東四局
最初はただ、楽しかった。
酒を飲みながら麻雀を打つのが楽しかった。
雀荘でカップ焼きそばの塩(250円)を買って、ビールと一緒に流し込む。
時々はパック寿司を持ち込んで、
学生時代の遠い思い出。
旧友が対面からからかう。
「ノボル〜! オマエ飲み過ぎw」
「まだ10本くらいじゃい!」
「500mLを10本は飲み過ぎだし、飲んでんの13本やんけ。オマエそれ役満やん!」
白熱した卓で、トイレにも行かず13本のロング缶を飲みきった
馬鹿笑いしながら新しいゲームを開始すると、あれよあれよという間に一鳴きで緑一色を聴牌した。
「マジかー! ツモじゃーーーい!」
東発の役満で、メンツは罵詈雑言をぶつけながら点棒とチップを手渡した。
「役満はビールだけにしとけや!」
しかし、次の配牌から漂う国士無双気配を見て、真城ノボルは鳥肌が立ち、一気に酔いが冷めた。
これが芽生え。
真城ノボルの『泥酔』の開花。
その日から大学卒業まで、彼は麻雀を打ちながらビールを飲むことを辞めた。
真城がビールを飲めば飲むほど、打点が上がる。
誰も追いつけないほど点数が増える。
酒を飲んで打つ麻雀は楽しかったが――酒を飲んで打つ麻雀はつまらなくなった。
社会人になり、楽しみのためではなく金のために麻雀を打ち出してから、彼は自身の異能を解禁した。
『泥酔』で打つ麻雀は、和了った時の快感こそあったものの、楽しさはなかった。駆け引きも、運も、実力も、すべて酒に溺れるから。
そんな真城ノボルは、雀星杯Aブロックを経て考えが変わった。
大明槓からの清一色嶺上開花ドラ4で真城を沈めた
明らかな初心者なのに誰にも回さず跳満を和了りきった
派手さはないが堅実に嫌なことをしてくる
彼らとの麻雀はインチキで。
そしてそれ故に、楽しかった。
真城ノボルは酒を飲む。
異能やインチキが横行するこの卓についたなら、自分の最大限の火力で迎えるのが礼儀というものだから。
**
雀星杯決勝、東四局。親の真城ノボルは異能がリセットされてから配牌を開けるまでに6本の缶を開けていた。
これにより6翻――跳満が作れる手牌が来る。
2着と16000点もの差をつけている真城は、本来なら攻めずにビールもセーブしながら挑むはずだが、雀星杯はそれだと乗り切れないことを身に染みてわかっている。
それでももしこの局で親っ跳ねをクリアできれば、優勝はグッと近づくだろう。
ここで打つ麻雀は、楽しい。
楽しいからこそ、勝ちたい。
手牌が端っこに寄っていく。
真城、勝負を決める親の跳満聴牌。
**
その原因は東三局の振込み――ではなく、萬子をツモったことである。
原因は兎田の『牌送り』なのだが、犬伏にそれを知る術はない。
今局も相変わらず
――だったらあれはなんだったんだ?
犬伏は、かつて運に見放された男である。
成人し、真っ当に就労している人間なのに、全財産がカントリーマアムだけになるなんてこと、普通はありえない。
確かに能力を会得したあの夜は賭け金額が大きくなっていたが、普段はギャンブルもやらないし、浪費癖があるわけでもない。
彼は基本的に運が悪く、毎月給料から運代が天引きされているようなものだった。クリーニング代や修理費。飲み会に出かけると何故か毎回財布の中が空になる。
そのうちいくつかの原因は自分にあったが、それでも一般人に比べて余計な出費が多い人生だった。
それが、あの夜に一変する。
魂の叫びが天に届き、ようやく神が犬伏の運の悪さを認識したのか、その日から彼は運勢がマイナスからゼロになった。
しかし先程の六萬は、その神の寵愛の終わりを予見するものだったのかもしれない。
彼自身、そろそろ潮時かなとは思っていた。
こんなボーナスタイムがいつまでも続くはずないと、心の何処かで思っていた。
それでもまだ、犬伏イッペイは筒子と索子をツモり続ける。
神はまだ、犬伏イッペイを愛し続けている。
神は。
**
兎田は東三局の結果に満足していた。
自身の異能で犬伏に自分の待ちの萬子を送りつけることで、いつかはその牌を捨てるだろうという目論見が当たったからだ。
雀星杯Aブロックには、立直しか知らなかった猿川モモモと、ドラ以外の役が欲しい狐火コンがいた。だから兎田の異能は刺さりやすかった。
しかし決勝卓ではリーチがかかる保証がない。
それに恐らく
ここで異能が刺さってよかった。
あとは南場で捲って、己の最強を、麻雀が実力ゲーであることを証明する。
この時兎田は、ひとつの事実から目を逸らしていた。
本当に麻雀が運ゲーではなかったとして。
この場で一番の実力者は、兎田なのだろうか。
**
「ロン」
真城が牌を切った直後に、低い声が響いた。
「――は?」
真城は驚いた顔で声の主を見る。
海老原ミナミを見る。
「あー、あなたの異能はわかりました。あなたが必ず6翻で和了るってわかってるんだから、そこからあなたの手牌と不要牌を予想することはそう難しいことじゃ、ないですよね」
「っ――」
「タンヤオ七対子、ドラドラ赤。12000です」
それは、真城ノボルの手を完全に読み切った一点読みの七対子。
海老原ミナミの代名詞とも言える、一点読みの七対子だった。
跳満。
この和了により、僅かだがトップが逆転する。
■東四局・終了■
兎田: 23000
海老原:29000
犬伏:21000
真城:27000
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます