南二局
「おいおいおいおい」
鮮やかな
お前の異能的にはシラフ状態だと0翻のはずだろ、という愚痴を吐きそうになり、慌てて抑える。
異能を読み違えたのは兎田だ。そのミスを意味なく吐き出すのは、兎田の流儀に反する。
彼は小さく息を吐いて、気持ちを切り替えた。
逆に考えよう。今の順位は真城が一着の、兎田が二着。
真城がどれだけ和了っても、今の順位のままキープできれば、最悪決勝にはあがれるのだ。
基本的に兎田は、二着でいいという思考は嫌いだった。ゲームは一番になるために行うものだし、一番を目指さない人間がいる時点でそれはゲームとして成り立たないとすら思う。
だが、これは決勝卓に繋がる一連のゲームだ。異能を読み違えた以上、下手に突っ張って負けるよりは、現実を見て決勝でぶちのめす方が合理的。
振り込まないことを最優先に麻雀を打とう。彼はそう考えた。
唯一の気がかりは、この局は『親っ跳ね』
彼女はこの局も6巡目で跳満を張るだろう。
兎田は手牌を開く。
手は悪くなかった。
配牌時点でリャンシャンテンの好配牌。ツモや鳴きによっては6巡以内に和了ることも十分現実的。
序盤は和了は目指しながら、真城と猿川を警戒する。
6巡目以降は和了を捨てる。
もちろん、ポンやカンされやすそうな牌は
南二局の兎田シュウの戦略は、後から振り返ってもおおむね間違えているとは言い難いものだった。
しかしこの局は、そういった思考をあざ笑うかのような、暴力的な結末を迎えることとなる。
**
真城ノボルは引き続きクリアな思考の中にいた。
手牌を見た瞬間の相手の顔や、目をやったところ。理牌の感じまで、なんとなくで配牌の雰囲気が予想できる程度には情報を処理できていた。
無意識のうちにビール缶に手を伸ばす。
しかし、飲んだらまた酩酊状態になって、この感覚がなくなってしまうかもしれないと思い、手を引っ込める。
彼は、意識的に無意識を止められるレベルで、自分の思考を制御しきっていた。
手牌も悪くない。
今の真城なら被りなしでまっすぐ聴牌へと向かえるだろう。
しかし、彼には天敵がいた。
その天敵は、配牌を開けてからやけにゆっくりとした動きで一枚ずつ牌を並び変えていく。
麻雀打ちは、熟練すればするほど理牌速度も上がっていく。それはすなわち、理牌にはある程度のセオリーがあるということである。
真城はそのセオリーを勘定に入れた上で、全員の手牌を予想していた。
兎田も、狐火も、大体の牌を予想されていた。
しかし、猿川モモモだけは、予想がつかなかった。
猿川は麻雀初心者である。セオリー通りの理牌なんてできるはずがなく、それゆえ真城は彼女の手牌を見誤った。
第一打目で東を切る。
「……ポン」
この試合はじめて、猿川モモモが鳴いた。
**
『でもな、猿川。最初は役なんて考えなくていいぞ。
猿川モモモは、先輩の教えを頭の中で思い返していた。
最初は立直を目指せ。鳴き麻雀のリスクを知っていた先輩は、口を酸っぱくしてそう教えていた。
実際彼女は前の局で槍槓を目撃していたため、鳴きのリスクは十分身に染みていた。
それでも。
猿川は配牌を整理しながら考える。
私も勝ちたい。
この最強の雀士たちに、少しでも食らいつきたい。
様々な思惑が交錯していたであろう華麗な和了を目の当たりにした彼女は、ただ強くそう思った。
役は頭に入っている。
今は親番で、圧倒的最下位。
少しでもいい、和了が必要なんだ。
そう思って牌を切った直後に真城から零れた東を、猿川モモモは見逃さなかった。
この時初めて、彼女は先輩の教えを破る。
この時初めて、彼女は自分の麻雀を打ち始める――!
「ポン!」
東を二個晒して、真城の捨てた東を取る。
直後、真城は手牌から孤立していた九筒を切る。
「ポン!」
猿川は再び鳴いた。東と九筒が晒される。
これにより彼女だけ、二巡分手を進めたことになる。
鳴けば、ターンが飛ぶ。
猿川モモモは自身の異能に気付いていない。
親番の時、必ず6巡目に跳満を張るという異能に気付いていない。
「ポン!」
だから、たまたまだった。
たまたま彼女は鳴いて手を進めて。
兎田や狐火にほとんど手番を回すことなく、実質6回分のツモを行った。
「そんなんアリか……」
兎田は諦めたかのように上を向く。
猿川モモモはポンとチーを繰り返し、手牌の1枚以外をすべて晒した裸単騎になった。
そしてそんな彼女の麻雀に応えるかのように、8巡目で彼女の手元に和了牌がやってくる。
「ツモ! えっと、東・南・混一色・ドラ2。跳満、6000オールです!」
6巡目で必ず跳満を聴牌する彼女の異能が、今、跳ねた。
「ふふん」
■南二局終了■
狐火: 14000
猿川:32000
兎田:19700
真城:34300
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