東四局

 来た!

 来た来た来た来た!


 雀星杯Bブロック東四局。親番の犬伏いぬぶせは配牌を開いた瞬間に勝利を確信した。

 配牌14枚のうち、12枚が索子ソーズ

 『絶一門』の異能によって、犬伏には索子と筒子ピンズしか来ないため、時々こういう手がくる。

 牌をすべて一色で染め上げた美しい和了、清一色チンイツ

 鳴いて進めても満貫が確定する、役満を除いた最強の役である。


 前局で君嶋きみしまを止め、安い手の聴牌をわざと崩した。その功績が運命に認められたまであるな、と犬伏は考える。


 彼はまだ口の中にカントリーマアムが少し残っていたが、はやくも2つ目(バニラ味)を袋から取り出した。

 和了ったときに食べる、そう決意して。


 しかし東四局は、意外な形で幕を引くこととなる。



**


 君嶋タタリは困っていた。

 思考を散らすために持っていたタブレットを没収され、目の前の麻雀ひとつに集中しなければならなくなったからだ。

 彼は興味と集中のスパンが著しく短く、3秒以上同じことを考えられない人間だった。


 ツモって切る。

 そこまではまだいい。

 しかし問題は他の人の手番の間だ。

 自分の手牌を見続けると、首を振って上を向きたくなる。

 一般の人でもおそらく経験があるだろう。難しい参考書や目の滑る文章を読み続けた時のあの「アアア」という感覚。

 君嶋は東三局の間ずっとそれと戦っていた。


 今までは「アアア」となる前に他の麻雀アプリを見ればよかったが、それが封じられた今彼は何にも集中できなくなっていた。

 雀荘内のポスターや設備を見て集中を散らそうとも思ったが、一時凌ぎにしかならなかった。


 もう俺はこの麻雀と向き合うしかないのか。

 そう嘆いた瞬間――


 ――彼に天啓が降りる。


 いや、違う。

 んじゃないか?


 それは捨て牌を見たり、手を予想する程度の話ではなく。


 君嶋は再び頭を回しはじめる。


 まずは仮定だ。

 全員の牌を適当に仮定する。

 麻雀の牌は34種類×4枚しかない。

 そこから自分の手にある牌や河に捨てられている牌を消していく。

 

 ツモ切りではなく、自分の手牌の中から牌を手出しした場合、それは大ヒントとなる。

 人は基本的に同じ種類の牌を近くに置くし、順番に並べるだろう。

 つまり、手出しした牌からその周辺の牌を予想できる。

 マインスイーパーを解いているときに近い感覚。

 仮定をして消去法で消していくあたりは数独かもしれない。


 君嶋は思考の暇つぶしがてら、全員の手牌を予想し始めた。


 仮定を紙に書けるわけでもなく、一人の手番は5秒もない。

  

 それでもその思考の刻み方は、その思考の散り方は、君嶋にとって心地良いものだった。


 ツモる。

 自分の手をほとんど見ずに切る牌を判断する。


 草野がツモる。

 草野が手出しした牌は八筒。

 つまりあのあたりが筒子ゾーンなので、先ほど仮定していた手牌は違っていたことがわかる。一部を書き換える。


 海老原がツモる。

 海老原がツモ切りをする。切られた牌は二萬。

 自分の手と河に二萬がひとつずつあるため、草野と犬伏の両方が二萬を持っていることはない。


 犬伏がツモる。

 犬伏が手出しする。

 その牌は――――。


 君嶋が再びツモる。

 彼は思考が散ったお陰か、手がまっすぐに進んでいた。

 聴牌。


 人の手ばかり気にしていたが、もちろん自身の聴牌は見落とさず、立直はかけずに聴牌を取った。


 草野、海老原、犬伏、自分。

 草野、海老原、犬伏、自分。

 草野、海老原、犬伏、自分。


 何巡か過ぎ、君嶋の仮定もかなり精度を上げてきた中終盤。


 不思議なことが起こった。


「あれっ?」

 君嶋はツモる直前に首を傾げた。

 

 脳内に鮮明な映像が流れ込んでくる。

 それは、北をツモるという妄想。


 そしてその映像通り、次に彼がツモった牌は北だった。


「――はぁ」


 北は和了り牌ではないため、そのままツモ切る。


 デジャヴではない。

 北をツモってから、北について考えたわけではない。


 彼は明確に、北をツモる予知をしてから、北をツモった。


 その現象に無理やり理屈をつけるなら、全員の牌を予想していたことで、次に来る確率が一番高い牌を頭の中で思い浮かべていて、それが細かい思考スライシングの中に混ざり、映像となって思い浮かんできた、というところだろうか。


 しかし、雀星杯本戦に理屈なぞ不要。


 人に牌を送り込むのも、カンドラを乗せるのも、であり、それ以外の理屈はいらなかった。


 君嶋タタリは、その卓ひとつを『多面打ち』することで。


 一巡先を見ることができる。



「ツモ!」


 勢いよく牌を倒した。



**



 卓に一瞬の静寂が訪れる。


 草野も、犬伏も、海老原も、そのツモを見て息を呑んだ。


 なぜならそのツモは。


「それ…………ツモってないですよ」


 ――誤ツモ。


 君嶋は、ツモ和了りをしていないのにツモを宣言し、牌を倒した。

「あれっ? 本当だ。おかしいな。すみません」

 誤ツモには当然ペナルティがあり、子に2000点、親に4000点の支払いを行う。

 君嶋は首を傾げながら点棒を支払った。


 一流の中の一流の雀士が集まる雀星杯本戦でチョンボが起こるとは、誰一人予想していなかった。


 三人は点数がもらえてラッキーか、などと思いながら牌を混ぜるために山を崩した瞬間、再び息を呑むこととなる。


 たまたま捲れた君嶋の次のツモが、彼の和了牌だった。


 ツモった瞬間にもう一巡先を見てしまった君嶋は、今ツモった牌ではなく、次にツモる牌だと思い、ツモを宣言したのだった。


 Bブロックの面々はそれをたまたまだとは当然捉えず。


 彼らの戦いは一層ややこしさを増していくことになる。



 

■東四局・終了■


君嶋:21000

草野:27000

海老原:25000

犬伏:27000

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