第十一話 合流

 ――部屋に差し込む日の光と、鳥のさえずりで目が覚める。

 昨夜、寝床に倒れ込んだまま眠ってしまっていた様だ。


 強く掴まれていた腕は解放されている、俺は寝床から立ち上がり、大きく体を伸ばす。

 ふと、目を向けると枕元には二人分の衣服が用意されている。


 俺はそれ等へと着替えを済まし、粗雑に放ってある紙をを手に取りミーナへの書置きを残し彼女の、枕元へ添え部屋を後にする。


「なんだい?……もう行っちまうのかい?」


 階段を降りると既に、女将が料理の下準備だろうか?……慌ただしく動き回っていた。


「はい……」


「……そうかい……偶にはミーナあの娘に、顔ぐらい見せに来てやんな……」


 女将は少し、呆れた様な口調ながらも俺を送り出してくれる。


「ミーナの事……お願いします」


 俺は女将にそう返し、急ぎ鍛冶屋へと向かった。

 鍛冶屋へ着くが、何時もの様な熱気や鉄と鉄が激しくぶつかる音は聞こえない、だが鍛造炉の中に目を向けると、小さいながら未だ赤い光を発していた……先程まで作業をしていたのだろうか。


 自分の足音だけが響く店内……隅の方で作業台に突っ伏する人物が目に入る。

 足音に気づいたのか、ゆっくりと体を起こしながら辺りを見渡している。


「ぉう、あんちゃん……随分と早いな……少し待ってくれ……」


 充血した目と少しやつれた様な顔を此方へゆっくりと向けながら呟く。


「朝早くにすまない……」


「んー、ぁあ……良いって事よ!今、持って来てやるから待ってな!」


 ガスパーは大きく伸びをすると、少しおぼつかない様な足取りで、作業場の奥へと消えて行った。

 程なくして、木箱を抱え戻って来る。


「ほら!注文の品だ」


 木箱の中には、黒の中に薄っすらと青が覗き光沢のある胸甲……抜き身の剣……刀身は鏡の様に磨かれている。

 それ等に見惚れている間に、ガスパーは更に何かを取り出す……外套、一目見ただけで分かる、丁寧に処理された上質な革、均一に打ち込まれた胸甲と同様に青黒く輝く鋲。


 芸術品の様な美しさすら感じる品を、俺は思わず手に取り見入ってしまう。


「どうだ?……あんちゃん、気に入ったかい?」


「あぁ!……最高だ……この青み掛かったのは……焼き入れか?」


「そうだ!高温の油の中に入れ、冷水で一気に冷やす……強度を上げるための熱処理だ……そして、その剣だが……」


 お互い、徐々に会話に熱が入り始める。


「……鏡の様な刀身、勿論刃も同様に鋭利に磨き上げてある……羽虫でも止まればそのまま切れちまうだろうよ、そしてその刀身だが実は異国の技術を真似してみたんだ」


「異国の技術?」


「あぁ、そうだ!……海を渡った先の遠い東の国の技術でな、鏡の様に見せることで刀身は景色に溶け込み、相手に剣の動きを追わせない様にするモノらしい」


 『異国の技術』と言う言葉に何故か心が躍る様な感覚を覚える。

 再度、剣を手に取りジッと見つめる……刀身には自身の顔と店内の景色が鮮明に移り込む。


 柄との境目から切っ先まで、食い入る様に見つめる……不意に剣の角度が変わると同時に差し込む太陽光を反射し、炳然へいぜんたる光点が壁へと映し出される。


「……なるほどな」


「気に入ってくれたみたいで嬉しいぜ……次は胸甲こいつだ、着けてみな」


 そう言いながら、何やら自慢げな表情を浮かべ胸甲を差し出してくる。

 言われるがままに着用する……俺はある事に驚愕した。


 軽い、とても軽い……確か以前に着用していた物と同じ構成で注文をした筈だが。

 俺の驚く表情を見るなりガスパーは笑みを浮かべる。


「どうだ?驚いただろう?……熱処理によって外側の強度が格段に向上した分、芯金を軽量な金属に変えられたんだ……勿論、全体の強度は落ちちゃいねぇ、寧ろあんちゃんが前使って物より頑丈な筈だぜ」


