雀星杯Bブロック

東一局

 雀星杯 Bブロック


 東 『多面打ち』 君嶋きみしまタタリ

 南 『推し活』 草野くさのユキ

 西 『三麻王』 海老原えびはらミナミ

 北 『絶一門』 犬伏いぬぶせイッペイ



 雀星杯Bブロックは、Aブロックと比べて自由な人間が多かった。

 Aブロックのプレイヤーたちは、麻雀異能こそ無法だったが、麻雀を打つ姿勢自体は大量の酒を抱えていた真城まじろノボルに少し癖があった程度だった。

 しかしBブロックは、普通に卓に着いているのは海老原のみで、残りの三人は皆何かしらの手荷物を抱えている。


 犬伏イッペイはカントリーマアムのファミリーパックを大切そうに抱えたまま席に着いた。

 草野ユキは何やら呻きながらコミックを開いている。

 そして君嶋タタリは――タブレット二台で麻雀アプリを起動していた。


 犬伏はそれをちらりと見て「さすがに雀星杯の本戦に将棋盤と将棋棋士を持ち込むのは止められたんかな」と思った。

 君嶋の異能の概要は

 ただ犬伏が目撃した二回とも、何か他のことと並行して麻雀を打っていて、それでいて勝利していたという結果しかわかっていなかった。

 今も、麻雀アプリを多面で打っている。

 それは余裕の表れなのか、何かの条件なのか。


 Bブロックのプレイヤーたちは皆、Aブロックの戦いを見て麻雀異能のことを認識していた。

 この対局にも『カンドラ』のようなバケモノがいるのかもしれない。

 そう想像しながら彼らは卓に着く。


「って、草野さん草野さん。その漫画って今わりとよく見るやつです?」

「あ、知ってます? そうなんですよ~。面白くて」

 君嶋が麻雀アプリを打ちながら草野に話しかけた。

 草野は「なんだこいつ」と思いながらも漫画の話ができるのが嬉しくて言葉を返す。

「面白いっすよね。父親の正体が判明したところすごい好きで。あれたぶん作者の当初の思惑越えたんじゃないかなって感じしませんでした?」

「あ~、わかりますわかります。それと対面したときの主人公の表情も最高なんですよ。その表情だけでいける」

「絵もいいですしね。線の感じが綺麗で」


 横で聞いていて違和感を覚えた犬伏が思わず口を挟んだ。

「お二人会話噛み合ってます? なんかそれぞれ別の話してません?」

 草野は半笑いで答えた。

「オタクの会話なんてこんなもんやろ~」

「……まあ本人らがええならええけど。ちなみに俺もその漫画好きっすね」

「おっ。イッペイちゃんは誰が好み?」

「イッペイちゃんて。まあ、主人公っすね」

「あ~。わかるわかる」

「草野さんは誰が好みなんですか?」


 そう聞かれた草野がコミックを開いて、好きなキャラの登場シーンを指差したその時。


「それでは、雀星杯本戦 Bブロック、開始します!」

 司会がそう宣言して、牌がせりあがってきた。

「よろしくお願いします」

 団らんの空気から一瞬にして真剣な表情になった四人は、深くお辞儀をした。


 配牌を開く。


 親番である君嶋は牌をちらりと見て、理牌リーパイもせずに迷わず九索クッソーを切った。

 自分の太ももの上に置いたタブレットと、左手のミニデスクの上に置いたタブレットで並行して麻雀アプリを打ちながら、ゆっくりと理牌していく。

 もちろんアプリにかまけて本戦の進行に遅延が生じるなどはなく、君嶋は普通に麻雀を打つ時のような思考時間でテンポよく牌を切っていった。

 そうやって、三面で麻雀を打っているのに、彼は牌を間違えることなく切っていく。

 難しい判断もそつなくこなし、牌はそれに答えるかのようにどんどん入っていく。

 素直で、巧みで、テンポのいい麻雀。

 君嶋は和了へ近づいていく。


**


 犬伏は、筒子と索子しかない絶一門だった。

 配牌絶一門は、地味なようでいて恐ろしい異能である。

 麻雀牌は、筒子・索子・萬子の1~9と、東南西北白發中がそれぞれ4枚ずつある。

 それらが13枚配られるところからゲームがはじまるのだが、犬伏の手には最初から筒子と索子のみしか来ない。

 よって、面子が揃う確率が高くなっているのだ。

 爆速聴牌と染め手。この二つが彼の最大の武器である。

 降りるときに安牌が少ないというデメリットがあるが。

「……よし、悪くない」

 牌を開けた犬伏は満足げに頷いた。

 『絶一門』による異常牌効率は、彼に神速の和了をもたらす。

 その異能がもう一つの効果を生んでいることを、この時犬伏はまだ知らなかった。

 カントリーマアムのファミリーパックを大事に抱え、まだ序盤にもかかわらず、彼も和了へとあと一歩のところまで来る。



**


「ツモ」


 しかし、そんな二人よりも圧倒的に速く和了る人間がいた。


**


 少しだけ時間が巻き戻って、配牌時点。

「……はじまってしもたな」

 もう少し漫画談義を続けたかった草野は残念そうな声を出した。

 コミックを膝の上に置いて、配牌に手をかざす。

 そして草野は、犬伏の質問に答えた。


「この漫画やと私はねぇ~。


 彼女が膝の上に置いたコミックは、雀星杯予選が終わってから発掘した、新しい作品だった。

 配牌を開く瞬間、草野は目を閉じて上を向く。

 瞼の裏には、推したちがいる。


 南雲。

 西河。

 中峰。


 ――大好きや。


 配牌を開くと、西になっていた。


 彼女は一度鳴き、瞬く間に4面子を揃える。

 一副露で単騎待ち。

 そしてそのまま勢いで、誰よりも速く相方を迎えに行く。


 これが『推し活』。

 これが草野ユキ。

 これが、雀星杯Bブロックのはじまりを飾る爆速の和了。



 なあ兎田とだ

 私の異能、たぶん強いわ。


「ツモ! 南中三暗刻。2000-4000です」


 愛の力やからな。





■東一局・終了■


君嶋:21000

草野:33000

海老原:23000

犬伏:23000

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