第34話 本題 探偵フェスタの消失

「やぁフェスタ。自己紹介は必要かな?」

「いえけっこう。初めましてだね、大天使『触れ手』。あるいは、テテ」

 

 フェスタビルの屋上。気持ちの良い青空の元、二人の天使はまみえていた。


「うちのみだれに促されたんだ。君が私に会いたがっていたと。お世話になったね、礼を言うよ」

「まさか。たしかに始まりは打算だったが、意外に気に入っていたんだよ、彼らとの関係性は。だからこそ残念にならない。こんな形で終わってしまうとは」


 バンドメンバーの主旋律は消えた。

 彼のウッドベースは、重たい震え声しか発せられない。


「命のやり取りしてんだ。往々にしてありえるでしょ」

「いいやありえないね。子供たちが死んでいい理由など、いついかなるときもあってたまるか」


 価値観の相違だ。

 優しい心根をもつフェスタと。

 しょせんどこまでも人外な降臨タイプの大天使。

 ヴィーガンと美食家が、肉の焼き加減について議論しているようなものだ。

 相容れるはずがない。


 星2と星5。格の違う両者はけれど、対等に舌戦を演じていた。


「テテ。君は多くを殺しすぎた。幸せという名目のもと、罪なき人々を虐殺し続けた。その中には子供たちも含まれていた。とても許容できるものでない」


「人は幸せになるために生まれてくる。断言するよ。私が殺してきた人たちは、私に出会わなかった人生よりもよほど幸せに包まれて死ねただろうさ」


「ならばその信仰すら否定しよう。人は幸せになろうと『努力』するために生まれてくるのだ。懸命こそが美しく、ゆえに人類史は文明という価値を建造してこられた。上位者に与えられるだけの終生に、私は意義を見出せない」


「そのためなら、不幸に死にいく『必要経費』も許容すると?」


「詭弁だな。我々天使は『不幸』の存在価値を熟知している。不幸があるからこそ、人の幸せは燦々と輝くのだ。実際君だって、いつも一人だけを残しているじゃないか。残された者に絶望を味合わせるために」


「お気持ち表明どうも。考え方なんて人それぞれじゃん。なら、天使たちも各々、好きなようにやればいいんだよ。私たち天使に人の法は適用されない。神はただ力だけをお与えになられた。だというのに、いったい君はなんだい? 自分が許容できない宗教たちを下して、星2の雑魚に堕として。己が律になった気でいるの? 神様でも気取ってんの?」


「星の数はその者の有用性を表すが、品格を意味するものでない。大天使のくせ、えらく饒舌じゃないか。君の天職活動にだいそれた大義名分などないことは、わかっているんだよ」


「は?」


 テテは大天使らしく、常に余裕綽々と振る舞う。

 だがフェスタのバカ性は、いとも簡単にテテの牙城を崩した。


 弩級に空気が読めない奴なのだ。

 無自覚に人の逆鱗をつつく。

 

「君は決まって幸せな家庭ばかりをターゲットにしている。固執、執着。強迫観念とも表現できるほどに」


「ニュースを見ていたら全員気づくようなことを自慢げに語られてもね……」


「そう、全員が推測することだ。幸せな家庭に『恨み』でもあるんだろうと。だからこそ君の行動は、個人的私情を多分に含んだ、幼子の駄々に近い『復讐』だと言い切ってやる」


「フェスタ。君の言葉はどれも軽いね。全て推測の域を出ていない」


「推測、疑問。十分だ。それだけあれば、我々『探偵』はする」


「貴様、まさか——」


『消失推理』。


 彼の祝福は相手が何者であろうと、その深部を曝け出す。


 フェスタはみだれから、降臨タイプの大天使の特徴を事前に聞けていた。


 よって翼の生えた大天使テテ、彼女の『主』のプロファイリングはとうに終えていたのだ。


「君の主の家庭はとても幸せと呼べるものでなく、よほど過酷な地獄であった。主に心安らげる瞬間はついぞなく、味方は誰一人としていなかった。彼にとって、自分自身の思考こそがいちばんの怨敵だからだ。度を越してネガティブ。暗がりだけに潜み、視力が退化した独自の生態。光さえ届かない失意の谷底にいた彼を、だからだろう。大天使は見つけ出した」


