第30話 祈り手
最も星5に近いとされる星4、ホームレス天使。
大阪は西成区を拠点とするホームレス天使は、屈指の武闘派として知られている。
討伐という観点で言えば、堕とすのはテテよりも難しいとのことだ。
祝福は『資本主義』。
自身の総資産、十分の一を対価として支払う代わりに、対象を一時間意のままに操ることができる。
ただし支払う金額が、対象が普段得ている時給よりも下回ってはいけない。
ようは、『対象の職よりも好条件の金額設定を提示した場合、強制労働を強いる』祝福だ。
一見強力に見えるが、かなりピーキーな性能をしている。
単純に総資産の十分の一という金額設定が辛い。
労働時間が長引くほど、所持金が目減りするからだ。
労働者を多数雇用するならなおのこと。祝福の性質上、一度に雇用できる人員の上限は十人まで。
他にも時給千二百円で働いている大学生を雇う場合、総資産は十倍の一万二千円以上が必要になる。
安く聞こえるが、仮に天使側に一千万円の貯蓄があると、学生ごときに百万円を支払わなければいけず、過剰出資になってしまう。
支出を抑えるためには収入を調整する必要があり。だからこそホームレス天使の雇用対象は同じホームレスに限定されていた。
彼らが得られる収入はわずかだ。
平均月収四千円というデータが示す通り、一般的な常識とは乖離している。
この数字が正しいとしたとき、一日の労働時間を四時間と計算しても、時給は驚異の五十円となる。
ワンコインあれば、ホームレス十人を一時間、こき使うことができてしまうのだ。
『資本主義』の最も恐ろしい点は他にある。
ずばり『雇用者を雇い主と同等の労働力』にすること。
言い換えれば、天使の戦闘力を、ホームレスに強いることができる。
ホームレス天使の経歴は異色だ。
ボクシングで世界三回級制覇王者に輝き、チャンプを十度連続で防衛している。
しかし悲劇の王者陥落と、長期のスランプ。世間からのバッシングに耐えかね、自殺。のちに天使へと覚醒した。
つまりランちゃんは、最大値十人の世界チャンプと戦わなければいけず。非戦闘員がいてはかえって邪魔になる。留守番を余儀なくされた僕は現在、大天使『祈り手』の元へ赴いていた。
お互い天王山ってやつだ。そそられるね。
祈り手が潜む敵地はここ、神戸福原。
関西随一の風俗街であり、生前、きぃが勤めていた職場でもある。
フェスタの情報を元に辿り着いた店は、あからさまに下劣な装いをしていた。ショッキングピンクな壁面、派手なだけの装飾。
性知識に疎い僕ですら、ここがそういう場所であることはなんとなくわかった。
店内に入ると、受付の男がギョッとした表情でこちらを見る。
「おい、ここは子供が来るような場所じゃないぞ」
「きぃ君を120分コースでお願いします」
またたきの喫驚を僕は見逃さなかった。受付さんはきぃのことを知っている。
「冗談。僕はきぃのススメでここに来たんだ。お金が欲しくてね。働かせてくれませんか?」
「……」
彼の裁量では決めかねるのだろう、返答が鈍い。そうこうしているうちに新たな客が入店してきて、状況に驚いている。
このままでは営業に支障が出る。そう判断した受付さんは、渋々僕を事務所へ案内した。
一時間ほど待たされたが、別に苦ではない。
今後の展望にワクワクしていたからだ。
僕には計画がある。
このまま男娼(フェスタに教えてもらった)として雇われるつもりなのだ。
条件として、きぃを犯した男性客を逆指名する。
きぃを買ったのだから、僕でも問題ないと思う。
外見は彼より劣るけれど、二歳も若いのだから、変態の嗜好には適うだろう。
そして殺す。
懐に隠してあるナイフで、喉を掻き切って殺す。
別にきぃの無念を晴らすためとかいう、殊勝な心意気があるわけではない。
