東三局

「すいません、ちょっとおトイレ」

 雀星杯決勝。東二局が終了したタイミングで真城まじろノボルがお手洗いに立った。

 これにより、彼の異能がリセットされる。残された卓に安堵の空気が流れた。


「カントリーマアム、好きなんですか?」

 兎田とだ犬伏いぬぶせに問いかける。

 犬伏はカントリーマアムを食べながら、「俺の最初の味方なんす」と遠い目で言った。

「は? ……じゃなくて、へ、へぇ〜。さすがですね〜、知らなかった〜」

「雑なサシスセソテクニック使うのやめろ」

 会話のサシスセソテクニックとは、「さすがですね」「知らなかった」「すごいですね」などの相手を持ち上げる中身のない言葉をかけることで好感度を稼ぐものである。


「カントリーマアムが味方ってのはどういうことなんですか?」

「や、マジで金なくて口座から金引き出せなくなったことがあって、そん時の全財産がカントリーマアムファミリーパックやったんです」

「…………」

「なんか言えや」

「す、すごいですね〜」

「殺すど!」

「あ、じゃあじゃあ、カントリーマアム、どっち味が好きですか?」

「ココア」

「センスありますね〜」

「やめろや! ちょっと、海老原えびはらさんもなんか言ってください! こいつしんどいです」

「味噌」


 真城が帰ってきた。

「お待たせしました、次行きましょうか」

 弛緩した空気が一瞬にして張り詰める。


**


 雀星杯決勝、東三局。親番は先ほどを見せた犬伏イッペイ。


 彼の対面に座る現在最下位の兎田シュウは、手牌を開けてようやくまともな配牌が来たと思った。

 前二局は散々だった。散々な配牌で、真城を止めるには海老原に頼るしかなかった。そして彼はそれが不満だった。


 兎田は、麻雀を運ゲーだと思っていない。


 それは彼の『牌送り』の異能のせいか、生まれ持った性格のせいか。

 もちろんその局その局の勝負は配牌に左右される。親が一周しかしない東風戦なら運の要素が大きいかもしれない。

 しかし8半荘戦で、それでもまだ麻雀を運ゲーだと思っている人間には賛同できなかった。

 ――否、賛同したくなかったという方が正しいかもしれない。


 運とは神の領域。


 麻雀という四人の人間でプレイするゲームに、神の領域なんてないはずだ。人間の可能性はそんなもんじゃないはずだ。8局の間にできることはいくらでもある。対局の前の準備段階でもできることはある。

 たとえ同卓相手が異能を持っていたとしても。

 馬鹿ヅキしていたとしても。

 それらに負けるということは、実力が足りてなかったということだろう。


 運も実力のうちという話ではない。

 運に負ける人間には、実力がないという話だ。


 だから兎田は、己が勝って最強を証明したかった。

 己が勝って、麻雀という大好きなゲームが、運ゲーなんかじゃないということを証明したかった。


「今までの人生で、8局連続で配牌が悪かったことはない。だから半荘の戦いというのは、合理的なんだろう」

 東三局の配牌を見て、兎田は「ここだ」と思った。



 ……しかし残念ながら兎田は間違えていて――麻雀は所詮、運ゲーである。

 それでも彼は、己の実力を証明できるか。

 兎田は力強く牌を握る。



**



 この卓には、そんな兎田と対を成す存在がいる。

 『牌送り』という、人為的に人に牌を送り込む異能を持つ彼の、にいる人間がいる。


 神速――の速度を持つ男。

 『絶一門』犬伏イッペイ。


 犬伏には筒子ピンズ索子ソーズしか来ない。

 それは、運に見放された彼が、神に願った結果であった。


 酒を飲むと打点が上がる。

 カンをするとドラが乗る。

 他の卓を想像することで一巡先を見る。

 犬伏の異能は、それらの異能とは質が全く違う。

 一番近いのは猿川さるかわモモモの『親っ跳ね』だろうか。


 天より異能を与えられ、何をせずとも受動で異能が発動する犬伏は、まさしく兎田と対を成していた。


 犬伏の親番。

 点数が1.5倍になり、和了れば継続できるそのチャンスの場で、は起きた。


 予想外の出来事に、思わず犬伏の手が止まる。

 海老原や真城が、不思議そうに犬伏の顔を見る。


 犬伏は動揺を悟られないように今ツモった牌を手の中に入れ、別の牌を切った。


 深く息を吐く。状況を整理する。


 しかし、何度瞬きしても、はあった。


 犬伏、


 これが通常の麻雀で普通の人ならば、六萬ローワンをツモることに疑問はひとつもない。

 だが、犬伏の異能は『絶一門』


 萬子なぞ、久しくツモっていなかった。


「…………異能が終わったのか?」

 犬伏の頭に疑念が浮かんだ。

 しかし、次もその次も、ツモ牌は筒子と索子であった。

 六萬のツモなどなかったかのように、筒子と索子だけが来続ける。


 犬伏イッペイ、聴牌。


 その聴牌には、たった一枚だけ、不要牌の六萬だけが不気味に佇んでいる。


「…………でもな」

 親の聴牌を崩す選択肢はなかった。

 彼は1000点棒を取り出して、卓に置く。

「立直」


「――ロン」


 しかしその立直は実らなかった。

 六萬で和了った人間がいた。

 声の主は、兎田シュウ。


 犬伏のツモった六萬は彼の異能の効果切れではない。彼は依然、神に愛されたままである。


 ただし――兎田は彼を愛さない。


「タンピン三色、赤。8000点です」


 その六萬は、人間から神への贈り物。

 神の寵愛に対して、半荘につき2度だけ割り込める、人間の意地。


 これが――『牌送り』

 運命かみを否定する、人間のわざ




■東三局・終了■



兎田: 23000


海老原:17000


犬伏:21000


真城:39000

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