東四局

 真城まじろノボルはクレバーな麻雀打ちである。

 『泥酔』の異能がなくてもプロと充分渡り合えるレベルだと言える。そもそも『泥酔』は和了あがり聴牌てんぱいを保障する異能ではない。彼自身が切る牌を間違え続ければ牌は答えてくれない。そういった面からも、『泥酔』に頼り切った麻雀打ちではないことが伺える。もっとも、彼からアルコールが抜けたことはないが。

「インチキ麻雀がよぉ!」

 と叫ぶ彼は、しかし冷静に状況を見つめていた。

 今の責任払いはだ。

 もちろん和了れるのがベストだったが、狐火きつねびの和了を見れたのは大きな財産だった。


 真城ノボルはクレバーな麻雀打ちである。彼は対局前から、について考えていた。だからこそ、無理に点数を稼ぎに行った。

 そしてこの局で、彼は自分以外もなんらかの異能を持っていることを確信した。


「普通、あんな状態からカンなんてしないでしょ。それでもカンをしたってことは、まあ、なんかあるんだろうな」

 狐火は、まったく迷わずカンをした。

 そして何より、のように振舞っていた。

 普通、新ドラが4つも乗ったらもっと驚く。しかし狐火は、嶺上開花リンシャンカイホーには驚いていたように見えたが、新ドラは当然のように受け入れていた。


 そしてそれは、兎田とだも同じだ。


 大トップの真城に新ドラが乗って倍満直撃していたら、もっと喜ぶか、少なくとも驚くはず。

 それなのに彼は、まるでそれを当然のことのように受け入れていた。


 狐火コンのドラ4は、驚くべきことじゃないのかもしれない。

 己の『泥酔』と同じように、彼の固有異能なのかもしれない。


 真城ノボルはたった一度の和了で、『カンドラ』の正体をほとんど看破した。


 ビールのロング缶を手に取る。

「……」

 こうなった以上、兎田と猿川さるかわも何かしらの異能を抱えていると思った方がいいだろう。

 それが自分のもののように、役満にすら手が届くものだったら、今の点差は決して安心できるものではない。

 ぐびぐびとビールを流し込む。

 最低でも満貫。できれば跳満以上を聴牌できるように飲み続けなければならない。


 しかし彼の体は、着々と限界に近づいていた。



**


 猿川モモモは状況についていくので精いっぱいだった。

 まだ数回しか麻雀を打ったことのない彼女は、当然嶺上開花という珍しい和了を目にするのも初めてだった。

「ワオー」

 新ドラが捲れて全部乗った時も、嶺上開花で和了った時も、それを真城が全部支払った時も、すべてのタイミングで彼女は茫然としていた。

 彼女は頭が良かった。

 一通り麻雀の教本を読んだだけで、だいたいの役とゲームの流れは覚えていた。だからカンをしたらドラが捲れることも、嶺上牌で和了ったら役が付くことも知っていた。

 しかし、大明槓ダイミンカンによる責任払いのルールは最近は採用していないところも多く、教本に乗っていなかったため完全に置いていかれていた。

 だと飲み込むしかなかった。

 勉強のできた彼女は、物事の理解にはいったん「そういうもんだ」と過程の理解を放棄することの重要さも知っていた。

 しかしそれと同時に、もっと麻雀を理解したいと強く思った。


 東一局から役満を和了る真城。

 自分の親番をサクッと流した兎田。

 嶺上開花で高い手を和了った狐火。

 彼女は彼らに憧れ、自分がそのレベルで勝負できていないことを悔しく思った。

「ふふん?」

 東四局の手牌を開く。

 4個の面子と雀頭を1個。

 ただそれを揃えるだけのゲームなのに、こんなにも難しく、こんなにもいろんな思いが交錯するのか。

 彼女は、麻雀の魅力を最前線で味わっていた。

 和了りたい。

 ……勝ちたい!



**


 様々な思惑が交錯する東四局。

 親は現在3着の兎田。

 真城は既に満貫が見える酔い度合い。

 真城だけでなく、狐火の『カンドラ』や、南場で再び猿川の『親っ跳ね』が来ることを思えば、兎田はこの親番で少しでも点数を稼ぎたかった。

 しかし、この手番において彼は既に異能を失っている。

 彼の異能である『牌送り』は前局で多大な効果を発揮したが、東場南場で一回ずつという縛りがあるため、東四局では牌を送ることができない。

 再び南場に突入しないと、『牌送り』を使うことができないのだ。

 特に立直相手には暴力的な強さを発揮する彼の能力だったが、発動ができない以上自分の力だけで手を仕上げていくしかない。

 兎田は気合を入れ直して、手を進めていった。


「……あらあら」


 麻雀は、所詮運のゲームである。


 それこそがこのゲームの一番面白くないところであり、一番面白いところだ。


立直リーチ


 立直を宣言したのは親である兎田。

 1000点棒を場において、牌を横向きに置く。


 麻雀は、所詮運のゲームである。

 いくら異能を看破しようが、いくら勝ちたいと思おうが、いくら異能が使えなかろうが。

 そんなことはその場の勝負には何一つ影響を及ぼさない。

 

「……ロン」


 振り込んだのは、真城ノボル――!


「はぁ!?」


 二索リャンゾー八索パッソーが河にある状態での、カン五索ウーソー待ち。

 いわゆる、スジ引っ掛けだった。


「二連続のインチキ麻雀で申し訳ないっす。7700点」


 立直タンヤオドラ1。

 聴牌即リーにより偶然できたスジ引っ掛けは、ベタ降りに向かっていた真城に見事なまでに突き刺さった。


「さて、一本場ァ!」




■東四局・終了■




狐火: 26000


猿川:15000


兎田:26700


真城:32300

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