第15話 幕間 探偵フェスタのバカ推理
これはみだれたちの物語からすこし外れた、幕間の事件簿である。
探偵業。とくに『異能力探偵』なんて仕事をしていると、時たまとんでもない案件を依頼さられることがある。
『首なし事件の解決』
今回の依頼もそのうちの一つだ。
本来ならば警察に丸投げする内容だが、フェスタにはこれを受ける強いモチベーションがあった。
ここ数ヶ月間、関西を中心に頻出している一大事件。
『天使の首狩り事件』
主に幸せな家庭を狙った悪辣な犯行であり。
その全てが一家の首を爆発させると言う、残酷極まりない共通項をもつ。
一人残された者たちは、皆こぞって『天使がやった』と証言している。
警察はいまだに事件解決の糸口をつかめておらず、捜査は難航していた。
だが、フェスタをはじめとした多くの天使連中は薄々勘づいていた。
強力な力を持つ、『大天使』の仕業であると。
フェスタは大天使を拿捕するため、独自に動いていたのだ。
「では、推理を始めよう」
依頼人から手渡された資料に目をやる。
そこには驚きの一文が記されていた。
『首無しの頭部を見つけてほしい』
犯人ではなく。
被害者の失った『頭部』をと。
「面白い」
被害者の年齢は不詳。個人を特定する情報は一切なく。ギリシャ出身で、本体は現在フランスにて安置されていると言うことしか明記されていない。
一見トンチキな依頼だが、無碍にするわけにはいかない事情があった。
なにせ依頼主はヨーロッパを活動拠点とする考古学者であり、成功報酬は破格の金額設定であった。天使の有無に関わらず旨みのある案件だ。
だがフェスタは今回の依頼、十中八九一連の事件とは無関係であると踏んでいた。
大天使の犯行は今のところ関西圏に集中している。いきなりの国外はやや不自然だ。
これまでのノウハウは通用しない。
ならばどうやって『首』を見つけるのか。
『異能力探偵』、フェスタの本領である。
「消失推理、
フェスタが唱えると、脳内に情報が浮かび上がった。
『被害者の出自はギリシャ国・東マケドニア=トラキア領のエーゲ海に浮かぶ小さな島である』
これこそが、天使フェスタの異能力、天使の祝福である。内容は——。
『事件の証拠を一つ、世界から完全消失させる代わりに、事件にまつわる情報を一つ得ることができる』
情報、つまりはヒントだ。
例えば監視カメラの『映像』をこの世から消失させたなら、犯人の身体的特徴を知れるだろう。
例えば『凶器』を消失させたなら、犯人の動機が考察できるだろう。
理論上、全ての証拠を完全消失させたなら、『犯人の特定』が可能になるというチート能力。
人呼んで、『消失探偵フェスタ』。
現場保存の鉄則に著しく反し、証拠の保全が重要になる刑事事件などには向いていないが。
今回のような『無くしもの』を探す程度であれば、もってこいの祝福である。
能力は連続する——。
「消失推理、
今、世界から一つ証拠が消えた。
『被害者はとても著名であり、誰しもが彼女の姿を一度は目にしたことがある』
「ふむ、被害者は『女性』であるのか」
祝福の発動にはいくつか条件がある。
1、フェスタ本人が事件現場にいないこと(小難しい言い方をするのなら安楽椅子探偵であること)。
2、フェスタ自身がどの証拠を消失させるかの選択は不可。
3、証拠は事件解決にあたって重要度の低いものから順に消失される。したがって、得られるヒントも初めのうちは乏しい。
『全ての証拠を消失』させたなら、犯人の特定は理論上可能だが。犯人であることを立証するには、ある程度の証拠を残さねばならない。
今宵、フェスタの推理力が試される。
「消失推理、
『被害者の名称は『ニケ』である』
「ふむふむ。ギリシャ神話における勝利の女神ニケと同名なわけか。えらく大層な名前だな」
「消失推理、
『ニケが出土した場所は『サモトラキ島』である』
「なるほど。情報が出揃ってきたぞ。わが敬愛するホームズ氏ならば、すでに事件は解決していたのかな?」
「消失推理、
『被害者は紀元前から存在しており、背には大きな翼をもつ』
だがしかし。
フェスタは過去一度も、証拠を残し事件解決に至るという芸当をこなしたことがない。
「消失推理、
『被害者の体は大理石と石膏からなる』
なぜならフェスタは。
「消失推理、
『被害者は頭部の他、両腕も欠けている』
「消失推理、
『被害者は二メートルを超える彫刻である』
「消失推理、
『依頼者の考古学者は、彫刻の失われた頭部を探している』
なぜならフェスタは。
「消失推理、
『依頼者は俗にいうトレジャーハンターであり。長年の調査の結果、ニケの頭部が現世に実在していることを確信している。だが世間一般的には失われて久しいと認識されている』
「消失推理、
『被害者は現在、フランスのとある美術館にて展示されている』
「消失推理、
「消失推理、
「消失推理、
「消失推理、
「消失推理、
なぜならフェスタは——。
度を越した、『バカ』であるからだ。
感の悪さだけで言えば、世界屈指の鈍感力を誇る。
小学生を三人、自宅に匿う。
誘拐できてしまえる程度の、考えなしのバカである。
すれば証拠を残して解決するなど夢のまた夢。
全ての事件において、解決率100%をほこる名探偵フェスタは。
全ての事件において、証拠の消失率100%をほこる迷探偵でもある。
よくよく考えてみれば、現代社会において、ホームズのコスプレをしているいい年こいた大人は、総じてバカと呼ばれる。
「消失推理、
『ニケの首は現在、ポーランド南西部に位置するクションシュ城地下、ナチスの地下壕にて隠匿されている。犯人はヒトラーであり、戦時中、依頼主の曽祖父が隠し持っていたニケの首を簒奪し、存在を秘匿にした』
「ではでは、事件解決である」
テレビをつけてみると、もっぱらとある大事件が盛んに報道されていた。
『速報です。フランス、ルーヴル美術館にて、首がないことで有名な彫刻、『サモトラケのニケ』が忽然と姿を消しました!』
地球上類を見ないほどの歴史的遺産が、フェスタの異能により消失した。完全に。綺麗さっぱり。
なにせニケの本体、首なしのからだは。立派な『証拠の塊』であるからして。
「では、お次の事件行ってみよう」
お次の事件は、兵庫県のとある片田舎で起きた、悲痛な出来事である。
とある一家の首が爆発させられた後に、家ごと放火されるという、惨たらしい内容であった。
当然フェスタはバカだから、全ての証拠を。
『花咲家』すら丸ごと消失させ。
(そのため警察はみだれ達の動向を追えないでいた)
事件の犯人を突き止めることに成功した。
読み通り、大天使テテ。
そして——。
『ランツ・クネヒト・ループレヒト』
『花咲みだれ』
共犯であった。
これは少年少女と一人のバカが出会う、少し以前の幕間である。
最後に、フェスタがバカであることの証拠を召し上げよう。
この事件簿ごと、綺麗さっぱり。
「消失推理、
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