 先程と同様にガスパーは自慢気な表情と満面の笑みを浮かべている。

 俺はそんな彼を横目に胸甲を着用した状態でおもむろに剣を構える。


 そして素早く何度か剣を振るう――

 『軽量な金属』その言葉による錯覚かも知れないが、自身の動作一つ一つが軽やかに感じる。


「ガスパー……これ以上と無い最高の仕上がりだ」


 ガスパーは腕を組み満足気に小さく何度か頷いている。そしてゆっくりと口を開く。


「あぁ、確かに自分で言うのも何だが、それ等には俺の持っている技術全てを詰め込んだ。剣の切れ味、鎧の頑丈さ、どれを取っても正に『逸品』と言えるだろう……だが以前にも言ったかも知れないが、こうして壊れてしまった、剣や鎧は代わりの物を用意できるが、あんちゃんの命、身体はそうは行かねぇ……あぁ……何て言えばいいのか?……俺ぁ、心配なんだ」


 此方が心配になってしまう程、何時もの豪快な振る舞いや語勢からは、想像が出来ない気遣わしげな口調で呟く。


「すまないな……だが安心してくれ、俺は『目的』を果たすまで決して死ぬつもりは無い……約束しよう、必ずコイツをアンタに研いで貰う為にまた戻って来る……」


「剣を研ぎに戻って来るか……痛めない様な戦い方が出来ねぇのか?と言いてぇ所だが……分かった『約束』だ、必ずソイツを持って来な、何時までも待っててやるから必ずだ」


 次第に何時もの振る舞いに戻るガスパーに対する安心感と同時に胸に宿った『決意』と共に、ガスパーが差し出した左手を強く握りしめる。


「じゃあ、行って来る」


「おう!気ぃ付けな!」


 会話を終えると同時に背中を勢い良く叩かれる。

 俺はそれに微笑みで返し、新品の外套を少々、大げさに広げ羽織りながら店を後にした。


 クルダーが待つ村までは此処から徒歩にて半日程度、今から出発すれば急がずとも日が沈む前には到着するだろう。

 大門を目指し歩く最中、椅子に腰を掛け項垂れている女性が、ふと視界に映る。


 俺はその見覚えのある女性に、心ともなく歩み寄る。


「レイラ、こんな所でどうしたんだ?」


「……リアムさん」


 真っ赤に腫らした目を此方へ向けながら、今にも消えてしまいそうな小さな声で呟く。


「……一昨日の夜……ジルリースさんと、ディスタルさんが亡くなったんです……」


「ジルリースとディスタル?」


「……はい……坑道での一件の際に救出された二方なんです」


 実際に確認した訳では無いが、サイディルが言うには栄養失調程度の状態だったらしいが。


「あの晩、お二人は急に何かに怯えた様に診療所から飛び出してしまいました……勿論、診療所内の方達と直ぐに捜索しました。ですが二人は見つからず、私たちが診療所に戻り途方に暮れていた頃でした。……ギルドの方達がやってきて『遺体を回収して欲しいと』伝えられたんです……向かった先には『首から上の無い遺体』が二体、ありました……身元の確認をしなければいけないので、別で回収されていた頭部も確認しました」


 レイラは口元を手で覆いながら嘔吐えずき始める。

 気休め程度ではあるだろうが俺は、そっと彼女の背中に手を当てる。


「……ジル……リースさんと……ディスタルさん……」


 彼女はその場に、うずくまってしまう……


 ……俺の頭の中は次第に怒りで満たされる。

 口封じ……恐らく、唯それだけの為に彼らは惨殺されたのだろう、人間兵器化計画被験者の現状と今後について……これの内容が外部に漏れてしまう事を恐れ……『関係者』それだけの理由で。


