第21話 天罰

 今朝は珍しくきぃと二人きりになった。

 僕がランニングをしている間に、ランちゃんが遊びに出掛けたのだ。


「クネヒトがいないと練習が捗る」

「ただ、刺激は少ないね」


 きぃの落ち着いたメロディに合わせて、簡単なドラムをならす。上達には毎日の練習が必須とのことで、律儀に太鼓を叩いているのだ。ランちゃんは天才なので例外。


「君たち、最近かなり悪さをしているね。いい加減やめておいた方がいいんじゃ無い?」


 きぃの忠告に驚く。


「ん? どうして? きぃは僕たちの目的を知っているよね」


「多くを不幸にして。さらに多くを幸福にするためだっけ? だからしょうもないイタズラをしていると」


 罪悪感はないんだ。なのに都合よく背徳感は覚えてしまう。壊れた脳みそで遊んでいるのです。


「やったことは必ず自分に返ってくるよ。より大きな厄災になってね」


 人を呪わば穴二つ、みたいな話かな。


「案外スピリチュアルなんだね」

「きぃも悲しみの発露を求めて、ひどく荒れてしまったことくらいある。いいことは一つもなかった。人だけじゃない。社会全体からも嫌われて、『なぜ死なない?』と世界が耳元で囁くんだ」


 彼は産まれてこのかた、喜びを感じたことがないと言う。

 僕ではとても耐えられないな。


「どうして自殺しないの?」

「ピアノのため。父にピアノを託された。譜面が完成するまで、きぃは死ねないんだ」


「ん?」


「細かい話は今度にしよう。別に隠すつもりはない。ただ、一度心を殺さないといけないから。余裕ができたらまた話すよ」


 きぃは練習を早々に切り上げた。

 地雷でも踏んでしまったのかな。

 よくあるよくある。


「最後にもう一度。天使なんてものがいる世界なんだ。『天罰』くらい起きてもなにもおかしくない。気をつけるんだよ。無茶しないでよ。君はもうきぃの仲間なんだから」


「ん。ありがと」


 最近、きぃとの会話が増えた気がする。

 僕が一番のファンだからだ。


 一日中彼の演奏を聴き続けているのに、全然飽きがこない。悲しみ。絶望。どれも素敵な娯楽だ。


「よし、行くか」


 一人になったことだし、僕もイタズラするとしようか。


 ビルを出て繁華街に出る。


 今日はランちゃんもいないし、きぃの言葉もある、控えめなやつにしよう。


 道路の真ん中にコーンを置いて渋滞させたり、スケボーの上に乗って、公道クロールとか!

 公衆電話でわざと警察官へ電話をかける……、それはやりすぎかな。


 頭の中で幸せ物質をせっせこ製造していたから、眼前に立ち塞がる男に気付けなかった。


「君、少しいいかね?」

「あ、あー」


 警察官だ。帽子を外し律儀に挨拶してきた。


 一瞬頭が真っ白になった。頭上に三つのがあったからだ。


 間違いない。この人がフェスタの言っていた警察官天使だ。


「いま、俺の輪っかを見たね? なるほど、君は天使を知っているわけか」

「天使? おまわりさんは天使なの?」


 警察官は背が高く、ガタイも良かった。無機質な表情が冷徹をあらわにしていた。


「シラを切らなくてもいい。星三天使ともなれば、一般人から輪を隠すことができる。使ね」


 フェスタのやつ、そんなこと教えてくれなかったぞ。

 あの人は輪っかが二つだから、知らなかったのかもしれない。


「きたまえ」


 命じられるままについていく。別に逃げてもよかったが、それだと趣旨がブレる。


 だって僕たちは、この人を誘き出すためにくだらないイタズラを行い続けたのだから。


 警察官をおちょくり、内部に潜む天使を炙り出す。ようは作戦成功ってわけ。思わずスキップしてしまった。


 連れて来られた場所は、人気のない路地裏だった。


「こんな仕事をしていると、必要のない知識ばかり詳しくなる。ここは常習的に犯罪に使用されていた場所だ。表で大規模な工事が行われている。騒音のせいで、叫んでも誰も気づきやしないんだ」


 つまり警察官は、助けを求めなければいけないようなことを、今から僕にするのだろう。


 なんてことはない。危機感や恐怖心がないからだ。


 ただ、少し浅はかだったとは思う。

 せめてランちゃんと一緒にいるときがよかった。


「ここ数日、小学生と思しき男女のイタズラが横行していた。通報履歴を遡ると、面白いことがわかった」


 話をしているあいだに逃走経路を探るも、警察官が立ち塞がる出口以外、ろくな逃げ道がない。

 そうなるよう誘導されたのだ。


「犯行現場が一箇所に集約していたんだ。それもちょうど、俺の管轄内に」


 もう隠しても無駄だろう、白状するほかない。

 フェスタは教えてくれた。三宮区域を管轄とする警察官天使がいると。


 だが職業柄なかなか馬脚を表すことがなく。調査は難航していたそう。

 だからこそのイタズラだ。あえて通報されるようなことをして、警察官を誘き出した。


「僕は天使になりたいんだ。大天使『テテ』に唆されて、つい目指してみたくなっちゃった。夢見がちな年頃だからね」


「好きにすればいい。他人の天職活動まで口を挟むつもりはない。ただ——」


 警察官は懐から警棒を取り出し、ブンッと伸ばした。


「やったことの責任は果たしてもらう。補導するのは簡単だが、その程度では活動をやめないだろう? だからまずは」


——お前の戦意を折るとしよう。

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