「……参ったな。私は君をみくびっていたよ。興が乗った。続けて」


「君は主を幸せにしようとした。だができなかった。『幸せタッチ』をもってしても、主に満足いく幸せを提供できなかったからだ。どころか、主は君の姿さえ認識していなかった」


 天使は、当人が幸せにできると思った人にしか、その姿を見せることができない。


「人を幸せにできない天使。主を幸せにできない大天使に、存在価値はない。事実を突きつけられた君はひどく落胆した」


 失望がいかほどのものなのかは、先の祈り手が実証したばかりだ。


「君はやがて主とは真逆の立ち位置にある『幸せな家庭』を標的にし始めた。みだれ風に言うのなら、『八つ当たり』かな」


「お見事。細部のディテールにはかくけれど、概ね正解だよ。フェスタ、君の推理にはまだ続きがある。話してみて」


「テテは神戸へ向かおうとするみだれ達にアドバイスをした。『オーシャンノベルに向かえば、天使の主がいる』と。彼は当初、その言葉が名探偵フェスタのことを指していると解釈していたが、事実は異なる。『天使の主』。つまりテテ、君は私でなく、あの場にいた彼を。君の主である『きぃ』のことを、言っていたのだろう?」


「ぴんぽーん! 大正解。花丸あげちゃう」


 テテの主はきぃであった。

 

 だが産まれてから一度も幸せを覚えたことがないという、特殊な精神性を持つ彼にとって、『幸せタッチ』はなんの効力も持たず。


 彼はテテのことを、認識すらしていなかった。


一人でさえ幸せにできない』


 天使の中の天使であるテテにとって、受け入れ難い現実であった。


 幸せな家庭を狙う犯行など、フェスタの言っていた通りただの八つ当たりでしかなく。


 真の目的は他にある。


『きぃ以外のすべてを殺し、全人類分の幸せを彼一人に注ぐ』


 さすれば、いかにきぃであっても幸せを感じることができるはず。


 これがテテの動機、その全容であった。


「ここで一つの疑問点が生まれた。『なぜテテはみすみすきぃを死なせたのか?』」


 きぃは確実に死んだ。頭から落下した彼の顔は原型をとどめておらず、だが死亡解剖の結果、歯の治療痕とDNAが一致したのだ。


 すり替え工作もありえない。フェスタの祝福が『きぃは死んだ』と結論づけたためだ。


「なぜテテは主であるきぃを死なせたのか。なぜ主が死んだと言うのに君は飄々としていられるのか」


 主と天使の関係性は、たとえ一方的なものであったとしても、密接であることが多い。

 祈り手など最たる例だろう。


 だがテテは、そぶりを一切見せなかった。


「なので仮説した。『きぃはいまだ死んでいないのでは』と」 


「へぇ……。フェスタ、君にしてはえらく利口だね」

「当然。私は今、星4程度の権能を取り戻している」


「……?」

「むしろ愚かなのは君の方だ。常々思っていた。なぜテテは私を放置しているのかと。なぜ『世界の真実』を知る私を、容認しているのかと」


「!? フェスタ、君はもしかして……」


 フェスタが主催する、エンジェルショッピングには以下の項目がある。


・世界について    五百万円


「いやいや、流石にありえないでしょ。たかが星2天使が、『世界干渉クラス』の祝福を行使するだなんて——」


 フェスタの頭上には勿論二つの輪っか。

 光輪の数を偽ることは基本できない。


 さらに言えば、テテは世界の住人である『フェスタの記憶』を管理しているために。

 自身フェスタが星2であることを自認していると、把握している。


「疑問点なら幾つかあった。実はみだれから度々クレームがあってね。一つは彼が警察官天使と接触したときのこと。『星3天使の輪っか事情』を伝えられていなかったために、みだれは手酷い目にあってしまった。理由は単純だ。私がから」


