六人目:海老原ミナミ

「チッ」

 兎田とだは舌打ちをした。

「こいつだけには出てきてほしくなかったんだけど」


 一番強い麻雀打ちを決める非公式の大会、雀星杯じゃんせいはい

 本戦に参加するほどの実力者は通常の麻雀技巧に加えてそれぞれを持っていることが大会の隠れた特徴であり、どれだけ麻雀が巧くても異能を持っていなければ勝ち上がれる可能性はほぼない、無法の大会である。


 いち早くその雀星杯本戦出場を決めた兎田シュウは、その他の選手を観察するため予選会場に来ていた。

 そこで、一方的に存在を知っていた人間を目撃する。


 海老原えびはらミナミ。


「そんなにやばいやつなん?」

 兎田の友人で、同じく雀星杯本戦出場者の草野くさのユキは、点棒の状況を確認して不思議そうな顔をする。

「でも、別に馬鹿勝ちしてる様子もないし、手牌も普通やったで」

 現在南二局で点数はほぼフラット。一人だけ一万点台とやや沈んでいるが、満貫一回で十分ひっくり返る範疇だ。

「そうだね。そう見えると思う」

「含みある言い方やなあ。どんな打ち手なん」

「……一言でいうと、だね」

「三麻の王……?」


 麻雀は通常四人で行うゲームだが、三人で打つことも可能である。三人打ち麻雀は三麻サンマと呼ばれ、メンツが集まらなかったときなどにプレイすることも多く、麻雀打ちで三麻を一度もやったことがないという人間は少ない。

 使用する牌が減ったり、隣の人から牌を貰う『チー』という鳴きができなかったりと少しだけ四人打ちとルールが異なるが、基本的には同じゲームだ。

 三麻は四人打ちよりも打点が伸びやすいことからギャンブルジャンキーに愛されるゲームでもある。

 使用する牌が少なく、打点が伸びやすいため、三麻を打っていると脳が溶けるばかになると言われることすらある。


 しかし、三麻を深く愛する者の見解は違う。


 使用する牌の数が少ないからこそ、

 実力で何とかできる領域が四人麻雀よりも増える。


 確かにドラが増えたり、手が染まりやすかったりもするが、染まりやすいということは逆に河から手牌が透けていくということ。

 相手の手を読むことも、相手の点数を予測することも四人打ちより容易い。

 つまり、実力で勝利を掴みやすい。


「海老原ミナミは、出場した三麻の大会でんだよ」

「は~~~~~~~~?」

「三麻にも僕や草野みたいな麻雀異能の持ち主は多くいる。そしてそういった輩が出場する大会も多くある。でも海老原は、そんな魑魅魍魎が跋扈する三麻界隈の中で、一回たりとも土がついたことがないんだ」

「……」

 草野は絶句した。


「どんな異能なん?」

 草野の問いかけに兎田はゆっくりと首を横に振った。

「わからない。ううん、わからないというか、予想はついているんだけど認めたくない」

「認めたくない? なんでなん」

「とりあえず、彼の打ち筋を見ようか」

 兎田と草野は並んで海老原の麻雀を見た。


 一般的な配牌に普通のツモ。

 特別ドラが乗ったりもしていない。

 別に必ず和了っているわけでもなく、他家に和了られていることも多い。

「普通の巧い打ち手やん」

「そうなんだよ」

「……ん? でも、雀星杯本戦は、普通に巧いだけで勝てるほど甘くないやろ?」

「それも、そうなんだよ」

 草野は首を傾げた。

「兎田が何言うてるか全然わからんわ~。はっきり言え」

 兎田はため息をついて、「海老原は三麻にしか興味ないと思っていたんだけどなあ」と溢した。


 オーラス。海老原がツモって、一着となった。


「海老原ミナミは、んだよ」

「は? いや、だからそのレベルだと雀星杯本戦なんて」

「だから、そのレベルじゃないくらい麻雀が巧いんだよ」

「……」

「彼の三麻の記録を見た。彼の対戦相手には、全てのドラが集まるバケモンや、未来を見ているとしか思えない切り方をするバケモンもいた。麻雀異能を持った連中だよ。でも、そんな奴らと同卓しても、彼はんだ。認めたくないけどね。あいつは、


 それを聞いて草野は「どないすんねん」とだけ絞り出した。


 そんな二人に向かって、海老原ミナミはゆっくりと近寄ってきた。

「あーどうもどうも。海老原です」

「……どうも」

 気さくな雰囲気を纏い、手を挙げてきた海老原を二人は警戒した。

「二人とも雀星杯本戦出場されるんですよね。よろしくお願いします」

「あれ、僕たちのこと知ってるんですか?」

「あー、いや、すいません。そういうわけじゃないんですけど。なんと言いますか、風格? パッと見てわかりましたよ」

「……」

 雀荘には他にも麻雀打ちたちがいる。

 中には誰でも知っているような名選手もいる。

 それでも一直線に兎田と草野の元に来た海老原の観察眼こそが、彼の麻雀の強さを支えているもののような気がした。

「海老原さんって、三麻の人ですよね。なんで今回雀星杯に?」

「あー、ぼくのことご存じです? ありがとうございます。いや、これと言った理由はないんですけど。ただぼくの腕がどこまで通用するのかなって思って」

「……なるほど」

 通用するんだろうな、と兎田は確信した。


 明確な異能に対してならいくらでも対策が打てる。

 特に兎田の異能は相手のツモ牌に干渉できる。

 毎回天和で和了るようなレベルでない限り、いくらでもやりようはあるのだ。


 しかし、海老原ミナミは違う。

 ただ、巧い。

 兎田にとってそれは、絶望的な相手だった。






 『三麻王』 海老原ミナミ。

 雀星杯本戦、出場決定。

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