南一局

 どんな異能にも弱点がある。


 兎田とだ猿川さるかわのような発動タイミングに制限のある異能は、異能が使えないタイミングが明確な弱点である。犬伏いぬぶせ狐火きつねび草野くさのは役が読みやすく、真城まじろ君嶋きみしまは異能を使用し続けると明確に健康被害が出る。

 もちろんそれぞれの異能の弱点はひとつだけではなく、例えば前局の海老原えびはらは、真城の飲んだビールの本数から彼の翻数を予想し、それを逆手に取った。


 海老原がやったことは、構造自体はそこまで難しくない。

 役がわかる程度の麻雀初心者でも、「必ず純全帯么九ジュンチャンで和了る」と宣言されれば振り込まないことは容易だろう。

 そう宣言した人間から五萬が零れることも予想できるはずだ。

 彼はそれをもう少し高いレベルで行っているだけであった。

 真城の異能から翻数を予想し、彼の理牌癖や視線、捨て牌から手を予想。

 手を予想すれば、零れる牌も予想がつく。

 あくまで予想がつくだけで、それで本当に和了り切ってしまう海老原は十分異能者の領域であるが。


 海老原ミナミは異能の理解と対面した人間への理解力が異様に高い。

 実は彼は、AI×3と対局をした際はそこまでの強さを発揮できず、それが彼の弱点ではあった。

 しかしそれは、雀星杯には関係がない。


**


 犬伏は自分の体が震えていることに気が付いた。

 

 この場で麻雀を打つのが怖かった。

 彼はBブロックからずっと海老原と対面している。

 彼によって君嶋タタリの一巡先を見る異能と、草野ユキの推し牌を集める異能が逆手に取られ、打ち消されているのを一番近くで見ている。

 それに犬伏イッペイ自身も、『絶一門』から零れる牌を狙い打たれ、オーラスで捲られている。


「……このままじゃ勝てない」


 犬伏は悩んでいた。

 『絶一門』は染め手や神速の和了を実現できる異能だったが、逆にオリに向いていない。

 東三局でツモった六萬も気になっていたが、それよりもこのままでは勝てないということに意識が向いていた。

 神速の和了を実現できるにもかかわらず、海老原にロンされるイメージに折れ、日和った麻雀を打ってしまう。


「……このままじゃ駄目だ」


 それでも依然、神は犬伏を愛し続けている。

 


**


 真城ノボルはさらにビールを煽る。

 Aブロックと同様に、彼の体は限界に近づいていた。

 手が震え、寒気がしている。

 それでも彼はビールを飲み続ける。

 最強の座を目指して。


 真城は犬伏と違い、まだそこまで海老原にビビっていなかった。

 たまたま振り込んでしまうことなんて麻雀にはつきものである。

 高い手で勝負しようとしていたんだ、時々振ってしまうのも当たり前。

 確かに海老原の読みの精度はすさまじいが、毎回毎回できる代物でもないはずだ。

 麻雀は運のゲーム。

 真城はまっとうにジャッジを下す。

 海老原ミナミは最大限に警戒するべき相手だが――それに日和ってばかりでは、勝てない。


 真城ノボル、聴牌。


「っし、立直!」

 

 しかし彼はまだ気が付いていない。

 この場には、がいることを。

 

**


 が訪れたのは、想像よりはるかに速かった。


 真城ノボルの立直を見て、兎田は瞬間的に頭をフル回転させる。


 兎田シュウの異能は『牌送り』。それが無類の強さを発揮するのは、立直勝負である。

 立直相手に追っかけ立直をカマし、相手に自分の和了牌を送り付けることで、確実に一発直撃で和了ることができる。


 しかし彼の異能は親が1周するにつき1回しか使うことができない。つまり半荘で2回の回数制限がある。

 東場では理想の形で犬伏に能力をブチ当てることができたが、南場は今始まったばかりである。

 南一局で異能を使ってしまえば、オーラスまでの残り三局は無能力で戦わなければならない。

 それはリスキーだ。

 しかし、この場で再び立直がかかる保証はどこにもない。

 海老原は恐らく兎田の異能に気が付いているし、真城も犬伏もあまり立直をかけるタイプの打ち手ではない。

 ここが『牌送り』が輝く最後のチャンスかもしれない。


 それに応えるかのように、次順で兎田聴牌。


 手の点数はそこまで高くない。

 一発がついてようやく満貫と言ったところだ。

 しかし、それでも和了らないよりは五億倍いい。


 兎田は1000点棒を取り出した。


「追っかけます。立直!」

「マジかよ~~~!」

 真城が嘆いた。


 兎田の次、海老原が牌をトン、と切る。

 その次、犬伏が中を切る。


 ここだ――!


 兎田は。次のツモが、兎田の和了牌だ。

 ツモった真城はそれを無防備に振り込むしかない!


 しかし――


「――ポン」


 兎田の描く未来が書き換わった。


「ッは?」


 兎田が『牌送り』を発動し、真城が牌をツモろうと手を伸ばした瞬間に、海老原が声を挙げた。

 犬伏の捨て牌、中をポン。

 これにより、真城が機械的に捨てるはずだった兎田の和了牌、二筒が犬伏の手に入る。

 犬伏は当然危険牌のそれを捨てず、手の中に仕舞った。

 海老原による『牌送り』の無効化。

「ぐっ……」

 真城がツモ切るが、それはもう兎田の和了り牌ではない。


 兎田は唇を噛み締めながら山から牌をツモって、それをそのまま切った。


「ロン」


 麻雀の神様は、時々正しく微笑む。

 この場合、『牌送り』を阻止した海老原ミナミに微笑む。


 『打ち消す者』にして『三麻王』が、牌をパタリと倒した。


「中ドラ1。2000点です」


 

 確かに2000点はあまり高い点数ではないが、重要なのはそこではない。


 自身の異能が使える最後のチャンスを打ち消され、完全にしてやられた。

 ――俺は海老原に勝てない。


 が訪れたのは、想像よりはるかに速かった。

 

 兎田の心が、折れた。



■南一局・終了■



兎田: 20000


海老原:33000


犬伏:21000


真城:26000

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