南三局一本場
きっかけは、美少女がたくさん出てくる麻雀漫画だった。
たまたま古本屋で見かけた表紙に興味を惹かれ、少し立ち読みすると、美少女たちが麻雀を打っていた。
まだ麻雀のルールを何も知らなかった彼は、それでもボードゲームの類は好きだったので、すぐに興味を持った。
麻雀を打てるクラスメイトに漫画を貸して、その代わりに麻雀の打ち方を教えてもらった。
漫画の中で、キャラクターが「インパチ!」や「親っ跳ね!」と言いながら和了っていたのを見て、それが役名だと勘違いしてクラスメイトに苦笑いされるような、どこにでもあるはじまり。
そのうち少ない小遣いを出し合って牌を買い、高校帰りに友人の家で麻雀を打つのが日課となった。
ある日、まだ打ち出して間もない頃。
立直をかけた兎田はふと「あいつが和了牌をツモればいいのに」と願った。
きっとそれも、よくある思考だったろう。
誰だって一度はそう願ったことがあるだろう。
しかし、それが現実になると、話が変わってくる。
立直勝負の勝率が異様に良かった兎田は、初めはマーフィーの法則みたいなものかと思った。
バタートーストは必ずバターを下にして床に落ちる、というように、人間は悪いことが起きやすく感じるというジョーク的法則である。
しかし兎田は、そこに
彼はすべての対局を記録し、長い時間をかけて己の異能を理解した。
『牌送り』
親が1周する事に1度だけ、自分以外の任意の相手に任意の牌を送り込むことができる。
ただし、河と4人の手の中で4枚とも使われていた場合、不発になる。
特に不発のルールがやっかいで、そこを理解するのにかなりの時間を要した。
しかし兎田生来の粘り強さと、仮定を立てて検証していく理屈屋めいた性格のお陰で、高校を卒業する頃には一流の異能雀士になっていた。
彼にとって麻雀とは、楽しむものでも勝つものでもなく、解き明かすものだった。
そして解き明かしてからも、相手に自分の異能をぶつけるタイミングを図ることが主のゲームだった。
要するに、兎田シュウは麻雀を打ったことがなかった。
だから彼は、麻雀のことを実力ゲーだと盲信できていたし、勝ち筋がなくなったら簡単に諦めることが出来ていた。
もう一度和了ればより勝利に近づくだろう。
親を継続した犬伏は力強く一本場の証の100点棒を場に出す。
アルコールの抜けた
『絶一門』の支配が解かれたことにより、恐らく自分に来る牌の性質も変わってくるだろう。
しかしこの局、そんな各々の思惑を吹き飛ばす衝撃的な出来事が起こる。
**
「は――ははっ」
兎田シュウが、笑った。
勝つ気もやる気も消沈していた兎田が、配牌を開いた瞬間に力なく笑った。
「駄目でしょ。これは、駄目だって」
兎田シュウ――配牌聴牌。
麻雀には、時々こういう事が起こる。
策も小細工も吹き飛ばすような、誰にも追いつけない配牌に行き当たることが、ある。
もちろん兎田シュウも配牌聴牌はこれが初めてではない。
何度も麻雀を打っていると、それなりの確率では出会う。
出会うが。
「勝つ気のなくなったやつに、こんなの寄越しちゃ駄目だろ」
兎田は天井を見上げた。
彼は、麻雀は運ゲーではないと信じている。
今までにこんな運がいいとしか形容できない配牌が来ても、それ込みで実力だと思っていたし、相手にそんな配牌が行っていても、それでも実力で勝っていれば勝てると信じていた。
しかし、この局は違う。
この卓には兎田にとって圧倒的に敵わない人間がいて。
兎田にはもう戦う気もなかった。
それでも牌は、降りる相手を選ばない。
認めたくなかった。
信じたくなかった。
それを認めたら、今まで打ってきた麻雀を否定することになる。
実力ゲーだと信じていた麻雀像が壊れてしまう。
それに伴って、自分の異能を信じることもできなくなる。
もしも麻雀が運ゲーなら――たかが1牌送っただけで、勝てるわけがない。
それでも現実は変わらない。
配牌聴牌は、変わらない。
兎田は山から牌をツモり、ツモ切り立直をかけるかどうか悩んだ。
立直をかけないと役がなく、和了れない。
しかし、こんな運だけの配牌で立直をかけると、これまでの自分の否定になる。
数秒間悩んだ結果、彼は牌を曲げた。
「……ダブルリーチです」
第1打で立直をかけると、ダブルリーチという2翻役がつく。
その宣言を聞いて、卓についていた三人の顔が驚愕の色に染まる。
「おいおい、マジっすか」
兎田は、知りたくなったのだ。
彼は本当の麻雀を打ったことがない。
Aブロックで敗退した
Bブロックで敗退した
敗退した彼らは、悔しそうで、それでいて満足げな表情をしていた。
兎田には負けたあとそんな表情ができる自信がなかった。
負けて当たり前だ、悔しくもない。
満足なんてもっとありえない。
でももしも、負けてきちんと悔しくなれるのなら。
それでいて満足すらできるのなら。
それが麻雀というものならば。
「はは…………こんなん、こんなゲームさぁ!」
兎田シュウ、次順。
「――ツモです」
一発ツモ。
「こんな! クソゲー! 運ゲー! なんだよこれ! 何なんだよこのゲームは!」
兎田は心の中で叫ぶ。
クソゲーだと言いたいのは周りの3人だろうと思いながらも、叫ぶ。
ダブルリーチ一発ツモ。
兎田シュウは、ようやく気が付いた。
麻雀は運ゲーだと気が付いた。
そして、自分には決して触れられない領域があるからこそ――
「めちゃくちゃ面白いゲームやんけ」
――人間は熱くなれるのだ。
「2000-4000は一本場で2100-4100です」
認めよう、麻雀は運ゲーだ。
この日以来、彼は『牌送り』の異能を失うことになる。
それでいて、一層麻雀の沼にハマっていくのだった。
**
長かった戦いも、いよいよ決着の時が訪れる。
『牌送り』を使い切った兎田シュウ。
『絶一門』を失った犬伏イッペイ。
『泥酔』状態ではない真城ノボル。
そして、異能者相手に無類の強さを誇るからこそ、無能力者相手には真価を発揮しきれない『三麻王』海老原ミナミ。
異能者共の麻雀のオールラストに。
雀星杯の優勝者を決める最終対決に。
もはや異能は必要ない。
■南三局一本場・終了■
兎田: 24300
海老原:21700
犬伏:28900
真城:25100
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます