雀星杯決勝

東一局

 雀星杯じゃんせいはい 決勝


 東 『牌送り』 兎田とだシュウ 

 南 『三麻王』 海老原えびはらミナミ

 西 『絶一門』 犬伏いぬぶせイッペイ

 北 『泥酔』 真城まじろノボル



「……結局一週間経っても、なんにも思いつかなかったなあ」

 決勝の卓へと向かいながら、兎田は大きなため息をついた。

 雀星杯決勝戦で、一番警戒するべき存在は、海老原の王の麻雀でも犬伏の九蓮宝燈でもない。

 真城ノボルのである。


 雀星杯Aブロックも彼の開幕国士無双からはじまった。

 真城ノボルの異能は『泥酔』。彼はビールを飲めば飲むほど手の翻数が上がる。

 前の戦いでは13本ものロング缶を予め飲んでおくことで、8000-16000という絶望的なツモを可能にした。

 それを止めるすべが何一つ思いつかなかったのである。


 もしぼくが真城さんだったら、飲まないわけがない。

 対局前、兎田も海老原も犬伏も全く同じことを考えていた。

 たとえ東二局でトイレに行くことになっても、その時点で役満を和了っていれば問題ない。万が一直撃が出てみろ。その時点で雀星杯に決着がつく。

 だから真城の開幕役満を防ぐ手を考えなきゃいけなかったんだけど――。

 彼らは結局真っ当な手段を思いつかず、決勝がはじまろうとしていた。



 実を言うと、真城ノボルはAブロックが終了した翌日に体調を大幅に崩し、医者にアルコールを止められていた。

 だから彼がアルコールを飲まない未来もあったかもしれなかった。

 しかしそこは雀星、真城ノボル。

 彼は当然のように予めビールを飲んできていたし――両手に持った袋には大量のビールを抱えていた。

 それを見て兎田たちは再び大きなため息をついた。


**


「それでは、雀星杯本戦 決勝、開始します!」

 司会の男が力強くそう叫び、全自動卓から牌がせり上がってきた。


 この戦いをもって、最強の雀士が決定する。

 誰が一番強い打ち手なのか。四人の視線が一度交差して、一斉に手牌を開いた。


 兎田の手牌は可もなく不可もなくと言ったところだった。

 親にしてはかなりしょっぱい。極端に速い和了が目指せるわけでも、遅いが高い手が目指せそうなわけでもない。せいぜい3翻手。

 そんな彼の異能は『牌送り』。

 任意の牌一枚を相手の手牌に送り込めるだけの異能であり、親一周につき一回、つまり半荘で二回しか使えない。

 さらに言うとAブロックで戦った真城と、それを外から見ていた海老原は彼の異能にうっすら見当がついており、苦しい戦いになることは必至だった。

 それでも、この異能蔓延る麻雀卓で、で一位をつかみ取る。

 兎田はそう強く決意し、改めて理牌を行った。


「ま。それもこれも、東発トンパツの真城さんの和了を乗り切ることができれば、なんだけどね」

 兎田は牌を切り、下家にいる海老原をちらりと見た。

 ――なんとかしろよ、王。

 そんなメッセージを送る。


**


 ――なんとかしろよって思われてんのかね。

 後手必勝、『三麻王』海老原ミナミは痛いほど兎田の視線を感じた。

「……あー。でもまあ、何とかならないことはない、か」

 開いた手牌はかなり速い手で、ツモや鳴きによっては数巡で和了れる可能性を秘めていた。

 思考を巡らせる。

 役満は大きく二種類に分けられる。

 鳴いて作れる手と、鳴いて作れない手だ。

 例えば大三元や字一色は鳴いても役満となる。

 しかし九蓮宝燈や国士無双は、鳴いて作ることができない。


 この場には、役満を最大限に警戒している兎田と自分、そして『絶一門』の犬伏がいる。

 四人がいる時点で、自力で字牌系の役満及び緑一色と清老頭を作ることは難しい。

 つまり真城はAブロックと同様、鳴かずに作る役満へと向かうのだろう。おそらくは国士無双か、四暗刻。

 だとしたら、そこまで速度は出ないはずだ。

 その間にこの手を和了り切る。


**


 ――兎田と海老原がそんなことを考えている横で、当の本人真城ノボルはを考えていた。


「俺の許容量はロング缶19本。まあ、前の戦いでは19本目を飲み切って吐いたわけだが」

 Aブロックでの出来事は、彼にひとつの指針をもたらせていた。

 素面状態は悪くない。

 悪くないが、最適でもない。

 とりあえずは開幕に異能をぶつけ、高い打点で和了る。その後リミットの19本まで飲んで、後半戦は素面で臨む。おそらくこれが最適解。


 しかし


 馬鹿げた思考である。

 和了れるなら和了ったほうがいいに決まっている。ただしそれが、通常の卓なら。


 この卓には究極の後手必勝、『三麻王』の海老原ミナミがいる。

 海老原はきっと真城の異能に気が付いているだろう。

 犬伏の役満は、初見だからこそ成就したのだ。

 必ず役満で和了るとわかっている人間がいる場で、彼が役満を許すだろうか?

 ――


 役満は、美しく、和了りにくいからこそ、わかりやすい。

 国士無双や四暗刻などのメンゼン役満をどう止められるか想像もつかなかったが、海老原なら止めてくる可能性がある。

 真城ノボルは考えた。


 考えた末に、結論を出した。

 そしてその結論が、決勝の東一局にて炸裂する――!


「ツモじゃい!!」

 その和了は、海老原の想定よりも遥かに速かった。


 ツモ・平和・タンヤオ・三色同順・一盃口・ドラ2。

 倍満――!


「4000-8000です!」


 真城はことで、『三麻王』の対応から逃れ、その上で大幅な点数をリードした。

 

 これが雀星杯決勝。


 己の手の内が晒された中で行われる、究極の異能麻雀。



■東一局・終了■



兎田: 17000


海老原:21000


犬伏:21000


真城:41000

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