東二局
「そう来たか……」
親っ被りをして
少なくとも彼には真城を止める手段がなかった。
手は遅かったし、『牌送り』で不要牌を送りつけたとしてもその場しのぎにしかならない。
そして、兎田には大差をひっくり返す手段がない。
Aブロックで真城の役満を親っ被りした
しかし兎田の『牌送り』は立直相手には無類の強さを誇るが、自分の点数が高くなるものではない。
もし真城が役満を和了っていて、開幕で16000点のビハインドを背負っていたら、絶望的な戦いになっていた。
「まだ17000点ある、って考えるか……」
しかし、本当の問題はこの次である。
真城ノボルはトイレに立つまで無限に倍満を聴牌し続ける。
Aブロックの時は卓の中に点棒を紛らせることで時間を稼ぎ、彼をトイレに行かせたが、今回も同じことをやったら運営に何をされるかわからない。最悪悪質な行為ということでチョンボ扱いや失格とされてもおかしくないだろう。
だから彼がトイレに行くまで、できるだけ速い手で流し続けるという愚直な方法しかなかった。
雀星杯決勝、東二局。
しかしそんな兎田の想いは届かず、配牌は駄目駄目だった。
「これはこの局も厳しいか? じゃあ今度こそ、今度こそ
兎田は他力本願な作戦に少し不満を覚えながらも、現状それしか取れる手がなく、ため息をついた。
**
また兎田さんがこっち見てる気がするな……
海老原ミナミは左隣からの視線を受け取った。
海老原の親番。できればここで和了ってしまいたかったし、何より真城の連続倍満は阻止したかった。
配牌は普通。これだと真城が倍満を和了り切る方が少しだけ速そうだ。この局もまた兎田の期待には応えられそうにない。
しかし海老原は知っていた。
この卓には神速の麻雀を打つ人間がいることを。
まだその牙を完全に見せきっていない男がいることを。
なあ、犬伏くん。
海老原はちらりと
一度戦った相手だからこそ、その強さは海老原が一番わかっている。
今この場で犬伏の強さを一番信頼しているのは海老原だった。
雀星杯Bブロックでの犬伏イッペイは、完全に黒子に徹していた。
高い手で和了れる目処がついた時以外は、わざと聴牌を崩していた。
しかし彼の本来の武器は九蓮宝燈でも染め手でもない。
索子と筒子しか来ないことによる、圧倒的な聴牌効率である。
犬伏イッペイは、状況に応じて火力と速度を選択することができる。
「……あー、じゃあこの辺ですかね」
海老原は
犬伏は一瞬悩んだ後、「チー」と発生し、
安くて速い手。
上家の海老原によるアシストが入り、犬伏の手がガンガン進んでいった。
**
――俺にはよ和了れってことっすかね、これは。
海老原が欲しい牌をガンガン切ってくるため、彼はそのメッセージをすぐに理解した。
この場の最大の敵は真城ノボル。少なくとも彼の異能の効果が切れるまでは最速で場を回し続けるのがいい。
そして、現状一番速いのは間違いなく自分だった。
もう全員に手の内はバレている。
Bブロックの時のような、不意打ちの九蓮宝燈や清一色系を和了るのは難しいだろう。
しかし、それはつまり『絶一門』を隠す必要がなくなったということ。
隠す必要がないなら、俺は誰よりも速く和了れる。
海老原のアシストを受けて、犬伏はさらに加速をする。
ただ、犬伏は少しだけ癪だった。
海老原が自分に速く和了ることを期待しているのが、癪だった。
「俺は真城さんを止めるための道具じゃないんすよね」
犬伏イッペイ、真城ノボルよりも先に聴牌。
鳴いているので立直はかけられなかったが、タンヤオがついている。
あとは誰かが捨てるか、自分で持ってくるだけ。
無言のまま2巡が経過する。
「ツモです」
真城以外の全員の期待に応えるかのように、ツモったのは犬伏だった。
しかし、倒されたその手を見て、珍しく海老原が驚いた顔をする。和了のアシストをしていた海老原の顔が歪む。
その和了は、海老原の想定をはるかに上回る高打点。
一瞬の油断と他力本願な考えを刈り取る和了。
「タンヤオ、ドラ3。2000-4000です」
全員が、彼は安く速い手を作っていると思っていた。
真城の異能を打ち消すためだけの1000点の和了を想像していた。
その考えを吹き飛ばす満貫。
甘い思考を看取るように、ドラが3枚佇んでいた。
彼の和了をアシストした親の海老原には、4000点という重い親っ被りが課せられた。
「自分にアシストしたこと、後悔せんといてくださいね」
■東二局・終了■
兎田: 15000
海老原:17000
犬伏:29000
真城:39000
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