第6話 地球を踏みつけにする
お風呂上がりな僕たちは、その足で公園へと向かった。僕は砂場で団子をこねている。ランちゃんはリコーダーの練習をしていた。
演奏『天国と地獄』
べらぼうにうまい。
せっかく学校をサボったのだから、めいっぱい楽しんでやるのだ。幸運なことに、愚行を咎める家族はもういないから。
「テテってどんな奴なん?」
「素敵な人だったよ。美しい面を剥がした先に化け物がいた。ゾクゾクした」
「へぇ。好きなん?」
「……さぁ。好きってなんなの?」
心に占める割合の話なら、ランちゃんのがよほど上にある。恋愛と友情の違いなど考えたこともない。
「異性観。僕からしたら火星ほどに遠い概念だな」
「異星間だけにってか。その場合、地球外生命体はみだれのほうやろ」
「UMAいこというじゃん」
オチをつけなければ関西人は死ぬのだ。
「そいつとガキ作りたいかどうかって話やろ?」
「子供ってどう作るの?」
「知らね。スマホで調べぇ」
「持ってない。教育方針的に」
「アタシもや。金銭的事情で」
いまどきの小学生なら、誰でも所有していると思うけれど。そんなところも浮いている二人です。UFO!
「ほなテテのことはええ。天使、どないして見つけるつもりなん?」
「んー。都会に行くのが手っ取り早いのかな。人いっぱいいるし」
テテが言うには、毎年の自殺者と天使の数は近似らしい。特殊清掃員の求人数は都心が一番多いらしい。
「首都圏かー。ほな、大阪か神戸あたりやな」
「電車でいくにしても、僕のお小遣いじゃ足りないんだよね」
「車で行ってみよーよ。アタシいっぺん運転してみたかってん」
無茶言う。
あたりまえだが、未成年なので公道を走ってはいけない。ナビに道徳の案内表示はあるのだろうか。
「仮に行けたとして、そこからどうしよう……」
金銭問題。宿泊する場所。食料。死体はどうする? 学校は?
問題は山積みだけれど、しょせん僕たちは子供だから。
「どないかなるやろ」
「たしかにね」
底ぬけに楽観的だった。
大丈夫。今までだって、『どうにかなる』をたよりに、夏休みの宿題に立ち向かってきたじゃない。どうにかなっていたっけ……?
「次で最後や。なぁみだれ、お前、えらい幸せそうな面しとるけど」
お友達と未来の話をしながら、泥の真球を目指す。
涙が零れるくらいの多幸感。
「空気読めんお前じゃ、察せへんかもしれんけど。みてみぃ、アタシの仏頂面」
ムスッとふくれて。
「可愛いね」
「天使になりたい。そのために殺す。いいんじゃね? 面白そーやん」
でもなぁ──。
「それ、全部みだれの都合やろ?」
首肯する。僕が決めて、僕が動いた。
「このアタシが付き合ったる言うとるんよ?」
最強種、ランツ・クネヒト・ループレヒトが。
「ならお前は、提示するべきなんとちゃうの。愉快痛快でもって、アタシを楽しませるべきなんとちゃうの?」
ブワっと赤が燃えていた。
『アタシに平穏はいらないのだ』
強く。
「巻き込めよ。ワクワクさせてみせろよ。ほらほら」
全霊を出せとリコーダーでつついてくる。焚き火を起こすように。
求められているなー。
嬉しくなっちゃうなー。
そしたらつい、らしくないことをしてしまうな。
ピューっと吹いて。
「了解。ちょっと考えてみる」
「よき」
思考→
テテいわく、僕が優れていることを、神様? に認めさせれば、晴れて天使になれるらしい。
アピールの究極が、天使を殺すことなんだと思う。
都会に行って、都合よく標的を見つけて、異能に挑み、打ち勝つ。以上が既定路線だ。
難易度は高いけれど、簡潔な仕組みだと思う。
命がけで天使を倒す、人を幸せにするために。その熱量こそを求められている。
しかしだランちゃん、僕は思うよ、君に定められたレールは似合わないと。
ずっと疑問だったことがある。
単純な思考ではあるのだが、殺すことでしか天使になることができないのなら、『始まりの天使』はどうやって産まれてきた?
