第25話 幕間 探偵フェスタのバカバトル

 これはみだれたちの物語からすこし外れた、幕間の事件簿である。 


 大天使テテによる『天使の首狩り事件』は、フェスタの予想通り三ヶ月前からパタリと止んでいた。


 とはいえ人間は愚かだ。

 人が人である限り事件は起こり続ける。ので、名探偵という職が消えることもまたない。消失能力をもってしてもだ。


 余談はさておき、フェスタは愚か者である。


 近頃、彼は本業を疎かにしていた。

 チリメンモンスター・カルテットの活動が思いのほか楽しく、柄にもなくジャズマンを気取っていたからだ。


 そうこうしているうちに、依頼主が消された。

 この場合の消されたは、『殺された』を意味する。


 依頼主は特殊詐欺グループ、いわば半グレ集団のボスだ。

 内容は『正義のヒーローを特定してくれ』というもの。


 テテの事件が鳴りを潜めてからしばらく、メディアでは別件が取り沙汰されるようになっていた。


 通話を悪用した特殊詐欺。主に架空の会社を名乗り送金を誘導するものや、身近な人を装うオレオレ詐欺などが代表される。


 それらをメインターゲットにし、私刑を執行する事件が近頃横行していた。


 制裁の内容は徹底しており、何人かの死傷者も出している。依頼主のボスも、部下である通話役の『カケコ』が被害にあったとのことだ。


 捕まれば極刑は免れないが、世間ではどこか犯人を賞賛する風潮がある。悪を滅ぼす『ヒーロー』であるとして。


 事実、詐欺の被害者は減少していた。詐欺師たちがヒーローを恐れ、身を潜め始めたからだ。その数は近い将来ゼロに近づくと言われている。


 依頼主死亡のため、成功報酬は得られないが、フェスタは独自に調査を続けた。論理的な理由はない。強いて言うのなら『長年の勘が働いたから』、とでも言うべきか。バカだから言語化はできない。


