二人目:草野ユキ

「なぐっ……南雲なぐもっ……南雲ぉおお~~~……ずびっ……ひぐっ……」


 ミスタードーナツに泣き声が響き渡る。

 対面の席でそれを見守る兎田とだは、半笑いで「草野くさの、ちょっとくらい声押さえたら?」と言った。

「違うん。もうこの巻の南雲見てたらボロボロ泣いてしもて。お前も辛かったんやなぁ。あの時笑ってたのもそういうことやったんやなぁ~ってなって」

「わかるけども。確かに南雲にそんな過去があったとは思わなかったし、だからこそ彼の言動の数々に意味が通ってきて、めちゃくちゃ感動したけども」


 草野は手に持ったコミックをテーブルに置いて、紙ナプキンで目元を拭った。

 二人が追っているコミックの新刊にて、南雲という飄々としたイケメンキャラのあまりにも重い過去が公開された結果、草野はこうなってしまった。

 限界オタクによる推し活。現代社会では頻繁に見かける光景であった。


「ごめんなぁ~南雲ぉ~~。あんたのことずっとただのサイコパス兄ちゃんやとおもっとったわぁ」

「作者の手のひらの上で駆け回ってんねえ」

 二人はそこから二時間南雲について話をして、ミスタードーナツを後にした。

 二人は高校時代からの親友である。

 成人してしばらくたつが、それでも時々こうして二人でミスタードーナツに寄り、お気に入りの漫画トークを繰り広げるのだった。

 その後二人で雀荘に向かうまでがセット。

 夜な夜なフリーで麻雀を打ち、時々カラオケに行って解散する休日を二人は気に入っていた。


 しかしその日の麻雀は、いつもと少しだけ毛色が違った。


「……どうしたの、草野」

「いや……」

 東三局あたりから手牌を開けるたびに不思議そうな顔になる草野を見て、マナー違反だなあと思いながら兎田は対面の草野に声をかけた。

 結局その半荘はほとんど振るわず、オーラスが終了した瞬間に「兎田、ちょっと来てくれへんか」と席を立った。


「配牌がおかしいねん」

「おかしいって……なにが?」

「配牌で絶対南雲……じゃなかった、になってんねん。私南雲切りたくないから全然役作れんくてさぁ。8回連続やで。さすがに変やろ?」

「っ……おまえ……」

 兎田は息を呑んだ。

 兎田は、この世には麻雀に関する異能を使うモンスターたちがいることを知っていた。


「なんか知ってんの?」

「それ、は、たぶん異能だよ」

「は? 異能?」

 兎田は麻雀異能について説明をした。

 南雲が好きすぎるあまり、必ず南が暗刻で配られる異能。

 確かに使い方は難しいが、そもそも配牌から1暗刻できている時点で、莫大なアドバンテージである。


 二人はそれから雀荘を巡り、修業を始めた。

 雀星杯という、最強の麻雀打ちを決める大会で優勝することを目標に。



 そして雀星杯予選前夜。

「明日いよいよ決勝やな」

「そうだね。調子はどう?」

 草野は首を横に振った。

「正直不安や。配牌で必ず南雲が暗刻になるのは、確かに嬉しいしとんでもない能力やけど、東場は使いにくいときのほうが多いし、南場でも鳴いたら打点が低なる。雀星杯本戦に進めるほどの異能かって言うと自信ないわ」

「……ね、草野」

 兎田は顔をしかめながら、「僕も本戦に進んで優勝するつもりだからさ。本当は言いたくなかったんだけど」と言った。

「なんやなんや~」

「それに、確信があるわけでもない」

「偉くもったいぶるやん」


 兎田は鞄の中からコミックを取り出した。

「これ。読んでみて」

「……オススメなん?」

「まあ、たぶん」

 草野は彼の歯切れの悪さが気になったが、深くは突っ込まず帰路についた。


 その夜、草野は一睡もできなかった。

 兎田から借りた漫画に、あまりに性癖ドストライクなキャラクターが出てきたためだ。

 黒髪で長髪の西河にしかわというキャラクターに興奮し、全く眠れなかった。

「西河ぁ……西河ぁ~~~~~!!」



 そして迎えた雀星杯予選。

 草野が配牌をあけると、西になっていた。




 『推し活』 草野ユキ。

 雀星杯本戦、出場決定。

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