東三局

 誰が一番好きなんです?


 君嶋きみしまのその問いかけに対して、草野くさのは考えこんでしまった。

 考え込んでしまった時点で負けだったと気付いたのはその直後だった。


 瞬間、脳裏に一人の男との思い出がよみがえる。

 南雲。

 初め、顔はそこそこ好み程度だった。

 しかし彼の言動や強さ、態度がだんだん癖になっていき、重い過去が明かされたことでついにハートを撃ち抜かれてしまった。

 今となっては顔も大好きである。


 西河はいいキャラだ。もちろん中峰も。

 好きになったことを誇りに思うし、今でも大好きだと断言できる。

 それでも、南雲ほど推しているかと言われれば怪しいところだった。


 その認識で、


 推しへの愛は無限だ。

 しかし、注げる先には限界がある。


 雀星杯Bブロック東一局にて爆速の和了を見せた『推し活』は今、その輝きを失った。


 配牌を開けると、南が暗刻になっていた。

 が、暗刻になっていた。



**


 草野の表情を見て、犬伏いぬぶせは彼女の異能が失われたことを悟った。

 これで草野は沈んだ。


「さて――」

 草野を潰す役割を君嶋に取られた犬伏は、しかしカントリーマアムのココア味を手放さなかった。

 彼はもう一つやるべきことがあった。


 君嶋タタリの異能を解く。


 最初に雀荘で会った時、雀卓を二つ行き来していた時は、人数合わせかと思った。

 雀星杯の予選で見た時、将棋などを並行して指していた時は、舐めているのかと思った。

 しかし、一緒に卓を囲み、彼の言動を聞いて気付いた。


 君嶋はただ、思考が忙しい。


 きっと、逆だった。

 彼はたくさんの物事を並行して処理できているわけではなく。

 たくさんの物事が並行して並んでいないと、一つ一つのタスクに集中することができない。

 、それ故、自身のパフォーマンスを最大にするために『多面打ち』をしているのだ。


 だったらやることはひとつ。


「運営」

 犬伏イッペイは対局中に手を挙げて運営を呼んだ。


「君嶋タタリがタブレットを通して外部と通信を行っている可能性があります。あれ、没収しませんか」

「……は? いやいや、俺そんな通信とかしてないですけど」

 君嶋は首を横に振った。しかし犬伏は追及の手を止めなかった。

「本当に通信をしているとしたら、イカサマだと思います。本人にしかわからない方法で通信をしているかもしれませんし、可能性がある限りは没収するべきやと思いますが。イカサマに関しては、疑わしきを罰するべきです」

「……はぁ。まあ別にいいですけど」

 君嶋は納得いかない顔をしながらもタブレット二台を運営に預けた。


 犬伏は、左手でカントリーマアムの小袋を持つ。

 牌をツモって、切る。


**


 次のツモで、君嶋の思考が停止した。

 ツモったのは五索だった。

 彼はタブレットを没収され、手持ち無沙汰になったため、五索をツモったあとに一度自分の手牌に目をやった。

 それが間違いだった。

 彼はそこに目をやった時にはもうツモった五索に興味も関心も湧いていなかった。

「あれ? 何切ればいいんだっけ」


**


 犬伏は持った小袋の端を口にくわえ、一気に引きちぎって開封した。


「君嶋さん。あんた、シングルタスクができないんだな」


 ココア味のカントリーマアムを食む。

 それは彼が、課題を解決した証。

 君嶋タタリの厄介な思考を封じた合図だった。


 そしてその後犬伏は順調に手を進め、平和を聴牌した。

 ちらりと自分の点棒入れに目をやり、しかし彼は立直せず、

「……」

 彼には思惑があった。

 犬伏の異能『絶一門』は、彼の手牌を筒子と索子のみにする。

 つまり、確率次第では役満を除いた最強の役、面前清一色が狙える可能性がある。

 しかし、和了などで一度でも手牌を開けてしまえば、他の人間に異能を見破られてしまう可能性も十分にあった。

 だから、ただの平和では和了れない。

 


 犬伏は、異能がバレた状態でこの卓で勝ち残ることは難しいと確信していた。

 だから一撃で大きな差をつける。それを基本方針とする。

 幸い草野と君嶋は沈黙している。


 あとは、海老原えびはらだけだった。



**


 では今、その『三麻王』海老原ミナミは、なにをしているのだろうか。

 東一局、二局と存在感を消していた彼は、息をひそめ、虎視眈々と王の座を狙っているのだろうか。


 ――答えは否だった。


 『三麻王』は、ただひたすらに戸惑っていた。

 使


 三麻こと三人麻雀は、通常の四人麻雀と比べて人数が少ない関係で、使用する牌が異なる。

 三麻では、萬子の二~八を使用しない。

 『三麻王』である海老原にとって、萬子は普段さわらない牌だった。

 もちろん四人麻雀の経験自体はあるため、萬子を全く見たことがないというわけではなかったが、感覚はかなり違っていた。

 麻雀においてメンタルの締める割合はかなり多いため、少しのズレでも調子に大きく影響を及ぼすことがある。

 海老原は一流の雀士であり、本来萬子が多少増えた程度で調子を崩すような打ち手ではないのだが――海老原の手には、


 簡単な引き算の問題だ。


 犬伏の手には筒子と索子が集まる。

 草野の手には字牌が集まっていた。

 つまり、海老原や君嶋の手には、萬子が集まっている。


 予想よりも多い萬子の枚数に、海老原は戸惑っていた。

 結局彼はこの局も聴牌ができていない。


 全員がツモ番を終え、誰も和了らずに流局をした。

「ノーテン」

「ノーテン」

「ノーテン」

「ノーテン」

 聴牌者は誰もおらず。

 雀星杯では珍しい、点棒の移動がないまま親が流れる局となった。



 しかしこの直後、もっと珍しい、予想だにしない出来事が起こる。




■東三局・終了■


君嶋:29000

草野:25000

海老原:23000

犬伏:23000

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