南二局

 麻雀は実力ゲーだから、ここで勝ち残る人間は僕ではなく海老原えびはらだ。

 雀星杯決勝南一局にて、異能の最後の1回を切ったにも関わらず、それを逆手に取られた兎田とだは天井を見上げた。


 僕には海老原ほどの観察力がない。


 Aブロックで真城まじろを止める時は自動卓に点棒を投げ込んだ。

 猿川さるかわを止める時は真城と協力をした。

 どれも搦手である。

 確かに兎田は機転が利くタイプだったかもしれないが、麻雀というフィールドに置いては海老原の完全下位互換だった。

 決勝東場で海老原と同等レベルに戦えていたのは、『牌送り』の異能のお陰だ。

 しかしそれも今なくなった。


「きっついな」


 草野くさのもこんな気持ちだったのだろうか。

 君嶋きみしまに異能を看破された時、海老原に逆転の字一色ツーイーソーを潰された時。彼女もこんな風に絶望したのだろうか。

 兎田は友人に思いを馳せる。


 しかし草野はBブロックを終えたあと、こう言った。

 ――私、麻雀好きかもしれへん。

 もともと草野はそこまで麻雀が好きじゃなかったはずだ。その上2度も異能を潰され、それでも彼女は麻雀が好きだといい切った。


「僕は、とてもじゃないけどそうは思えないよ」


 雀星杯決勝南二局。ゲーム終了まで最短であと3回。

 見方によってはまだあと3回もある。

 しかし現在最下位の兎田にはもう親番も異能もない。


 彼は、海老原がこれまで対戦してきた有象無象と同じように、力なく配牌を開いた。


**


 犬伏いぬぶせイッペイはカントリーマアムの袋を強く握りしめた。

 真城、兎田が海老原にやられた。

 だったら次は俺の番じゃないか。


 ここで犬伏、遅ればせながら兎田の異能に予想をつける。Aブロックの最後と今回、彼は立直相手に立直をかけていた。

 そして真城がツモる直前に海老原が鳴いたということは――だったのではないか。


 その瞬間犬伏の頭でひとつの事象が結びつく。


 東三局の


 俺の手牌に萬子が紛れ込んだのは、兎田の異能のせいなんじゃないか?

 俺の異能に効果切れなんてなくて、単純に兎田の異能が勝っただけでは?


 それはそうだ。犬伏の異能は完全受動型。そして恐らく兎田は牌を送り込む能動型。

 それらがぶつかった時、兎田が勝つのはある種当然と言える。

「…………」


 それは犬伏に一筋の光を照らした。


 さらにこの後起こる出来事によって、その一筋の光は彼をより強く照らすこととなる。


**


 海老原ミナミは複雑な気持ちだった。

 一点狙いの七対子で狙い撃ちされても、勢いを失うことなく立直をかけてきた真城ノボルと、Bブロックから海老原の麻雀を一番近くで見ているにも関わらずまだ目が死んでいない犬伏イッペイ。

 この二人は前の卓を彷彿とさせる、楽しい打ち手だった。


 しかし、兎田シュウはつまらない。


 Aブロックを観戦した時は、彼を似たタイプだと思った。

 派手ではない異能で、的確に相手を撃ち抜くスタイル。相手の癖や動きをよく見ている雀士。

 それが今はどうだ。

 一度海老原に振り込んだだけで完全に意気消沈している。

「あー。もうちょっと楽しめる人と思ってたんですけどね」


 まあいい。この卓にはあと二人も素晴らしい打ち手が残っている。


 手を進めていくうちに、真城ノボルから聴牌の気配が漂ってきていた。


 彼はもう開始から数えて19本目のビールを飲み終えている。

 倍満8本分のビールはリセットされているため、この局では11翻――三倍満を聴牌したということだ。

 それを和了られるとゲームが決まる可能性がある。


 ではどうするか?

 単純だ。和了られなければ問題ない。


 海老原は牌をトン、と置いて――。


**


 真城ノボルのアルコール限界量はビール19本である。もちろん体調によって微増減はするが、19本を飲み終えた彼は、体の限界を感じていた。

 寒気に吐き気。指先の感覚の消失に震え。

 鈍った思考。

 しかし真城はその鈍った思考で精一杯考える。

 どうしたらこの麻雀でトップを取れるか。

 単純に考えれば、『泥酔』の異能で三倍満を和了ることだ。

 子の三倍満は24000点。南二局で和了ればほぼ確実に勝負が決まる。

 だから真城は19本目のビールを無理矢理飲みきり、三倍満を実現する地盤を整えた。


 しかし、気になるのは海老原ミナミ。

 東四局では明らかにしてやられていた。

 あんなのがそう何度も続くはずがないと真城は思っているが、海老原にはオーラがあった。

 再びしてやられる予感があった。


 ――ではどうする?


 『泥酔』の真城ノボル、聴牌。

 この局が終われば彼は恐らく吐き、シラフに戻るだろう。シラフ状態の彼は強いが、それでも俯瞰してみれば異能を失ったことになる。

 つまりこれが、最後の『泥酔』。


 真城ノボル、最後の異能。


 

 その覚悟を知ってか知らずか、海老原ミナミは牌をトン、と置いて――


「――ロン」


 その牌に向かって、


「あー?」


 海老原ミナミが呆気にとられた表情をする。

 それもそのはず、真城ノボルの異能のルール的に、この局では三倍満の手が作れて――海老原は今、彼の三倍満に当たるはずがない牌を切ったのだから。


 真城がパタリと牌を倒す。

「三色、ドラ1」


 それは、三倍満に程遠い和了だった。


「あー? オマエ、まさか――自分で手を崩して!」

 

 彼が体を壊しながら飲んだ、三倍満が確定する19本目のビールは――ブラフ!

 ゲームが確定する和了をチラつかせることで全員の警戒心を煽り、それを逆手に取る海老原を殺す、


 真城ノボルは三倍満の手を崩し、たった3翻まで打点を下げて、海老原から直撃を取った。


「ご丁寧に東一局で伏線張ってたっしょ! 逆に予想を下回ることで、全員の予想を外すってね。っし、5200点!」


 その和了は、派手な点数ではない。

 しかし、確かに真城をトップへと連れて行く。


「じゃ、俺はちょっとおトイレに」


 その和了は、海老原ミナミの雀星杯で初めての振込みだった。


 


■南二局・終了■



兎田: 20000


海老原:27800


犬伏:21000


真城:31200

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