南二局

 麻雀異能は大きく二種類に分けられる。

 表に出るものと、出ないものだ。


 例えば狐火きつねびコンの『カンドラ』や真城まじろノボルの『泥酔』は、誰が見てもそれが異能だとわかる。

 Aブロックの槍槓チャンカンのように、表に出ている異能は強力だが止める手立てがある。

 しかし兎田とだの『牌送り』のような見えない異能は、地味なことが多いが止めにくいのだ。


 やりにくすぎる。


 観客席から『三麻王』の和了を見ていた兎田と真城は、を踏んでいた。


 草野くさのユキと犬伏いぬぶせイッペイの異能は、強力だが対処しようがある。この二人は待ちの形が異様にわかりやすいからだ。

 染まってなければ打点が低い草野に、萬子と字牌を切れば絶対に振り込むことがない犬伏。


 それに対して海老原えびはら君嶋きみしまの打ち筋は不気味で、具体的な対策がぱっと思いつかなかった。


「海老原は今、なにしたんだ?」

 兎田が小さく呟いた。

「なんすかね。でも異様な和了じゃないっすか」

 その声に真城が反応をする。

 兎田は返答が返ってきたことに一瞬驚いて顔をあげた。ちょうど目線が合って、思わず頬が緩んだ。

 あれだけ熱い戦いを繰り広げた人間同士である。妙な絆が芽生えていてもおかしくはない。


「これまで海老原は三麻と四麻の違いに苦戦しているようでした。『絶一門』の犬伏がいるし、草野も字牌を抱えていたので、萬子が多くなってましたからね」

「そうなんすよ。俺もそう思ってました。でもこの局、あいつは萬子の二~八だけで和了った。まるでこの場への当てつけかのように」

「……」

 兎田は口元をぎゅっと結んで俯く。

 そして絞り出すように声を出した。

「海老原が三麻で王と呼ばれるまでに至ったのは、のお陰かもしれないですね」

「対応力?」

「どんな異能が来ても、半荘内で対応して、その異能を逆手にとって和了る。確かに相手の異能を見てから対応できれば、理論上負けることがない」

「……まあ、それはそうかもしれないっすけど」

 二人の間に十秒ほどの沈黙が流れた後、彼らは同時に顔をあげた。


「だったら海老原を倒すには――!」



**



 雀星杯じゃんせいはいBブロック南一局で海老原が鮮やかな和了を見せた直後。

 草野ユキは放心状態で上を向いていた。


「――勝てへん」


 この日のために見つけた新しい異能が、君嶋の何気ない一言で無力化された。

 その君嶋はチョンボしたものの明らかに何か進化していて。

 海老原は馬鹿でかい和了を成し遂げた。

 未だに手牌を開いていない犬伏も不気味である。

 このバケモンが蔓延る卓で、異能を失った私が勝ち上る道はあるのか。


「すいません、ちょっとお手洗い」

 草野は気持ちを切り替えるために席を立った。



 ……私って、なんで麻雀打ってるんだっけ。

 

 ぼんやりとした頭で考える。


 昔から、少年向けのものが好きだった。

 仮面ライダーが好きだったし、そこからはジャンプ漫画に移行した。

 裁縫セットは龍の柄だったし、修学旅行では剣にドラゴンが巻き付いているやつを買いそうになって女友達に止められた。

 途中からボーイズラブが人生の大半を占めるようになったけれど、それも結局はかっこいいキャラクタやそいつらの関係性が好きなだけで、本質的にはあの頃から変わっていない。


 じゃあ、なんで麻雀をはじめたんだっけ。

 ……そうだ、兎田だ。最初はあいつが無理やり教えてきたんだ。

 一緒に打ちたいからとか言って。

 でも結局二人だけで遊べる遊びではないから、フリー雀荘に行くよりもミスドで漫画の話をしていることの方が多かったと思う。

 それでも麻雀のこのちょうどいい運ゲー感がやめられず、クソゲーだと思いながらもそれなりに楽しく打っていた。

 それがいつの間にかこんなところに来てしまった。


 そもそも、南と西が暗刻になるだけの異能で雀星杯本戦に出られたことが奇跡だった。多くの場合、字牌の暗刻は手牌にとっての余計なお世話だ。

 だからこそ本戦に向けては中まで暗刻になるよう調整をしてきたし、東一局では大きな和了もできた。


 それで、私は、麻雀が好きなんだろうか。


「…………わかんねぇ~。なんかいつもクソゲーだと思いながらやってる気がする」


 草野は立ち上がった。

 クソゲーだと思いながらやっているが――それでも、和了った時の快感や、トップになった時の達成感は好きだった。

 それを、麻雀が好きだと呼んでいいかはわからない。


 私が本当に好きになったものは、ドラゴンとジャンプ漫画と南雲だ。


 麻雀はそれには大きく及ばない。


 でも、兎田と約束をしてしまった。

 決勝で会おうと約束をしてしまった。

 そしてあいつは約束を果たした。


「…………だったらまあ、やれるだけやるか~~!」


 草野は卓に戻った。

 自分の原点を見つめ直して。


 



 雀星杯AブロックとBブロックの大きな違いは、そのである。

 6巡目に必ず跳満を張る猿川さるかわモモモや、1鳴き目でドラ4が確定する狐火がいるAブロックでは、なによりも速さが優先される。


 Bブロックも本来はそのはずだった。

 配牌で暗刻が複数ある草野に、異様な牌効率の犬伏。

 しかし草野は異能を失い、犬伏は高い手を張るまでわざと手を崩している。

 この卓には、Aブロックほどの速さの制限がない。


 つまりこの卓では、単純な麻雀能力が試されることとなる。


 だからこそ、


 Bブロック南二局、親の草野ユキは、配牌を見て笑みがこぼれた。


「そうやんな。私の原点はお前やったな」


 彼女の配牌にあったのは、南の暗刻。

 そして、ドラの暗刻。


 いつかの一番の推しと、今の一番の推し。


 心を奮い立たせてくれるのは。自分を励ましてくれるのは。辛いときに慰めてくれるのは。いつもそばにいてくれるのは。


 推しはいつでも彼女の味方だ。


「ツモ。南・ドラ3」


 『推し活』はもう揺らがない。

 変わらない愛を見つけたから。



「4000オールです」


 


■南二局・終了■


君嶋:9000

草野:35000

海老原:37000

犬伏:19000

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