雀星杯Aブロック

東一局

 雀星杯 Aブロック


 東 『カンドラ』 狐火きつねびコン

 南 『親っ跳ね』 猿川さるかわモモモ

 西 『泥酔』   真城まじろノボル

 北 『牌送り』  兎田とだシュウ



「兎田ぁ〜!」

 卓に向かう準備をしていると、草野くさのが背中をバンと叩いた。

「決勝で会おうな」

「もちろん」

 雀星杯本戦はAブロックとBブロックに分かれて上位二名が決勝に進む方式だが、その二つの戦いは並行ではなく順番に行われる。


 Bブロックの四人は決勝で戦う奴らをじっくり観察するために、特別席に座った。


「じゃ、行ってくるね」

 兎田は右手を上げて草野の激励に答えた。

 狐火と猿川はすでに卓についている。

「失礼します」

「あ、よろしくおねがいしますー」

 猿川が深々と頭を下げた。初心者らしく、礼儀正しい所作だった。


 卓についた兎田は自分の点棒を撫でながら、場を確認する。

 起家が狐火コン。自分は狐火の対面だ。

 しかし『カンドラ』も『親っ跳ね』も『泥酔』も、どの状況からでも満貫跳満クラスの火力が飛んでくる。起家やラス親はあまり関係ないかもしれないな、と自嘲気味に笑った。

 この場で兎田の異能のみが、火力に関係のないものだった。


 少し遅れて、真城ノボルが卓についた。

 両手に大量の缶ビールを持っていて、能力発動の準備は万端のようだった。




「それでは、雀星杯本戦 Aブロック、開始します!」

 司会の男が力強くそう叫び、全自動卓から牌がせり上がってきた。


 麻雀は1人25000点持っているところからはじまる。この点棒を奪い合い、トップと2位だけが決勝に進めるという仕組みだ。



 親の狐火きつねびは手牌を開けて、八萬パーワン暗刻アンコになっているのを確認した。

「……よしよし」

 彼の異能は、カンをしたら必ず新ドラが乗るというものだが、それに加えて明らかに手牌が刻子コーツ系に寄ることが多かった。カンをする準備が整いやすい。それも小さいことだが立派な異能だと言える。


 猿川さるかわは先輩から聞いた「親番のときは最速で和了ろう」という言葉を思い出す。

 子の番のときに和了れなくても、親番で巻き返せばいい。そういうマインドで手牌を開ける。



「――さて」

 この卓で唯一、この場が麻雀異能持ちしかいないことを知っている兎田は、深く思考する。

 まず猿川モモモ。こいつは初心者だ。

 親番のときは最大レベルに警戒する必要があるけれど、親番じゃないときは警戒に値しない。つまりこの東一局において、猿川は無視でいい。


 次に狐火。

 狐火はドラが怖い。逆に言えば、カンをするまでは基本的には警戒をしなくてもいい。


 しかし、真城ノボル。この男だけは違った。

 真城ノボルは500mlのビールを飲めば飲むほど打点があがる。

 そして、遅れてやってきた真城の足取りが少しふらついていたことを兎田は見逃さなかった。

 ほんのり顔も赤い。

「…………もういくらか酒を飲んできているだろうな」

 それも、おそらく1,2本ではなく、満貫クラスが確定する4本以上。

 ただし彼の異能は必ず和了れる保証がついているわけではない。先に最速で和了ってしまえば不発に終わるはずで、それを続けていつかトイレに行くリセットのを待てばいい。

 しかし兎田は手牌を開けて、そのバラバラさに絶望をした。

 これじゃあ遅すぎる。

 兎田の『牌送り』は自分のツモに干渉できないため、早くも兎田は東一局を捨てる決断を迫られていた。



 タンッ、と狐火が牌を切る。

 猿川が牌をツモり、切る。

 兎田が牌をツモり、切る。

 真城が牌をツモり、切る。


「……………………」

 8巡ほど経過して、兎田はその河の異常な匂いを嗅ぎ取った。

 



「ツモ!」


 そして声を上げたのは、『泥酔』真城ノボル。

 開けられた牌を見て、全員の顔が驚愕の色に染まった。


 その和了りは、二つと並ぶものがない傑出した人を意味する。

 その和了りは、既に逆転が難しいほどの点差がついたことを意味する――ッ!。


「国士無双。8000-16000です」


 


 真城ノボルは、事前に13本のビールを飲み終えていた。



「…………」

 点棒を渡しながら、兎田は絶望の気分だった。

 真城ノボルの異能はトイレに行くとリセットされる。

 つまり――トイレに行かない限り、彼は役満を張り続ける。




■東一局・終了■


狐火: 9000

猿川:17000

兎田:17000

真城:57000

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