第20話 三万円! 三万円!

「今回の成功報酬は以上だ」


 開店前のオーシャンノベルにて密談を交わす。昨日と違う点はメンバーが一人増えたことだ。


 きぃは天使の存在を認知しているらしく、フェスタが天使であることも把握している。なのでこの取引に参加していても問題ない。


 あいにく僕らの活動には怪訝な反応を示しており、協力は得られそうになかった。


 フェスタから支給された現金三万円を受け取り、ひとまず金額の大きさに驚いた。


 富豪だ。大富豪だ。何を買おう。ヤンヤンつけ棒をたらふく買おう。


 と言うのも、先生天使の情報をフェスタに伝え、約束通り報酬を受け取ったのだ。


「ならばお待ちかね。エンジェルショッピングのお時間です」


・フェスタの祝福内容   五千円

・フェスタの本名     五千円

・フェスタの来歴     五千円

・天使の仕組み      五千円

・警察天使について    二万円

・ホームレス天使について 十万円

・大天使について     百万円

・世界について      五百万円


 他にもいくつか候補があったが、目についたのは概ねこんなところ。

 最高金額に設定されている『世界について』。当然気になるが、買う機会に恵まれるのはしばらく先のことだろう。


「私のおすすめはやはり上の三つだ。金額も初回割引価格にしておいた」


「天使の仕組みを教えて」


「ん? 私の情報は?」


「んー。あんまし興味ないです」


「さいですか……」


 ショックを受けているみたい。フェスタはもう仲間だから。あなたと戦うつもりはないから。

 

 一万円と五千円札を交換すると、フェスタがキリと仕事モードに入った。


「天使と一言にまとめても、個体差は大きい。下級天使や大天使といった俗称は耳にしたことがあるだろうが、正式には五つの位に分けられている」


 上から熾天使。智天使。力天使。権天使。天使。

 覚えなくていいとのことだ。


「見分ける方法は簡単、上位の天使になればなるほど、頭上の輪っかの数が増える」


 先生は一つ。

 フェスタは二つ。

 テテはなんと五つだった。

 つまり最上位の天使だと言うことだ。


「輪っかが増えるほど、天使の持つ『祝福』は強力になる傾向がある」


 先生の『正直』とテテの『幸せタッチ』。比較するまでも無い。


「輪っかは他人に譲ることができる。つまり譲られた側の天使は位を上げることができるし、ただの人間を天使にすることも可能だ」


 だから先生は最後に託したのだ。


「僕は先生に輪っかを渡されたけれど、天使になれていないよ」


「どの段階で覚醒するか、あるいは昇格するのか。これには個体差がある。一つの輪っかのみで大天使になれる者もいるし、百個あつめてようやく下級天使にしかなれない者もいる」


 手当たり次第下級天使から奪えばいいというわけでもない。

 

「輪っかがなくなっちゃったらどうなるの?」

 先生は『長くない』と言っていた。


「天使の資格をなくしたものは自殺する決まりだ。その運命から逃れることはできない。ひいては、天使を殺すことで全ての輪っかを奪うことも可能」


 なるほど。だから先生は死んだし、テテは僕にバトルを求めた。


「人が天使になる方法は、実は輪っかの譲渡だけでない。非覚醒者の人間が自殺したときにかぎり、稀に天使へ覚醒することがあるそうだ。死に瀕したさい、天界の神々と共鳴するためだと言われている。ちなみに、自殺からの覚醒者は総じて位の高い天使になる」


