもややリスクのほうが高い事が多い。

 特に親が立直を打っているときにはリスクが普段の倍以上になるため、できるだけやらない方がいい行為である。

 しかし狐火は堂々とカンを宣言した。


 七萬を四枚倒す。新ドラが捲れる。ドラ表示牌は六萬。


「ドラ4!?」

「そんなめちゃくちゃな麻雀があるかっ……!」

 ギャラリーがざわついた。

 狐火はハルを思い出しながら、小さくため息をつく。


 仕方ないじゃないか。

 僕がカンをすると、んだから。


「ロン。16000です」


 狐火コンがカンした牌は、必ずドラになる。

 ドラが多ければ必然打点が高くなる。

 高い手を作るのが難しいこのゲームで、狐火の火力は止まらない!


「僕は負けない。もう二度と、失いたくないから」



 『カンドラ』 狐火コン。

 雀星杯本戦、出場決定。

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