 直感は告げていた。今回の事件、『天使』が絡んでいるのではと。


 フェスタは祝福を行使する。

 もちろん、特定までに全ての証拠を消失させるバカ推理である。


「ビンゴ」


 犯人の名は耳塚孔雀みみつかくじゃく、三十六歳、無職男性。


 つい先日天使に覚醒したばかり。もっぱら天職活動にご執心のようだ。


 祝福は『イヤホンジャック』。


 他人のスマホを覗き込み、操作することができる。特筆すべきは転移についてだ。孔雀は通話した相手の元へ、瞬間移動することができる。


 星三ともなれば、通話先の携帯も遠隔で操作できるとのことだ。


「なるほど。通話詐欺をメインターゲットにしているのも頷ける」


 架空請求の電話がかかってきた瞬間、詐欺師の元へ転移することができる。


 フェスタは決戦の準備を整え、消失推理によって把握した孔雀の番号へコールした。


『どちら様ですか?』

「こちら悪い大人です。今からあなたを騙そうと思います」


『……』


——祝福発動、『イヤホンジャック』


 瞬間、孔雀はド派手な登場をした。


 さすがヒーローを騙るだけあって、やけに仰々しい、自己主張の激しい服を纏っていた。孔雀の羽がしつらえられた、サンバの衣装のようだ。


「ようこそオーシャンノベルへ」


 フェスタは動じない。事前に用意していたワインを示し、孔雀に席へ座るよう促した。


 孔雀はフェスタを一瞥しただけで、今の状況を理解したようだ。場慣れしている。

 慌てた様子なくグラスを空にした。


「やり口に違和感があった。天使の仕業なら得心がいく。で、俺になんのようだ? 探偵フェスタ」


「光栄だね、私をご存知で」


 フェスタはバカだから、消失推理を精力的に広告している。


 情報収集に明るい者なら、フェスタが天使であると突き止めていても不思議ではない。


「界隈では有名だ。これまで幾人もの輪っかを奪い取ってきたそうじゃないか。『天使墜としのフェスタ』」


 質問に答えろ。孔雀は強い語気でフェスタに詰問した。


「おっしゃる通り。私が天使を標的にする理由は、君たち上位天使の輪っかを、『星ふたつ』にまで堕とすためだ」


「目的は?」


「個人的な信条だよ。天使は素晴らしい存在である。君も含めて、みな誰かの幸せのために活動している。私も天使であることに誇りと矜持を持っているよ」


 長くなると悟った孔雀は、辟易と言わんばかりに追加のワインを注文した。


「ただ、強力である必要はないと思っている。大天使ともなれば凄まじい祝福を宿す反面、力に振り回される傾向があるだろう?」


 ある日突然、絶対に喧嘩で勝てる異能を手にしたとして。どれだけの者が人を傷つけずに過ごせるという。

 人という生き物は強力な力を手にしたとき、行使せずにはいられない愚かな生態を持つ。


 歴史を見れば明らかだ。火薬、銃、本国へ落とされた二発の凶弾。


 テテでさえ例外ではない。彼女は覚醒以来、何百人もの犠牲者を出している。


「孔雀、君のようにね。なぜ殺す必要があった? なぜ必要以上に暴力を振るった? 私はね、天使は弱くていいと思っている。誰も傷つけられないくらい弱く。ただ己の善良に従い、人を幸せにすればいいのだ」


 祝福なんて、人を幸せにするためのちょっとした特技程度でいい。


 ヒーローなんかにならなくていい。

 ただ善人であればいい。


 フェスタの目的は、『全ての天使を星ふたつ以下にすること』


 こと。


 そのためなら自らの危険も顧みない。

 フェスタはバカだけれど、バカゆえに誰よりも真っ直ぐなのだ。


「さぞご立派な大義名分だが、そう言って自身が大天使になりたいだけじゃないのか? 天使が輪っかを蒐集する理由など、どこまで行っても進化のためだろう?」


「千五百二十。私が今まで集めてきた輪っかの数だ。私はその全てを体内に取り込んだが、悲しいかな、覚醒以来星二つのまま。どうやら私は大天使に向いていないらしい」


 自傷気味に語るが、フェスタにしてみると欠点は大きなアドバンテージだ。


 今後一切進化しないのなら。全ての天使の輪っかを取り込むことで、全ての天使を同列に堕とすことが理論上可能になる。


「くく。くくく。お前はバカだ。大間抜けだ。俺が強力な祝福をもったがために、無闇に人を傷つけていると勘ぐったのか? 違う。俺の祝福はせいぜい、電話に干渉し、転移、操作を行うのみだ」


 人を傷つける類の祝福ではない。


「詐欺師に制裁を加え、ときに殺したのは、完全なる俺のエゴであり、自由意志だ。俺の拳で、俺の殺意で、クズ共に鉄槌を下した。奴らは社会の癌だ。切除すべき腐敗だ」


「どうしてそこまで?」


「俺自身が詐欺師だったから。覚醒前は何人もの無辜を騙し、私服を肥やしてきた。そのせいで心中した夫婦を目の当たりにした。耐えられなかった。罪悪感に押しつぶされた。懺悔を忘れた夜はない。片時もだ。だから俺は容赦しない。過去の自分を殴り殺し、罪をかならず贖わせる」


 犯罪者を許すことは、己を許すこと。

 孔雀は自己矛盾を認めない。


「殺しても贖罪にはならない、やりすぎだ、あくまでこれは私の意見。君の思想は立派だと思うよ。実際に詐欺師の数も目減りしているようだ。ヒーロー気取りなのは鼻につくけれど、今や君は世間で注目の的。今も自己を誇示している。まるで怪鳥の求愛じゃないか。承認欲求を満たすために、引くに引けなくなっているのではないのか?」


「結論をいえ」


「これは正義や悪の話ではない。互いの信条を突き通すための戦いなのだよ」


「言っておくが、俺は強いぞ」


「もちろん。私が君を呼んだのだ。なにも策を用意していないわけがないだろう?」


 嘘である。フェスタはバカだから、本気で話し合いで解決できると思っていた。祈っていた。


「君、シャーロックホームズは読むかね。彼は探偵であると同時に東洋武術バリツの会得者だ。ボクシングやフェンシングもプロ級の腕前だそうだよ。探偵は職業柄、あらごとも多い。多少の護身術は必要だと言うことだ。私だってそれなりに覚えがある」