 なるほど。テテはこの情報を隠すことで、僕に自死させないようにしたわけだ。


 理にかなっている。テテはだから天使の数を自殺者で喩えたし。自殺するはずがないだろう楽観主義者のフェスタが下級なのも頷ける。


「以上で私の有する天使の情報は終わりだ。他に何か質問はあるか?」


 ドンと机の上に二万円が置かれた。

 ランちゃんの金遣いは見ていて気持ちがいい。


「次の敵はどいつや?」

「話そう。警察天使について」


****


 活動日記 3


 三ノ宮某所、横断歩道を警察官たちはギロリと見張っていた。

 歩行者優先が原則であるのにも関わらず、無視して走行していく車を取り締まるためだ。


 今もちょうど、少年が横断歩道を渡ろうとしていたが、ワゴン車がややスピード超過で通り過ぎていった。


 警察官は数十メートル先に待機している同僚に無線で旨を伝え、違反車は路肩に誘導されて行った。


 警察官は内心、魚が釣れたような優越感を味わっていた。

 だがすぐに気を取り直し、再び監視を再開する。


「ん?」


 違和感。

 先ほど横断歩道を渡り切ったはずの少年が、次は逆側から渡ろうとしていたのだ。


 道でも間違えたのだろうか。訝しむが、通り過ぎていく車に気を取られ、彼の姿を見失ってしまった。


 やや時が経つと、先ほどの少年が再度横断歩道前に立っていた。今度は善良なドライバーが一時停止する。


 少年は車を一瞥すると、踵を返して路地に消えていった。数分後、なんと少年は戻ってきた。


 違反者を警察官が咎めると、ニヤリと笑い歩道を渡った。


 いよいよ怪しいと感じた警察官が、注意深く少年を観察する。少年はその後、何度も同じ行動を繰り返していた。


 思惑に気づき、警察官は少年へ声をかけるために近づく。


 そんな悪辣な可能性、考えたくもなかっただろう。


 少年は、『わざと車を通り過ぎらせることで、故意に違反者を取り締まらせている』のだ。


 警察官に気付いた少年は、脱兎の如く駆け出していった。

 追いかけようとするも、高級車の軍団が横断歩道を通過していき、渡ることができなかった。


 この日、警察官は赴任以来一番の点数を稼いだ。


 罰則金を払った違反者は罪を深く反省し。老後、無事に免許を返納することができた。

 もちろん免許証はゴールドに輝いていた。


****


 活動日記 4


 チリメンモンスターカルテットの初ライブは路上で行われた。三ノ宮ではよくある光景だ。


 フェスタはエレキベース、きぃは鍵盤ハーモニカ、みだれはシンバルひとつという軽装備であったが。

 きぃとフェスタの腕前はプロ級であり。

 かつランツがメロディを牽引し。それはもう見応えのあるライブに仕上がっていた。


 いつの間にやら、スマホ片手に傾聴する観客が大勢ついていた。簡単な演奏しかしていないみだれですら、バンドメンバーの一員であれる優越感に浸っていた。


 演奏は既に二曲目のクライマックスにさしかかり、観客の熱量は最高潮に達していた。


「すみませ〜ん。ちょっとお話伺ってもよろしいですか?」


 だが演奏の最中、声をかけてきた闖入者が一人。

 警察官である。


 ライブの中断を余儀なくされ、観衆は思い思いにブーイングする。


 みだれたちに驚きはない。むしろ予想さえしていた。『無断で路上ライブを行っていた』のだから。


 騒音などの観点から、路上ライブには行政の正式な許諾がいる。常識である。

 ちなみにバカのフェスタは、これを知らない。


「逃げろ!」


 ランツの号令を受け、小学生三人は散り散りに逃げていった。

 一人惚けるフェスタだけが、警察官にこっ酷く叱られていた。


 彼らの演奏に心酔していたオーディエンスは落胆し、不幸な気持ちになったが。


 SNSに上げられたライブ映像が、ことごとくバズりイイネがついた。


****


 活動日記5


 三ノ宮を貫く大通り。それにまたがる中央歩道橋にて、ランツとみだれはたむろしていた。


 街の景色を一望しつつ、次のイタズラを考えていたのだ。

 今はもっぱら、下を通り過ぎていく車にツバを落として遊んでいる。


「ランちゃん、その格好似合っているね」


 ランツのド派手な髪色を隠すため、古着屋でスカーフを買った。もちろん色は赤である。

 それを頭に巻き付け、今は無地のワンピースで着飾っている。

 

 目立つには目立つが、以前よりかはマシだ。


「せやろ。一般人のコスプレしてんねん」


 無為な会話をしつつ、ランツはめざとくも標的の警察官を目視した。

 二人の幼稚なイタズラを見かねた歩行者が通報したのだ。


「来たで、かましたれ」


 二人は勢いよく歩道橋の手すりの上に立ち。

 みだれはズボンを下ろした。


 放尿した。


「あはっ! 最高やな!」

「なんだか清々しいね」


 眼下のドライバーがパニックになっていることが、慌てた運転から察せられる。


 警察官はすぐに駆け出したが、二人は手すりから離れなかった。


「いっぺんやってみたかってん」

「だね。映画ならうまくいく」


 神戸姫路間を繋ぐ大型の神姫バス。

 二人はその上目掛けて、なんと歩道橋からダイブした。


 ランツは見事着地に成功し。みだれは体勢を崩して顔面を強烈に打ちつけた。ランツが支えなければ、バスから落ちていただろう。とめどなく鼻血があふれていた。


 なにごとも映画のようにはいかない。


 そしてついに、二人の痴態を警察官天使が視認した。

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