すずめの星

姫路 りしゅう

選手入場

一人目:兎田シュウ

 この卓で勝ち上がった一人だけが、雀星杯じゃんせいはい本戦へとコマを進めることができる。


「ポン」

 チャンネル登録者数百万人を越える麻雀系ユーチューバー、天童彼方てんどうかなたが動いた瞬間、卓を取り囲むギャラリーたちがざわついた。

 ゲームの進行状況は南一局折り返し地点で、天童彼方はわずかにトップ。まだまだ安心には程遠い点差だった。


「天童、速い手なのかな」

「でも他のメンツを見てみろよ。早和了はやあがりが簡単に許されるような卓じゃないぜ」

「そうだな。上家ひだりにはプロの竜崎りゅうざき対面しょうめんにはりんりんさんだろう?」

 プロの竜崎隼人りゅうざきはやとはメディアに出演することも多く、麻雀打ちの中でも特に有名なプロ雀士だ。そして同じく卓を囲うりんりんは、首都圏の雀荘で行われるアマチュア麻雀大会のほぼすべてで入賞を果たしている伝説的なアマチュア雀士である。

 麻雀打ちなら誰しもが、雀荘の壁に『1位:りんりん』と書いたポスターがあるのを見たことがあるだろう。

「スター揃いのこの卓でまだ南一局。誰が勝つかなんて全然予想できないぜ」

 展開を予想するギャラリーたち。しかし彼らは全員、共通の疑問を持っていた。


「あいつは、誰だ?」


 天童彼方、竜崎隼人、りんりん。この三人は都内の麻雀打ちなら知らない人間はいない雀士だ。雀星杯の名に相応しい、スターと言えるだろう。

 しかしこの三人の麻雀打ちに混ざる一人の雀士について、ギャラリーは何一つ情報を持っていなかった。


 卓上に『兎田とだシュウ』と書いてあることから辛うじて名前だけわかる。

 しかしその名前をいくらネットで検索しても、兎田に関する情報は出てこなかった。


 手堅い麻雀だった。

 折り返し地点でややマイナス。一度も和了っていないが誰にも振り込まず、他家のツモ和了りでじわじわと削られている典型的な守りの麻雀。

 確かに巧いが、その程度は他三人も余裕でこなす。

 ギャラリーの評価はその程度で落ち着いていた。


「……ツモ。2000-4000マンガンです」

 勝負が動いたのは南三局。プロ雀士の竜崎がタンヅモドラ2をツモって、今日一番点数が動いた。

 ギャラリーがどよめく。


 現時点で、トップは竜崎。

 りん:20,500

 竜崎:34,400

 天童:28,300

 兎田:17,800


 ギャラリーの多くはユーチューバー天童彼方のファンだったので、満貫を親っ被りした瞬間ため息が会場を包んだ。

 まだ、あと一局。オーラスが残っている。

 天童は深く息を吐いて思考をリセットし、自分の点棒を撫でた。


 全自動卓が牌をセットする。

 伏せられた配牌を見て、天童は思わず笑みをこぼした。

 配牌イーシャンテン、しかもドラが暗刻になった好配牌。

 

 雀星杯へあと一歩。

 平和もタンヤオもつかなかったが、五巡目という比較的早い段階で聴牌した天童は、高らかに立直を宣言した。

 立直ドラ3。

 誰から出ても逆転勝利が狙える手。

 麻雀系ユーチューバーの天童が雀星杯への出場権を獲得するのだろう。ギャラリーの大半がそう確信した瞬間。


「――立直」


 四着、兎田が立直を宣言した。


「チッ」

 天童は思わず舌打ちをした。親の兎田は和了れば親が続くため、1000点でも和了ってしまえばOKという状況だった。

 死体が動くんじゃねえよ。

 そう思いながら山に手を伸ばす。


 牌を掴んだ瞬間、天童の顔から血の気が引いた。


「………」

 4枚目のドラ。

 立直をかけた人間は、和了るか、和了れない場合は基本的にその牌をそのまま切るしかない。

 待ちが変わってしまうためカンもできず、ただツモ切りをするしかなかった。

 ダァン、と強く叩きつけられた牌に対して、兎田はゆっくりと手牌を前に倒した。


「ロン。18000親っ跳ね。逆転です」


 リーチ一発、タンヤオ三色、ドラ1。


「なっ……!」

 この局面でドラの嵌張待ち。しかも一発がなければ逆転もできていないという綱渡りのような和了り。

 しかし確かな逆転の和了りで、都内有数の麻雀スターたちを差し置いて、完全無名の兎田が雀星杯へコマを進めることとなった。


 麻雀は運のゲームである。

 世界で一番うまい雀士ですら、毎回一着を取ることは難しい。

 だからこのような結果になることもある。


 ギャラリーたちはそれに納得しながらも、不満な気持ちも抱いていた。

「こんな運だけの和了りで」

「なんでこいつが雀星杯に出場するんだ」

「天童さんの麻雀が見たかったよ」


 兎田はそれらの声をすべて無視して、席を立った。


「待てよ! 雀星杯はお前みたいな無名の奴じゃなくて、天童さんみたいなスターが出場するべきだろう! 雀星杯なんだぞ」

 その罵倒を背中で受けた兎田は、苦笑いしながら店を出た。


「スターなぁ。何勘違いしてんだか」

 兎田は一人、夜の都内を歩く。

「雀星杯に出場するようなやつらがスターなわけないだろ。ただ麻雀が強いだけの奴ら? そんなんじゃあない。全員が麻雀を極めて、麻雀に関する特殊な異能を持った、共なんだよ。奴らと同卓したところで、今日の三人だと何もできずに終わるだろうなあ」


 ま、僕もそうかもしれんが。

 兎田は自嘲気味に呟いた。


 兎田には麻雀に関する特殊な能力が備わっている。

 

 親が一周する間に一度だけ、ことができる。

 自分のツモには干渉できず、既に4枚出切っている牌は送れないという微妙な性能だが、それは今日のような立直相手に無類の強さを発揮する。


「さて、本戦まであと一か月。適当にがんばるとするかあ」




 『牌送り』 兎田シュウ。

 雀星杯本戦、出場決定。

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