東二局

 自動卓の中心部分が開き、そこに牌を流し込んでいく。

東発とんぱつから役満、やってらんねー!」

 役満を親っ被りして莫大な点数を失った狐火きつねびは乱暴に牌を触りながら嘆いた。

 東二局の親である猿川さるかわモモモがたどたどしい手付きで自動卓のボタンを押し、牌がせり上がってくる。


 東二局は真城まじろノボルの役満に加えて、猿川モモモの跳ね満聴牌にも注意を払う必要があった。

 こここそが『親っ跳ね』の真骨頂。


 兎田とだは全員が手牌を開く前に「あれ?」と言いながら手を挙げた。

 三人の手が止まる。

「ふふん? どうかしました?」

 兎田はゆっくりとした動きで耳に手を当てて、「なんか、自動卓からヤバい音聞こえてきませんか?」と問いかける。

 確かに兎田の言う通り、ジャラジャラという音に混じってバコンバコンという音が鳴っていて、三人がそれに気が付いた瞬間自動卓がエラーで停止した。

「……おっ? なんだなんだ?」

 役満を和了ってこのまま流れに乗りたい真城は不満そうな顔で卓を覗き込む。

 運営が慌てた様子で麻雀卓に駆け寄ってきて、「すみません、直すので一度席を立ってください」と四人を誘導した。


「…………猿川さんは、麻雀はじめてまだ間もないんでしたっけ?」

 復旧を待つ間、兎田は猿川に雑談を振った。

「麻雀歴ですか? あ、そうですー。まだ実卓麻雀は4回目とかですかね」

 その麻雀歴で雀星杯本戦に出場しているのはバケモン過ぎるだろ、と兎田は思った。

 しかし、それならいくらでも付け入る隙はありそうだ。

「4回目! それは……凄いっすね」

 そこに狐火が割って入ってきた。

「あー、僕も麻雀一年ぶりくらいですね」

「ふふん? 一年ぶりですか! じゃあ私たち仲間ですね」

「でもそれより前は結構打ってたので…………」

「いやなんで歩み寄った後に突き放してん」

 兎田は草野譲りの関西弁で思わずツッコミを入れた。

 その時真城が苦しそうな顔で「駄目っすね。すいません、ちょっとおトイレ行ってきます」と言い、トイレへと消えていった。

「真城さん、お酒の量凄いですもんねー」

 狐火が呑気にいってらっしゃーいと手を振る。


 兎田は、安堵した。


 真城ノボルの『泥酔』は、飲めば飲むほど打点が上がるが一度トイレで用を足すとその効果がリセットされる。

 13本のロング缶を飲んだあとだ、ずっと尿意を我慢していたに違いないと兎田は踏んだ。


 しかし、東一局、二局と連続で役満を和了れば普通は誰かが飛んでゲーム終了となるし、飛ばなくても既に逆転不可能な点差がついている。

 真城は、東二局終了時点にトイレへ行くプランで作戦を立てていたに違いない。

 彼の膀胱は既に限界だったと予想した。


 だから兎田は、1000


 全自動卓は、136枚もの牌をランダムに混ぜて、規則正しく並べるというとてもデリケートな機械である。

 その中に細長い点棒を紛れさせれば、エラーを吐くのは必然だった。

 そしてその数分の待ち時間が、真城ノボルの能力を無効にする――!



 これで、東二局は『親っ跳ね』を警戒するだけで良くなった。


 真城がトイレから戻ってきたタイミングで自動卓の復旧が終わり、点棒の出どころが判明して兎田は運営からお叱りを受けた。


「さて、あとは手牌次第だけど――」


 四人が一様に手牌を開く。


 真城はリセット直後でまだ1缶も飲んでいないため、手牌は普通。

 狐火は相変わらず暗刻に寄った手。

 そして親の猿川モモモは当然の好配牌。東の暗刻に一通気配のある萬子。ドラは二萬なので、順当に行けばダブ東混一色一通ドラ1の跳満が見える。


 しかしその手牌よりも兎田は速い手だった。

 チュンの暗刻を抱え、その他もある程度揃っているが、打点は見込めない速さだけの配牌。

 しかしその速さだけの配牌こそが、この場で一番欲しい手だった。


 兎田は点数を見ながら思案する。

 もし猿川の跳満に振り込んでしまったら、兎田は残り1000点という絶望的な点数になる上に、猿川の親番が続く。

 さらに、万が一狐火が猿川に振り込んでしまった場合、もっと最悪だ。狐火は飛ぶため、その時点でゲームが終了し、真城と猿川が決勝へと通過することになる。


 猿川を和了らせる訳にはいかない。


 そう考えていたところに狐火によるポンのアシストが入る。

 兎田の捨て牌で狐火がポンをすれば、猿川に手番が回らずもう一度兎田にツモ番が回ってくる。


「…………」

 兎田、5巡目聴牌。

 

 そして6巡目。

 自分の点棒をガサガサと漁り、1000点棒を取り出した猿川モモモは勢いよく「立直!」と宣言した。


「通らず。ロン、2000点です」

「ワオー……」


 兎田が中ドラ1で爆速の和了りを見せて、東二局が終了した。

 真城との点数は絶望的だったが、『泥酔』と『親っ跳ね』を無効にし、窮地は脱した。



 ――しかし、ここから狐火コンの火力がゆっくりと燃えはじめる。




■東ニ局・終了■




狐火: 9000


猿川:15000


兎田:19000


真城:57000

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