きぃは死んだ。
死んだやつのためなんかに僕は頑張れない。
単純な理由だ。
世界から一人分の幸せが損なわれたとしても、あまりある正当な理由ができたから。
未成年を買春することは法で禁じられている。
それも男が小学四年生の男児を買ったとなると、大ニュースになる。
店舗で斡旋した証拠が掴めれば、この店は司法から厳しく追求されるだろう。存続は困難になるし、何人もの逮捕者が出る。
ただ潜入して通報してもいいのだが、裏社会にどれほどの権力や圧力があるのか計り知れない。
子供一人の奮起では歯が立たないことだって往々にしてある。
なので僕は問題をより大きくすることにした。
客を殺し、スマホ(きぃの遺品)で証拠映像を撮影し、フェスタへ送る。
死体の処理、隠蔽。僕らに対する口封じ、映像の隠滅。
後始末はかなり面倒なものになる。
そこで提案する。
『出頭しないし、映像もばら撒かない。なんなら証拠の全てを消失させてあげよう』
フェスタの消失推理を利用すれば、全ての証拠をもみ消すことができてしまえる。
本来悪人を見つけ出すための素敵な祝福が。
どんな悪行であっても完全犯罪に仕立てられる、最悪の呪詛へとなり変わる。
流石天使の異能だ。幸せと不幸の相関に似ていると思った。
僕側のリスクが少ないことも今作戦の利点だった。
最悪消されるだろうが、心理的に子供を殺せるやつがそういるとは思えないし。単純に死体が一つ増え処理が手間になる。
店舗側が警察に通報することもありえない。それはもはや罪の自供に他ならないからだ。
万が一僕が捕まったとしても、懲役刑は喰らわない。
警察官天使が教えてくれた。十四歳未満の子供は罪に問えないと。
つまり殺人だって無罪になる。子供だけに許された特権だ。
証拠を全て消失させる代わりに。
『経営主を呼べ』
この店に限らず、福原風俗街一帯は一人の経営者によって運営されていた。
経営者は風俗店だけでない。児童養護施設や孤児院の院長、さらには近年勢力を高めつつある、新興宗教団体。俗にいうカルト教団『祈りの會』の教主も務めていた。
なぜ孤児院で暮らしていたきぃが風俗店で働けたのか。なぜ風俗店が金も身寄りもない女性や、足のつかない子供を多く斡旋できていたのか。なぜきぃが大天使『祈り手』の存在を知り、情報を欲していたのか。
全ては繋がっていた。
家族を亡くし孤児院で暮らしていたきぃは、施設の人間の紹介を受け、男娼となった。やがて雇い主が天使であることを知る。
『祈りの會』に聖書はない。
たった一つの啓示だけが信奉されていた。
『信者を必ず幸せにする』
祈り手の祝福、『幸せの合掌』によって。
きぃは祈り手に縋ろうとしたのだ。
きぃの幸せ、つまりは曲の完成のために。
「それだけじゃない」
驚く。僕の思考を読んだかのような返答だったからだ。
長時間待たされた甲斐があった。
こんなにもワクワクしたのは久しぶりだ。
僕の元へやってきた男の頭上には、テテと同じ五つの光輪が浮かんでいた。
「君が考えていることは概ね想像がつく。だからいいことを教えてあげよう」
男はいわゆる神父の格好をしていた。だと言うのに手には数珠を持っていた。
サングラスをかけた生臭坊主である。
尚も特徴的なのは、テテと同じ、大きな翼を生やしていたこと。
気味の悪い笑顔を貼り付けたまま、祈り手は語る。
「きぃ君の初めての客も俺だ。彼を救い、彼を誘惑し、彼を犯し、彼を祝福したのも俺だ」
いい。じつにいい。やはり大天使、一筋縄ではいかない。
「君は俺を殺せるかな、花咲みだれ君」
ボスが難敵であるほど、楽しくなっちゃう。
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