『鶏が先か、たまごが先か』と同じこと。
殺すべき対象が存在しなかった古来において、天使になる方法など本来無いはずなのだ。
だが意外にも多くの天使が現代では存在しているそう。
むしろ、その数は増え続けていなければおかしい。
仮にテテの発言が真実だったとして。人類がいまだ一人きりだったときに(最初期の人類、始まりの母、ミトコンドリア・イブだっけか)、そいつのためだけに数万人の天使が存在していたというのか?
そんな馬鹿げた話があるのか? 羨ましすぎるだろ!?
必然天使は、古来より増えていると推論できる。
うん、おかしい。
だって一人を殺せば、殺人犯が天使になれたところで、数は『同じ』になるはずじゃないか。増えはしない。
「ちょっと君たち、なにをしているんだ」
「げっ、おまわり。そりゃそうなるか、平日の真っ昼間やもんなぁ。普通に通報されるわな」
思えばテテはずっと『堕とす』という表現を使っていた。
ならば『殺す』以外の選択肢があると考察してみよう。
例えば……。
例えば僕たちがどんな天使よりも大勢を幸せにしてやれれば。それが天性の証明になったりしないのかな?
ようは神様に、『こいつ天使に向いていそう』と思わせられればいい。
そう思わせられた人類が、新たな『天使』になったんじゃないの? だから天使は増えているんじゃないの?
ようは天使になる方法は二つあるという考察。
・天使を殺すこと。
・神様に認められること。
我ながらなかなかいいラインを行っていると思う。
あと、普通に人殺しとか無理だしね。僕、弱いもん。
決めた。
あくまで机上の空論ではあるが。
別に天使にこだわらなくたっていい。天職活動は誰にでも許されている当然の権利だ。
ノーベル平和賞、額縁つけて、玄関先に飾ってやろう。
「君、有名なクネヒトちゃんだよね。学校サボっちゃった? 送って行くから、ついて来なさい」
「アタシニホンゴワカリマセン」
問題は、僕が人の幸せなんてわからないということ。
他人に共感できない感性が、どうして他者を幸せにできよう。
「それとも学校に行きづらいのか? 神戸の事件、知っているよね。男の子がイジメを苦に自殺したってやつ。君たちは大丈夫? 相談なら乗るぞ」
「なぁみだれ、どうするよ」
……大丈夫、幸せの形は一つじゃない。
僕は幸せが不幸の類義であることを理解している。
テテと同じことをすればいいだけなのだ。
みんなを不幸にする。
答えは得た。
涙を知らない僕だとしても、一つだけ確かなこと。
──ランちゃんは、いつだって皆を困らせてしまう。
皆とは僕のことであり、人類のことであり、すなわち地球のことをさす。
「報告します。僕はたくさんを不幸にするよ」
だからランちゃん。
「まずは手始めに」
もう二度と我慢してくれるな。どうか好きに暴れておくれ。
「立派なお団子ができたのです。どんな味がするんだろうね?」
「みだれ、最高や」
ドシャ!
手渡した泥をランちゃんはノータイムで警察官に喰らわせた。
小一時間の懸命は粉々に砕けちり、粒子が舞う。光景に喜べる僕だから、赤と友達でいられる。
世界、お前は心底つまらない奴だ。だから火が笑えないんだ。
では、一度壊してしまおう。泥のように砕き、ゴミのように種火へくべよう。
僕は怪物を解き放つぞ。
「「らぁ!!」」
団子で視界は覆った。すかさず二人でタックルをかます。
体制を崩し、尻餅をつく警察官。
あーあ。
公権力に暴行を働いた。いわば日本国への反逆です。このままでは捕まってしまう。逃げるしか択はない。だからといってランちゃん、君はどうして面が割れている!?
「はっしれーーー!!」
行動は迅速だった。
逃げ足は速く、迷いない。
人の道を外れる、これが第一歩だったとしても。
なんてことなしに、地球を踏みつけにする。
警察官は現行犯を見失い、痴態をさらし、始末書でも書くのかな? 後の仕事が増え、少し不幸になった。
僕たちは笑っていた。
おかしいかい? 否定するかい? かまわない。
君ら普通が僕たちを不快に思うほど、巡り巡って、僕の幸せになるのだから。
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