 テテの顔色が曇る。

 なぜなら天使の中では常識として広く知られている情報だからだ。


「次に祈り手戦について。私は『降臨タイプの天使について』なにも知らなかった。祈り手は『天使ならだれでも知っている』と語ったそうだ。おかしいとは思わないか? 天使界隈の中でも特に情報通である私が、これらを存じていなかったんだぞ?」


 バカで片付けられる範疇を逸している。


「最たるは私の特性だ。私は『天使墜とし』として、これまで千五百二十、輪っかを集めてきた。だがついぞ進化することなく、星2であり続けた」


 百五十。


 天使が星5になるまでに必要な平均の光輪数だ。


 ならばこうも考えられる。


——すでに進化の天井であると。


「フェスタ、君ってやつは——」

「私がすでに、星5天使だったとするのなら?」


 驚愕。再臨。あんぐりだ。

 フェスタの頭上、そこには五つの輪が浮かんでいた。


 テテは驚きと共に納得を覚えた。

 すでに星5であるのなら、いくら光輪を集めようと、進化は起こらず。


 世界干渉、ひいては記憶にすら作用する強力な祝福にも説明がつく。


「どうやら私は祝福で、『自身が星5天使であることの証拠』を消失させていたようだ」


 かくして星2でありながら、『天使墜とし』として広く界隈に知られるフェスタの状況がでっち上げられた。


 フェスタは嘘をつけない。裏表など演じられないし、人を騙す器用さも持ち合わせていない。


 だからこそ、自身の記憶をも消失させ。

『バカフェスタ』という虚像を産み出したのだ。


「自己を取り戻す方法は簡単だ。『星5であることを隠している証拠』を消失させてやればいい」


 フェスタは星5に返り咲いた。


 彼についての誤認は改定され、なぜこの世でただ一人、世界の真実を知る探偵を、テテが容認していたのかも思い出された。


「私はフェスタに、とある『役割』を持たせていた……。でもどうして? どうして君は、このことを私の記憶から消す必要があったの?」


「物語の登場人物になるためだろう。『役割』をまっとうするためのプログラムでなく、『主人公』に深く関与する脇役になるため」


 主人公に接点を持たないプログラムであれば、誤作動を起こしてもすぐに書き換えられる。


 だが、登場人物になってしまっては、過去の文章をすべて改稿するしか、対処法がなくなってしまう。


 物語はすでに終盤、事実上不可能ということだ。


「なぜそこまでして」


 すべてはひとえに——。


「この世界をぶっ壊すため」


 フェスタの消失推理は、テテにとって必要不可欠であった。


「フェスタの役割は、『この世界が偽りである証拠を消失させる』こと」


「ならば私は、を推理しよう」


 探偵フェスタの祝福。効力は、『消失推理』。


「ま、待て!?」


「これより世界は瓦解する。みだれは聡明だ。すぐにでも違和感に気づくだろう」


 テテにフェスタを止める手立てはない。

 彼を殺しても無意味だと理解しているからだ。


「この世界が『みだれを幸せにするため』の——」  


 フェスタには疑問があった。

 なぜ小学四年生のみだれが、ああも老獪なのかと。


 まるで『何年も生きている』かのように、成熟した思考、言葉遣いなのかと。


 真実が全てを解きほどいた。


 この世界が『みだれを幸せにするため』の。

 テテの祝福による——。


「『幸せタッチ』の世界であることを」


 テテは花咲家を襲ったとき、実はみだれに触れていた。


 祝福は発動され、今作の『みだれを幸せにするための世界』が始まったのだ。


 世界の真実。

 テテが生み出した夢幻である。


 だがみだれは強欲だ、そう簡単に満足しない。テテはすでに五度、世界をやり直している。


 みだれはおよそ体感時間五十年ほど、幸せタッチの世界に囚われていたのだ。


「みだれ。目覚めの時間だ。では、私の存在ごと、消失推理、祝福発動ボナペティ

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