南三局
『三麻王』
そっか。という感じであった。
観戦席で見ていた彼の友人、
決勝卓は四人のみの戦いである。
Bブロックの
真城ノボルは異能をブラフに使って海老原を引っ掛けた。
しかし兎田には、ブラフを張れる異能も残っていない。
彼はただ、三人の対決を邪魔しないように麻雀を続けた。
自分にはもう勝てるビジョンが湧かなかったので、トップになるために策を弄しようともしなかった。
勝つ気のない人間は、卓に座ってはいけない。
これは、雀星杯決勝だからではなく、真剣勝負の大前提である。
兎田シュウには卓に座る権利がない。
彼が諦めたことは、今のところ鋭い観察眼の海老原と友人の草野しか気が付いていないが、それもすぐに知れ渡るだろう。
わかるのだ。真剣勝負の世界では。
「でもさ、実力で負けてる相手に対して勝つ手段も全部失って、どうやって勝てっていうんだよ」
兎田は牌をツモり、切る。
もう何万回と繰り返した所作を行う。
例えその先に勝ち筋がなくても。
**
5200点を海老原にぶち当てた後、トイレから戻った真城ノボル、覚醒。
……というと聞こえはいいが、要するにAブロックと同様に体内のアルコールを全て戻していた。
一気に思考がクリアになる。
ここから先、俺に異能はない。
今から何本か飲んで数翻の翻数をあげるよりも、このクリアな思考の中で1着の座をキープするほうが優先だ。
もうビールは飲まない。
クリアな思考と観察眼で、真城は海老原の動揺を感じとる。
振り込んだのは久々だったのだろう。効いてる効いてる、と真城は嬉しくなった。
『
それは恐ろしいが、逆に言えば初見の異能には対応できない。
アルコールの抜けた真城は、異能者とまでは言えないが、異能者に匹敵するレベルでいやらしい麻雀を打つ男である。
残り、南三局と四局の二局だけ。
この間に、これまでと全く打ち筋の変わる俺に対応しきれるとは思えないな。
異能を失った真城は、それでも全く焦っておらず、冷静に状況を見ていた。
冷静に状況を見て、冷静に自分の有利を悟る。
「っし!」
しかし冷静な彼に油断はない。
真城ノボルと海老原ミナミの視線が交差する。
お互いに、こいつが今一番倒すべき相手だと認識する。
自然と二人の口元が緩んだ。
それは油断からではない。
楽しい。
強い相手と戦えるのが、麻雀が、楽しい!
「さ、この局も和了っちゃうぞ~!」
二人の点差はたった3400点。
瞬きする間にひっくり返ってもおかしくない点差である。
**
「海老原が……振り込んだ!」
『三麻王』海老原ミナミの振り込みに一番驚いたのは、本人ではなく
海老原にとって振り込みはごくまれにだが全然ある出来事である。何万局も麻雀を打っていると、振り込んでしまうことは当たり前にある。
しかし雀星杯でしか彼と相対していない犬伏にとって、その振り込みは衝撃的だった。
犬伏は海老原のことを神の領域にいる者だと思っていたのだ。
それに勝つためには、同じように神の領域にまで登り詰めないといけないと思っていた。
だからBブロックでは、神から授かった自身の『絶一門』を使い、一撃で葬ろうとした。
それがどうだ。
真城ノボルの異能は恐るべきものだが、それでも酒を飲まなければならない以上あれは人間の領域だ。
海老原ミナミは人間に振り込んだ。
つまり海老原は、人間なのだ。
相手が人間なら、自分にだって勝機はある!
しかしそのためには、犬伏自身が変わる必要があった。手の内がバレているこのままでは、勝てる勝負も勝てなかった。
だから雀星杯決勝南三局。親の犬伏は牌を開ける前に、祈った。
祈りとは、もっとも人間らしい行為。
――神は祈らない。
祈るのはいつだって、人間である。
かつての犬伏も、祈ったことがあった。
あの夜。大負けした夜に、 『字牌も萬子も俺んとこ来んなや! もう二度と麻雀打たん!』と叫んだことがあった。
そして今、彼はその逆を願う。
来い! と。
「字牌も萬子もなんでも来いや! そんで俺は――まだまだ麻雀を打ち続ける!」
その願いは、神の怒りを買うだろう。
一度叶った願いを取り消すことは、そう許されることじゃないだろう。
しかし、それでいいと犬伏は思った。
この真剣勝負の場で、神に愛されていることが、そもそもおかしいのだから。
神は犬伏を愛していた。
神は。
しかし、犬伏は神を愛さない。
「ツモや!」
親の犬伏が、牌をパタリと倒した。
その和了は、犬伏から異能が失われたことを意味する。
その和了は、犬伏の覚悟を――人間の意地を意味する!
「ツモ、白、
犬伏イッペイ、萬子の混一色。
「俺は、『絶一門』でも『無一文』でもないッ!」
満貫、4000オール。
「二つ名なんかいらん! 俺はただこの卓で、優勝する人間や!」
決勝の南三局にて、戦いが大きく動き出す。
■南三局・終了■
兎田: 16000
海老原:23800
犬伏:33000
真城:27200
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