第18話 チリメンモンスター・カルテット

 フェスタビルに帰ると、きぃはこれまた号泣しながらテレビを見ていた。


 涙と共に流れていたのはニュースの速報だ。

 神戸市内の小学校に複数の不審者が侵入し、生徒たちに危害を加え。不審なことに担任教師は屋上から飛び降りたという内容。

 警察は自殺と事件、両方の可能性を追っているそうだ。


「これ、きぃのクラスだ。君たち、なにをしたの?」


「ちっとはおまえの気、引けたかな?」


 きぃは愕然とした様子で天を仰ぎ見る。


「絶望だ……。惑星クラスの」


 きぃはつらつらと泣き続け。その間僕たちはシャワーを済ませた。櫛でランちゃんの髪をとかしてやる。せっかくの綺麗な髪なのに、手入れのひとつもしていないから癖っ毛がすごい。


「クネヒト、花咲。きぃは友達にも恋人にもならない。君たちの人間性が嫌いだからだ」


 あは。最近忘れがちだったけれど、そういえば僕たち、往来の嫌われ者だった。


「大嫌いと言ってもいい」


 言うねぇ〜。


「敵とすら思う」


 きぃ、そんなんだからイジメられるんだぜ……。


「でも、いつまでも敵対しておくつもりもない。何をされるかわかったものじゃないから。君たちはどうやら本当にここで暮らすようだ。フェスタのバカにも仲良くしろと言いつけられた。不幸なことにね」


 本当に傷ついていることがわかる。机の上に水溜りができつつある。


「だから折衷案だ。『仲間』になろう」

「仲間?」


 つまらなさそうにきぃの話を聞いていたランちゃんが、ようやっと尋ね返す。


「そう、音楽仲間。クネヒト、君の言葉は正直効いたよ。たしかにきぃの音楽はまだまだ未熟だ。言われるまでもなく、ちゃんと理解している。だからこそ余計に腹が立った。昨日はごめんなさい」


「ほいで?」


「きぃの人生は悲しみばかりだ。乗り越えたことも、希望を見出したことも、あるいは絶望し、終わらせたことすらない。だから、どうやって音楽を完成させればいいのか、まったくもってわからない。スランプに陥っている」


「そんで?」


「だから頼ることにした。きぃの演奏に足りないものを、君たちが補ってくれ」


 ようするにきぃは言っているのだ。

 一緒にを組めと。


「憤怒も、激烈も、情熱も、感涙も。クネヒト、君なら表現できるはずだ」


 きぃはランちゃんの芸術センスを認めている。


「幸いフェスタは好事家だから、多種の楽器が揃えられている。昼間なら店は閉めてあるから、地下で練習もし放題だ。きぃの演奏に対して、あそこまで物申した君のこと。音楽の心得はあるんだろう?」


 無茶な話だ。ランちゃんはあくまで聞き手として好きなだけ。リコーダーの吹奏は信じられないくらい上手いけれど。


「もちろん今すぐにとは言わない。年単位での上達を待つ。きぃとバンドを組んでいる間は、君たちのことを反故にしない」


 これはいわばきぃからの譲渡であり挑戦だ。

『文句があるのなら、追い付いてから言え』という。


「今すぐだ」


 それでこそランちゃん。

 君はあらゆる勝負事に対して、『勝たずにはいられない』性分をもつ。勝負だけに。


「今すぐ演奏して、アタシをおまえに認めさせてやる」


「へぇ、言うじゃないか。きぃの食指は程度じゃ動かないよ」


「のぞむところや」


 かくして決戦は早急に。


 地下に降りるときぃはすぐにピアノの調整に入った。

 基礎練習の反復だというのに聞き惚れた。


 ランちゃんもお目当ての得物を見繕ったようだ。

 重厚なケースから取り出された管楽器。金のメッキが黄金色に輝き、ランちゃんの顔を反射光で煌めかせる。


「ソプラノサックスか。いい趣味をしている」


 納得気に話しかけてきたのはフェスタ。

 彼は生活のほぼ全てをビル内で完結させているようで、今もカウンターでワトソンくん(コワモテバーマン)としっぽり飲んでいたところだ。


「数あるサクソフォンのなかでもとりわけ高音域を担当する楽器だ。表現できる熱量は計り知れない。運指こそリコーダーと共通しているが、それなりに難易度も高い。ランツくん、吹けるのかい?」


「アタシに鳴らせない楽器はない。たいてい五分でも吹けば物にできるで」


 フェスタは呵呵と気持ちのいい声を出した。


「あーはっ、君もか。いいだろう、興が乗った。私も手伝うよ」


 コートと帽子を脱いだフェスタは、肩を鳴らしながら楽器を取った。ひときわ目立つ体躯、フェスタの身長ほどある。大きなヴァイオリンのようにも見える。


「コントラバスっていうやつ?」


 四本の弦に油を塗りながらフェスタは答える。


「ジャズ風にいうのならウッドベースだね。私はこれでバンドの粗を支えよう」


 試奏を終えたランちゃんが僕に棒切れを二つ投げた。


 受け取ると素人でもドラムのスティックであることがわかった。


「え? 僕もやるの?」


 ランちゃんは天才かもしれないけれど、僕に音楽的な能力は一切ないよ。


「なにいうとんねん。アタシの初ステージやぞ、ほならお前は特等席座らんかい」


「ものはいいようだ。確かにステージ上は最高の客席だろう」

 フェスタも同様に手招きする。

 

 無理やりにドラムセットの前へ座らされた。

 多数の太鼓がもたらす迫力は凄まじい。


「みだれは人と共感することができひんポンコツやけど。それがかえって、『マイペース』という長所にもなっとる。アタシらがどれだけサカッても、絶対にテンポ変えたりすんなよ。ええか?」


「いやいや、そんなこと言われても困るよ。僕はドラムのドの字も知らないのに」


「そう難しいことはたのまん。みだれにはこれ一個だけを叩いてもらうわ」


 手でカンと鳴らされた金属の大きな円盤。

 シンバルと言えばいいのだろうか?


「リズムはこう」


 チャカチャカチャンとリズミカルに。確かに頑張れば僕でも叩けそうな難易度だった。


 ただいきなりは難しかったので、形になるまでに三十分ほどの時間を要した。


「聞き馴染みのある拍子。ジョンコルトレーンの『My Favorite Things』だね」


きぃピアノアタシサックスのバトルにはうてつけやろ。お前の土俵でやったるわ。勝った方がバンドリーダーな?」


「試験がいつのまにかバトルに……」


 二人は火花を散らす。

 きぃのはちょっと湿っている。


「このバンドがうまくいったとして、バンド名はなににする?」


 僕の質問にランちゃんが溌剌と答えた。

 リーダーする気まんまんじゃん。


「雑魚三匹と一翼のモンスター。合わせて『チリメンモンスターカルテット』でどうや」


「いいんじゃない?」


「ウィットに富んでいる。賛同だ」


「雑魚が誰なのか思い知らせてやる」


 レッツジャム。

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