「……大丈夫です……望んで……これを」


 途切れ、途切れに彼女は呟く。

 惨状を目の当たりにした記憶が蘇ってしまっているのだろう、酷く混乱した様子を見せる。


「すまないな、嫌な事を思い出させてしまって……」


 俺は彼女が落ち着くまでの一時を、傍らで背に手を添えながら過ごした。

 暫く時間を置き、ぽつりと呟く。


「……酷い醜態を見せてしまいました……ありがとうございます……お陰で少し心が安らいだ気がします」


「そうかそれは、何よりだ……」


「……リアムさんその恰好、今からお仕事ですよね?すみません、こんな所で足止めしてしまって……私はもう、大丈夫ですので……お気をつけて、行ってらっしゃいませ」


 落ち着きを取り戻し始めた彼女は、衣服を掃いながら腰を上げ俺へ送出の言葉を投げる。


「あぁ、行って来る」


 俺はレイラに背を向け再び大門を目指した。

 大門を抜け、街道に沿って歩を進める最中、脳内をレイラとの会話の内容が駆け巡っていた。


 ギルド内部での犠牲者が出た事、そして書類の内容、もう疑わないと言う選択肢は無いだろう……ギルドの上層部、もとい『ギルドマスター』を。

 ギルドマスターからの指示による調査、その報告書に関与した人物の殺害。


 だが彼らは何故……そしてあの書類は坑道から見つかったのか?。

 書類の移送か?……いや、だとしたら何故、坑道あそこの付近を通る必要があるのか分からない。

 

 遠回りになるとは言え別の街道を通れば、大抵の地域には安全に足を運べる筈だ。

 村を目指す中、小高い丘を登った所で以前、足を運んだ坑道が遠目に映る。

 

 同時にその時の記憶が蘇る。

 関係者と書類の処理か……彼らの能力がどれ程の物かは分からないが、危険な場所へ故意に送り込み任務の末の戦死と見せかける。


 あれに殺されれば、身体だろうが、書類だろうが跡形も無くなってしまうだろう……だがその期待は外れ彼らは捕縛される事となった。

 そして後から向かった俺達によって救出された……いや。


 ――思考回路が絡まる様な感覚に陥る。


 サイディルが言っていた『私へ直々に命令が下った』その言葉が引っかかる。

 何故、救出の可能性……いや、書類が見つかってしまう可能性が高い命令を下した?サイディルを始末する為か?。


 だとすれば、調と言う文言は何だ?思考回路が焼き切れそうになる程、考察を巡らしている内に目的の村へと到着する。

 一先ず整理をつける為に、休まずに巡っていた思考を抑え込み、大きく息を吐く。


「はぁ……」


 巡り巡る思考は徐々に、此度の任務の内容で上書きされていく。

 もう一つ大きく深呼吸をする。


 ふと見上げた空、頭上にはのしかかる様な低く厚い雲が広がっている。


「よぉ、兄ちゃん!着いたか」


 何処からか、聞き覚えのある声が此方へ響く。


「道中、何事も無かったか?」


「あぁ、大丈夫だ……それより此処の状況はどうだ?」


 一目、薄暗い空を見上げクルダーが答える。


「一雨、来そうだな……此処で話すのも何だから、着いて来な」


 ――案内されるままに辿り着いたのは、村の中でも少し高い所に位置する住居であった。


「村長、お伝えしていたが到着しました……今夜にでも急襲を仕掛ける予定です」


 村長と呼ばれる老齢の人物はその言葉に唯、小さく頷き返す。


「……兄ちゃん、こっちだ」


 小さな別室へ向かい窓際の椅子へと腰を掛ける。

 外の景色は、先程よりも更に暗くそして地面や傍らの窓には大きな、雨粒が激しく叩き付けられている。


 そんな荒れ始めた天候を目に移しながらクルダー口を開く。


「先ずは先程の村長との会話通り、到着後に間も無くですまないが今夜、野営地へ急襲を仕掛ける……そして、敵の人数だがだ……周囲に弩砲などの固定兵器は確認できなかった……此方は二人だがこの雨音と敵の不明瞭な視界を上手く利用すれば、容易に接近し密かに、そして速やかに制圧する事も可能だろう」


「六人か……アンタの言う通り密かに片づけてしまえば問題ないだろう。一つ確認なんだが俺はアンタと、一緒に戦った事が無い……獲物は、背中に背負ったそので良いんだよな……とてもじゃないが、密かに制圧するなんて出来るとは思えないのだが……」


「問題無い、心配するな!……じゃあ辺りが、もう少し暗くなったら動き始める。それまで少しの時間ではあるが、身体を休めておいてくれ」


 クルダーは不敵な笑みを浮かべながら、自らの自信をそのまま口から吐き出すような口調で呟く――

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