 嘘である。フェスタは年中引きこもっているので、すこぶる弱い。バンドメンバーの中で最弱である。


「ワトソン君もいる。彼の隆々な肉体美を見るといい。きっと私に迫る実力の持ち主だ」


 嘘である。バーテンダーの肉体美は趣味のボディビルディングで出来あがったもの。人を殴る用ではない。かつフェスタよりは大いに強い。彼はああ見えてシャイでもある。


「それでも挑むと言うのなら、殺す気でくるといい。私も心置きなく仕留めることができる」


 フェスタは立ち上がる。緋色のコートを脱いで、肩を鳴らす。自信気な表情だけは様になっていた。

 フェスタはバカだから、ついた嘘が本当のように思えて、強気になっているのだ。


「ふんっ。負ける気がしないな」

 

 本当である。耳塚孔雀の実力は、祝福込みの天使と比べても相当の上澄だ。警察官天使ですら単独撃破が叶うだろう。


 昔取った杵柄、半グレ時代に何度も修羅場を掻い潜ってきた経験則があるからだ。


「だがフェスタ、お前と争う意義を俺は見出せていない。お前とは相容れないが、悪ではないと判断した。殺すつもりはない」


 孔雀は祝福、『イヤホンジャック』を発動した。

 フェスタのスマホに干渉する。


「お暇させてもらうとしよう。次、俺に電話をかけてきたときは、容赦なく敵と判断する」


「それはどうも。孔雀、最後に一つ尋ねる。君が殺した私の依頼主は、君に実の息子を殺されてしまったそうだよ。まだ十五歳だった。犯罪には関わっていなかった。たまたま現場にいたと言うだけで、巻き込まれてしまったんだ。犯罪者にだって家族がいる。家族が死んで悲しまない人間はいない。この話を聞いて、まだヒーローを続けるかい?」


「当然。二度と俺のような悪が産まれないよう、根絶やしにしてくれる」


 話を聞いて、フェスタはみだれに渡した携帯へメッセージを送った。


『逃げろ』と一言だけ。


 孔雀は祝福で、その内容をキャッチした。


「持ち主は誰だ?」

「息子だよ」


「ふん。ちょうどいい、今すぐそこへ向かってやる。息子の顔、忘れないよう記憶しておいてやる。フェスタ、俺に危害を加えてみろ。依頼主と同じ運命を辿らせてやる」


 祝福発動『イヤホンジャック』


 孔雀は店を跡した。祝福でみだれの携帯へ転移したのだ。


 フェスタは一滴の血も流すことなく、この場を切り抜けてみせた。


「ただいまー」


 ほど無くしてみだれたちが帰ってきた。

 一仕事終えたような、清々しい笑顔だ。

 孔雀と邂逅した様子はない。

 

「言われた通りの場所に携帯を置いてきたよ」

「ありがとう。あとでしっかり報酬を払うよ。それよりも先にジャズをしよう」


 フェスタは立ち上がり、みだれたちと熱狂の渦に沈んだ。孔雀のことは、わざわざ説明しなかった。


 バーテンダーがテレビをつける。そこには速報の太文字で、『駅前の小型コインロッカーに、人が箱詰めにされていた』というショッキングな事件が映し出されていた。


 どうにか一命は取り留めたが、後遺症は甚大だろう。


 フェスタの宣言は正しい。

『こちら悪い大人です。今からあなたを騙そうと思います』


 フェスタはみだれに依頼した。

『ガラケーをコインロッカーにいれてこい』と。なおかつ『カメラレンズを下にしろ』と。


 孔雀は通話先の電話にも干渉することができる。


 スマホであれば位置情報や内カメないし、外カメのフラッシュ機能で大方の状況は把握できただろう。


 フェスタが用意したガラケーには位置情報機能などハイカラなものはなく。

 ガラケーはスマホと違い折りたたんでいるため、カメラレンズは一つしかないのだ。


 人は強力な異能を得ると、行使せずにいられない。その心理を利用した。


 孔雀は転移する必要なんてなかったのだ。ただ黙って退店するだけでよかったはずだ。


 全てはフェスタの計画通り。

 

 表向きは名探偵フェスタ。

 天使界隈において彼は、『天使墜としのフェスタ』と呼ばれている。


 果たして彼は本当にバカなのか。

 真実は誰も知らない。なぜなら——。


「さて、今日の事件簿も召し上げよう」


 消失推理、能力発動ボナペティ

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