第3話 幸せタッチ

「『幸せタッチ』。私が念じ、触れた人間は、今後受けるであろう幸せの数倍を瞬時に追体験し。『もういいや』と思えるくらい人生に満足すると——」


 グラスを落とす。

 結果がちらばる。


 幸せタッチ。人生に満足すると、頭が弾ける。


「これが私の祝福さ。ようは異能力ってやつ。安心するといい。幸福は冠水した。家族は幸せに溺死したんだよ」

「僕にもやってよ!?」


 今後受けるであろう幸せの数倍。享受できたのなら、死んでもいいじゃん。僕の哲学はシンプルなのです。


 迫るとテテに抱きしめられた。両翼がふわふわと香った。


「私はね、いつも一人だけを残すんだ。なにせ大切な家族の死だぜ。残された者は生涯、新鮮な不幸を作り続けてくれる」

「でも僕は……」


 不幸を感じるように出来ていない。


「初めは殺そうかとも思った。でも君は意外や天使に向いていた。後者のほうがよほど生かす理由になった。それだけさ」


 悲しくはない。残された者が僕で良かったと言う安堵だけがある。

 ただ、いつまでもあなたの手のひらに恋をしています。


「強力な祝福だ。莫大な幸せと愕然の不幸を気軽に量産する。まさに天使の御業だね。幸せタッチは私のだけれど、他の奴らだって手強いよ」


 天使になるためには、天使を堕とす必要がある。

 つまり人の身で、小学生が、異能に挑まなければいけない。


「天使よりも君の方が人々を幸せにできると、神に証明してみせろ。天使になるとはそう言うことだ」


「僕はテテを殺さないといけないの?」

「もちろん。ただ天使は案外多い。絶望に自殺しちゃう人と同じくらい、そこらに希望が歩いているよ」


 テテが頭を撫でてくれた。

 見上げると綺麗な笑顔が膿んでいた。


「どうか君の行く末に、幸福のあらんことを」


 テテは額に、ファイトって感じのキスをした。

 頭がふやけて、ポカンととろけて。


「あれ?」


 気づいた頃には天使様の姿がなかった。煙のようにスゥーッとたち消えたのだ。

 ここでようやく、彼女が真に超常の者であることを自覚した。


「テテ」

 

 名残惜しさの返答はない。

 見渡したところで落ちているのは死体だけだ。羽の一つも面影はなく、静寂が少し肌に寒い。ただ……。


 額の恋路をなぞる。

 その温もりだけが、確かに実在していた。


『どうか幸福のあらんことを』

 言葉は次の呟きと同義である。

「どうか不幸のあらんことを」


 独り言はするたちじゃないけれど。

「僕、天使になるよ」

 小さく決意表明。


 僕の人生がかくしてバサバサ。

 羽ばたくのだった。

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