勝負のあと

「はぁ!? まだデート誘ってないんすか!?」

「いや……やっぱりまだ早いかなと思って」

「馬鹿野郎〜〜! 今誘いましょう、狐火きつねびさん。スマホ貸して。俺が文章書いたるわ」

「ちょっ、真城まじろさん! やめてくださいって!」


 雀星杯から一週間が経ち、戦いの熱もようやく引いてきた頃。

 真城と狐火と君嶋きみしまの3人は居酒屋に集まっていた。


「ねぇ、君嶋さん! 狐火さんになんか言ってやってくださいよ」

「デートくらい気軽に誘っちゃえばいいのに。体系的に考えてみましょうよ」

 君嶋は流れるような手つきでタブレットのお絵かきツールを起動する。


  デートに誘う 誘わない

OK

NG


「デートに誘ってOKだったら最高。そもそもデートに誘わないとOKかNGかすらわからないんですよ」

「……でも、誘って断られたら……?」

「そんときゃ次の子に行けば良いんです。むしろいつまでも一人の子に固執しているほうが誰も幸せじゃない。世界の幸福の総量考えたら、ここは誘うべきなんですって!」

「その通りっすよ。さすが君嶋さんいいこと言いますね」

 真城と君嶋は大会中のやり取り以降よく話すようになっていた。


「次の子って……僕はそんな考え方出来ないっすね」

「だったらなおさら、早くそのハルちゃんに言い寄るべきでは?」

「うぅ……」

 狐火は意を決した表情でスマホを操作して、ハルを遊びに誘った。

「よくやった」「これで今日は気持ちよく寝れますね」

 真城はコーラを一口飲む。

「真城さんは今日はビールじゃないんですか?」

「それがですねぇ〜……肝臓ぶっ壊れまして。断酒してるんです」

 君嶋と狐火が驚いた顔をした直後に、居酒屋のドアが開いた。


「ふふん?」


「モモモちゃん!」

 雀星杯のアイドルの登場だった。


「まだ3人しか集まってないんです?」

「そうっすね。一応みんなに声をかけたんですけど」

兎田とださんは? あの人が8人で飯行こうって言ってたのに」

「ね。優勝して満足したんじゃないっすか」

「俺、2回とも彼に捲られてるんですよね。許せねぇ〜!」

 しかし彼らの会話の最中に、またまた扉が開く。


「お待たせしました〜」

 雀星杯優勝者、兎田シュウの登場だった。

 両サイドには草野くさのユキと犬伏いぬぶせイッペイ。

「ワオ? 遅いですよ」

「ごめんなさい、ちょっと彼を釣るのに時間かかってまして」

 兎田は犬伏を指さした。


 犬伏のシャツはなぜかところどころほつれ、穴が空いている。

「どういうこと?」

 狐火がストレートに問いかける。しかし犬伏は恥ずかしそうに顔を背けるだけだった。

「こいつさ〜、道端で野良犬と戦っててん!」

 草野がサラッと犬伏の秘密を吐いた。

「なんで言うねん」

「いやめちゃくちゃおもろかったもん。犬と戦っとる! って」

 君嶋がふと「勝ったんすか?」と聞いた。

「向こうが先に逃げたんで勝ちやと思います」

「おめでとうございます!」

「ちょっと待ってよ犬伏さん。飲み会渋ったのなんででしたっけ?」

「…………からや」

「え?」

「犬に財布パクられたからや!」

「負けてんじゃねえか!!!」


 『絶一門』を失った彼は、不運な人間に戻っていた。


「…………あと1人、ですね」

「…………」

 この場には今、雀星杯本戦で戦った7人が揃っていた。

 あと1人、『三麻王』以外が揃っていた。


「でも彼は――」


 雀星杯決勝決着後、海老原えびはらは無言で頭を下げて、そのまま出ていった。

 王である彼は、何より自分の敗北が許せなかったのだろう。

 鬼気迫る表情で早足に出ていく海老原を見ていた全員が、王が王たる所以を見た気になっていた。


「来ないんじゃないですか」

「……僕は8人で飯行こうって約束したつもりなんですけどね」

「まあ、しゃーないっすよ。乾杯しましょう」

 決勝卓で海老原と一番通じ合っていた真城は、残念そうな顔をしながらコーラのジョッキを掲げた。



「あー、すいません。遅れました」


 しかし彼らの予想を裏切って、海老原ミナミが扉を開ける。

 彼は片手に大きなトロフィを持っていた。

「おっ来てくれたんですね」

「当たり前じゃないですか。こんな楽しそうな企画、行くに決まってますよ」

「ふふん? そのトロフィは?」

「これは、さっき三麻の大会で優勝してきて」

「…………」

「僕が一瞬でもこの人を上回って優勝できたの、一生自慢できるな…………」

「何いってんすか、兎田さんは強かった」

「兎田さんって、なんか麻雀の異能持ってたんですか?」

「持ってましたよ。でも雀星杯で失っちゃいました」

「俺もっすね」

「犬伏さんて、そこまで運悪くなるなら異能手放さないほうがよくなかった?」

「俺もっすね」

「真城さんは断酒してるだけでしょ」

「私も〜〜」

「草野は西河くんが最新刊で嫌いになっただけでしょ!」


 雀星杯で激動を繰り広げた8人に会話は尽きなかった。

 卓の上で存分に語り合ったお陰か、ほとんど初対面のようなものなのに、10年来の親友のように会話をしていた。


 居酒屋で騒がしく話す8人はどこにでもいる集団のようで、日本で最強の雀士集団には見えなかった。


 『麻雀』の雀とは、牌をかき混ぜる音がスズメの囀る鳴き声に似ていることからきている。

 囀るスズメの中から、一番輝く星を掴み取る。それだけを目指して、彼らはこれからも麻雀を打ち続けるのだろう。


「また麻雀打ちましょう」

「スマホアプリで麻雀打ちながら言うなや〜〜!」

「あー、次は優勝します」

「僕はもう異能ないからキツいかなぁ」

「ふふん。私麻雀完全に理解してきました!」 

「うおっ、ハルちゃんから返信きた!」

「酒〜〜〜〜〜〜! 禁断症状が〜〜!!」

「なんか俺のビール来るの遅すぎません?」



「じゃ、二次会は雀荘でも行きましょうか!」




■すずめの星・完結■

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すずめの星 姫路 りしゅう @uselesstimegs

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