第33話 敗戦処理

 幸せタッチ。触れたものを心底幸せにし、対象が人生に満足すると、頭を爆発させる。


 もしその能力が、植物状態の人間にも作用するのなら——。


「やってみる価値はあるね」


 久しぶりのテテは相変わらず綺麗で、美しくて。

 震えちゃうくらい大好きだと再認識した。


 思えばきぃもランちゃんも死んじゃって。

 僕の大切はあなただけになってしまったよ。


 だからこそ余計に愛おしく思うのだ。


「ただ、いいように使われる気は毛頭ない。たしかに私はみだれの守護天使気取っているけれど、そこまで介入する気はないんだよね。私がでしゃばりすぎると、みだれの人生がイージーになっちゃうから。あと、彼女もいたし……」


 テテは僕が抱えるランちゃんを一瞥する。

 彼女がいたからこそ、テテの過干渉を防ぐことができていたのか。


「なので提案です。みだれ、祈り手、私に交渉をするのです。この子を幸せにするために、君らは何を差し出せる?」


 祈り手はテテを警戒し、手のひらを合わせていたが、敵意がないとみて臨戦態勢を崩した。


「触れ手。先にお前へ称賛の言葉を送ろう。よくぞ花咲君を見つけてみせた。この子は天性の逸材だ。先まで殺すつもりでいたが、俺の祝福が通用しないなど予想だにしなかった。この子を失うことは天界の損失を意味する」


「でしょ〜。オキニなの」


 テテに頭を撫でられた。照れずにはいられなかった。


「ま、ネタバラシすると、この子はだいぶ幸せな奴だから。裏でなく普通の祝福を行使していれば、無力化できていたのかもしれない」


 むしろ今から祈ってはくれないか。

 正直信者の人たち、かなり羨ましいのです。


「まさか。祈るより触れる方が早い。お前の存在に気づけなかった俺の詰みだ。そしてここからが敗戦処理だ。もし我が主を救済することができたのなら、光輪のすべてを投じてもかまわない」


 つまりは死んでみせると。


「へぇ、男見せんじゃん」


 祈り手は主を幸せにしたい。それが叶うのなら、大天使という肩書きすら捨て、自殺することも厭わない。


 宿願があったからこそ、祈り手は男の子の生命維持装置を外すことができないでいたのだ。


 祈りは歪み、他者を害す呪いに転じた。


 僕は懐のナイフを祈り手に渡す。

 なるたけ早く死ぬといい。

 僕のせめてもの誠意だ。苦しむ必要はない。


「次は僕からの提案。この子を救ってくれたのなら、僕は世界の人間を間引くとしよう。テテのお願い、聞いてあげるね」


 テテの目的は全ての人間を殺害し、たった一人だけを幸せにすること。


 当初は断ったけれど、今の僕にはテテしかいないから。いいよ、叶えてあげる。


「両者了解だ。素晴らしい。これ以上はなにも求めない。願いは聞き入れた。彼の行く末にどうか幸福の在らんことを」


 テテが男の子に触れる。

 数瞬後、虚な瞳孔に光が宿り、みるも鮮やかに爆散した。


 たとえ脳死状態であろうと、テテの祝福は、魂に触れるのだ。


「ありがとう、本当にありがとう。心からの感謝を」


 憎しみは氷解した。祈り手はようやく肩の荷が降りたような、穏やかな表情をした。


 彼は全ての光輪を僕に投げ、そして——。


 ナイフを手にテテへ襲いかかった。


「全くズルいやつだ」


 テテは祈り手に触れた。触れざるを得なかった。

『幸せタッチ』を行使しなければ死ぬと言う状況をでっちあげたのだ。


 最後に彼は目一杯の幸せを受け、天へ旅立った。


「勝ち逃げじゃんね」


 僕は手を合わせて祈る。

 祈り手、いつでも現世に帰ってこい。

 そしてせいぜい苦しむがいい。

 この世界は存外に楽しいから。


 周りの信者たちは半端に強力な天使だから、テテには敵わないと分かっている。

 襲いかかってくるつもりはないらしい。


 対大天使戦は終わった。

 勝者はあちらだ。


 今ならテテの気持ちがちょっとだけわかる。

 祈り手も少年も幸せだったはずなのに。

 死体の表情を読み取ることが叶わないから。

 物足りない。終わった気がしない。


 ランちゃん、君はすごいね。

 君は死んでもなお、首だけになっても。僕を幸せにしてくれるのだ。全く僕ってやつは君に首ったけだから。


 名残惜しく、強く、抱きしめるのだ。


「みだれ、君ってやつは大物だな。そんだけ輪っかを蒐集して、いまだ覚醒の兆しを見せやしない」


「みたいだね。よかった。まだまだ楽しめる」


「ポジティブも程々にしてよね。それと、晴れて君は私の同志になった。これからよろしくねん」

  

 今日はもう疲れた。

 帰って、フェスタにことを伝えて。お風呂に入って、ぐっすり寝むりたい。


 もう、チリメンモンスターカルテットは解散だな。

 最後にもう一度だけ、みんなで演奏してみたかったな……。


「あ、そうだ。テテ、知っていると思うけれど、今回のこと以外にも、フェスタが色々手助けしてくれたからどうにかなってきたんだ。彼は君に会いたがっていたよ。お礼しなくちゃね」


「天使墜しのフェスタ、正直一番相手したくない天使なんだよねぇ。彼には何か裏がありそうなんだ……」


 ないない。

 だってあいつは掛け値なしの大バカで。

 底なしに優しい、いい奴だから。


 裏なんてない。

 嘘なんて絶対につけない。


 もし彼が嘘をつけるのなら、方法は一つだけだ。


 

 第三楽章 完。

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