七人目:犬伏イッペイ
最悪の夜だった。
「ロン。
久しぶりに集まった麻雀仲間と卓を囲んだ一戦目。
犬伏は飛んだ。
「ロン。
二戦目。
白と中を暗刻で抱える、気配を完全に絶っていた大三元に、犬伏イッペイは振り込んだ。こちらも役満。
犬伏は飛んだ。
「……ロン。えと、うわー裏ドラ乗りました。立直清一色、平和一通赤裏裏。数え役満32000です……。」
三戦目。
これまでの負債を取り戻そうと悪待ちで立直をかけた犬伏だったが、掴まされた
犬伏は飛んだ。
レートテンピンで打っていたため、祝儀もあわせてたった三戦で3万円近く支払うハメになった。
「字牌も萬子も俺んとこ来んなや! もう二度と麻雀打たん!」
犬伏の叫びが雀荘にこだました。
「きょ、今日はもうやめよか」
「そうだね……」
周りのメンツは腫れ物に触るように恐る恐る終了を打診した。
「精算しよや……」
犬伏は力なく財布を出して中身を確認したが、わずかに支払金額に足りなかった。
「すまん、足りひんからおろしてくるわ……」
彼はフラフラとした足取りで雀荘を出て、最寄りのコンビニに入る。
キャッシュカードを挿入して、引き出そうとするとエラーメッセージが出て取引が終了した。
「はぁ……?」
残高が768円だった。
ATMは残高が1000円以下の場合、お金を引き出すことができない。
「なんやねん」
犬伏が卓に戻って頭を下げると、「おまえ……そんな困窮してたのに麻雀誘ってすまん」と謝罪された。
「謝るなっ! みじめになるやろ」
「じゃあ今日は足りない分はいいよ。大負けしてるし。いいよな?」
周りの三人は犬伏の全財産で精算とした。
「犬伏、お前明日からどう生きるんだ?」
「給料日まであと一週間やから、明日デカい銀行行って500円だけ引き出してくる」
「…………」
三人は彼を憐れんだ目で見た。
一人が「あ、そうだ」と手を叩いて、カバンからカントリーマアムのファミリーパック(未開封)を取り出した。
「これ、あげるよ。会社のイベントでもらってんけどいらんからさ」
「情けいらん。情けかけるなら今日の麻雀なかったことにしよや。点3で打ってたことにならへんか?」
「いや……それは、ルールだから」
「せやなぁ!」
帰宅後、テーブルの上のカントリーマアムファミリーパックを見て、犬伏はため息をついた。
カントリーマアムはそのまま食べると涙の味がして仕方がなかった。
レンジでチンすると少しだけ美味しく感じた。
半年後。
犬伏はたまたま会社の同僚に連れられて雀荘に来ていた。もう二度と麻雀を打つつもりはなかったので、「見とくだけですよ」と言っていた。
そこで彼は奇妙な光景を目にする。
その雀荘には、雀卓ふたつを行き来して、麻雀を打っている男がいた。
「ん? なんやあれ」
少しだけ近寄って点数を見ると、行き来する男はどちらの卓でもトップ目だった。
「麻雀の多面打ち? 囲碁の多面打ちならヒカルの碁で見たことあるけど、麻雀でそれやんのはだいぶ無理ちゃう?」
麻雀は情報量が多い競技である。
自分の手牌、敵三人の河、牌の残り枚数、点数状況。四人打ちですら情報整理が難しいのに、二面打ちでそれができるとは思えなかった。
しかし現実、その男は麻雀での多面打ちを実現している。
「……なんやあいつ」
犬伏の中で何かが疼いた。
犬伏は決して麻雀が下手な訳ではない。
むしろかなり巧い。
あの夜は、立直後の仕方ない振込みに、看破しにくい大三元。親番にて負けを取り返そうとしたが故の全ツッパと、彼が下手だから起きたのではなく、本当に事故のような夜だった。
犬伏は麻雀が好きだった。
そんな彼が、麻雀の多面打ちなどという人間離れした技を見せられて、何も感じないはずがない。
「俺、打つわ」
「お、いいですよ。打ちましょう」
半年ぶりの麻雀にて、手牌を開いた瞬間、犬伏は違和感を覚えた。
その違和感は、異能の芽生え。
その違和感は、半荘が終わる頃確信に変わる。
「……字牌と萬子が、来ない」
あの夜の叫びが脳によぎる。
『字牌も萬子も俺んとこ来んなや!』
彼は、異能の領域に足を踏み入れた。
『
雀星杯本戦、出場決定。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます