東二局

 麻雀は4回に1回和了れれば十分な競技である。

 降りるのが巧い打ち手ならば、一度でも高い手を和了ることができれば以降全く和了れなくてもそれなりの高確率で1着か2着を取れる。

 8000点で和了った草野くさのユキも、これが通常の麻雀だったらここから防戦のスタンスを取ったかもしれない。


 しかしそれは、あくまで通常の麻雀の話。

 これは雀星杯じゃんせいはい

 理不尽な和了が横行する卓。


 雀星杯Bブロック東二局。親は一局で満貫を和了った草野。


 草野は目を閉じて、慢心を捨てた。これは一瞬の油断が命取りになる勝負である。

 それにこの卓には親友の兎田とだが最大限に警戒をしていた『三麻王』海老原えびはらミナミもいる。

 東一局は大人しかったが、いつ彼が本腰を入れ始めるかわからない状態で、8000点取った程度で浮かれていいはずもなかった。

 鞄に入れた3冊のコミックを撫でる。

 南雲、西河、中峰のそれぞれの最大の活躍シーンが収録されている単行本。

 目を閉じて、その見開きを思い出す。

 草野の異能に

 もちろん、推しへの愛は無限だからだ。

 無限に拡大していく無限の愛。

 キャラクターへの感情が、そのまま牌に返ってくる。


 配牌を開くと、再び南と西と中が暗刻になっていた。


 二度目の爆速和了を目指して、彼女は手を進めていく。


** 


 4回中4回だった。


 犬伏いぬぶせはAブロックのことを思い出す。

 『カンドラ』狐火コンは、4回中4回、カンにドラを乗せていた。

 4回に1回和了れれば十分な競技で、100%ドラを乗せた男がいる。

 そして自身の『絶一門』。

 それら二つを考えた際に、草野ユキの今の和了はなんらかの異能が関係していると考えるのは自然なことだった。 

「だとすると、染め手に関する異能……いや、というより」

 ――暗刻か、と犬伏は予想をした。

 十中八九草野の異能はに関するもの。

 犬伏はそこまで予想したところで、カントリーマアムのココア味を袋から出した。


『絶一門』にして『一文無し』だった犬伏イッペイは、一時期自分の全財産だったカントリーマアムを食べるときに、ひとつのルールを課していた。

 制限なくカントリーマアムを食べていたら、すぐになくなってしまう。

 だから彼は、仕事でもプライベートでも何でも、何か直面したしたときにだけ、カントリーマアムを食べることに決めていた。

 お腹が空いた時ではなく、日々抱える課題が解決したときにだけ食す。


 いつしかそれは彼のルーティーンとなり。


 、今しがた和了って親番を迎えたということだった。

 

 しかし、結論から述べるとこの局で犬伏がカントリーマアムを食すことはできなかった。

 なぜなら草野を制したのは犬伏ではなく――


**


「……」

 君嶋きみしまは考える。

 膝上のタブレットで操作している麻雀アプリで対面が立直をかけた。おそらく筒子の下の方で待っている。

 下家の草野の先ほどの和了は明らかに異能の気配がした。

 ミニテーブルのタブレットで操作している麻雀アプリで聴牌ができた。

 草野の好きな漫画の今後の展開は、きっと主人公サイドに裏切りモノがいることが明かされる。

 それはそうと、Aブロックで勝ち残った兎田と真城まじろの不可解な和了を決勝ではどう止めるか。

 そういえば草野の好きな漫画の中峰くんは俺も好きだ。

 最近の漫画はキャラがいい。好きなキャラに出会える確率が昔より高い気がしていた。例えば某漫画の西河。

 

 西河と中峰はなんとなく雰囲気が似ている気がした。


 


 西と、中。

 麻雀だ。

 そしてそれはついさっき見た。

 草野の和了では、西と中と南が暗刻になっていた。南。南。

 君嶋は考える。

 少し前に読んだきり放置している漫画に、南雲というキャラがいなかったか。


 草野ユキが、西と中と南を暗刻で揃えていたのは、偶然ではなく、彼女の異能なんじゃないか。


 君嶋タタリは、マルチタスクとを得意とする。

 逆に言うと、シングルタスクが不得意だった。本人に飽きっぽい部分があり、思考がいい感じにいないと、本領を発揮できないのである。

 だから彼はタスクが増えれば増えるほど思考の効率が上がり、それらを並行的に処理していくことで、論理の外から解決策を探し当てることを得意としていた。


 例えば今回なら、草野の異能。

 

 この局も彼女の手牌の中にはその3つの暗刻がある可能性がある。

 彼はその過程を元に、手牌を読み始めた。

 配牌時点で字牌の暗刻が3つもあったら、狙いたくなる手は決まってくる。

 草野は君嶋の右手側にいるため、君嶋が捨て牌に気を付けることで、彼女は鳴いて手を進めることができない。


 そして、手が透けたら零れる牌も見えてくる――!



「あ、ロンです」

 草野の切った牌に対して、君嶋がパタリと牌を倒した。


「タンピンドラドラ。8000点」

「マジか」

「すいません」

 点棒が移動する。


「そうそう、それで、今回もやっぱり西と中と南が暗刻だったんですか?」

「っ……」

 無邪気な君嶋の発言に、草野の顔が強張った。

「あっ、違う。ごめんなさい、これは言うべきじゃないやつですね」

 彼は言ってから、しまったという顔をした。 

「たまに言うべきじゃないこと言っちゃうんです。すいません」

「……」

「あー、でもそうだ。言うべきじゃないこと繋がりで、一個だけ聞いていいですか?」

「……いいですけど」


 草野ユキは、ここで君嶋の話に耳を傾けたことをしばらく後悔することとなる。


「南雲と西河と中峰、誰が一番好きなんです?」




■東二局・終了■


君嶋:29000

草野:25000

海老原:23000

犬伏:23000

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