第十七話 会いたかった人
――きっと今まで受けて来た親からの愛情……それとは比べ物にならない程の愛を受けたのだろう、不思議と俺はあの日の事を思い出す事は殆ど無かった。
俺自身も
その中でも俺は、何日かに一度訪れるある人と過ごす時間がとても好きだった。
「――リアム、元気だったかい?」
長髪を後ろに束ね、腰に剣を携える細身の男、俺をあの現場から救い出してくれた人物。
俺は、何時もその腰に携えた剣を触っては怒られていた。
ある日その男から、小さな木剣をもらったな……。
「君にはまだ、
そんな贈り物が俺は、とても嬉しかった。
その日から俺はその男が訪れる度に、子供の遊び程度だが、その小さな木剣を打ち合っていた。
そんな、幸せな日々が永遠に続くと思っていた。
――ある夜中の出来事、俺は周囲の異様な熱さで目を覚ました。
辺りを見回すと、部屋の中に立ち上がる大きな火柱。
炎の明かりに照らされる人影、それは何かを引き摺りながら此方へと近づいてくる。
接近する人影に立ちふさがる一人の男性。
引き摺る何かを、不気味な笑い声と共に振り上げ、男性を容赦なく切り捨てる。
更に此方へ迫るその人影、大きな刃物を引き摺りながら、ゆっくりと、ゆっくりと。
其れを再び大きく振りかざす。
此方へ振り下ろされる寸前で、俺は一人の職員に抱えられ、間一髪でその場を逃れた。
そのまま職員は走り出し建物の外へと駆ける。
俺を抱えた職員は、一時も足を止める事無く走り続けた。
永遠にも感じるその時を過ごし、再び時間の流れを感じたのは、ある都市に辿り着いた時だった。
都市の防壁を、黎明の光が照らす。
肩で息をし胸元に子を抱える……そんな、異質な雰囲気に気付き番兵が直ぐに駆けつける。
「何があった?」
息も絶え絶えに答える職員。
すぐさま都市の中へと招き入れられる、職員は俺に微笑みかけ手を握った。
しかし、一安心……そんな言葉は一瞬にして、消え去ってしまう。
足音、不気味な笑い声、金属を引き摺る音、再び絶望が這い寄る。
「下がって居なさい」
俺達を背に声の主を取り囲む、三人の番兵。
再び挙げられた笑い声と同時にその三人は一瞬にして地面へと沈む。
瞬きの間も無く続けざまに、俺を抱えた職員へと刃を振り下ろす。
鮮血の滴る刃を俺へと突きつける
幼くも眼前にして理解した。
脳内に広がったのは、恐怖?、絶望?、不安?……いや、空虚だった。
そう何も感じない。
――あぁ、最後。
「……ッチ」
ゆっくりと、振り上げた刃を下ろし踵を返す。
そして俺の脳、そして体はありとあらゆる、感情に支配され一切の身動きが取れなくなってしまった。
次に、記憶が刻まれ始めたときに俺は、
あの時のあの場所で俺自身が何を思ったのかは分からない。
それから何日も何日も薄暗い世界を彷徨った。
泥水を
不思議な事に、苦しい、辛い、そんな感情は浮かばなかった。
唯一つ、小さな木剣を見るたびに思った。
またあの人に会いたい、と。
だが、何故だ?あんなに会いたかった人の顔……今では、はっきりと思い出せない――
「――リアム?」
呼び声で、ふと我に帰る。
辺りを染める夜闇、頭上に広がっていた青天は、満天の星空になっている。
「君は意外と素直だね。……しかし、まさか夢中になって道中、全く口を聞いてくれないとは……さぁ降りておいで、今日は此処で休息を取ろう」
揺れる焚火、その火に掛けられた料理鍋からはいい香りが、辺りに立ち込めている。
馬車を降り、二人と共に食事を取り、眠りに就く――
◇◇◇◇◇◇
「――おい兄ちゃん!まだ着いてくるか?」
馬車の先頭から声が響く。
激しく砂埃の舞う道中、俺たちは村へと向かう最中、三体のハザックベアに追われていた。
積み荷の弩砲、爆薬、簡単に対処できる術は幾つかあるが、監視がされている事を想定すればそれ等を今、使用するのは得策ではない。
「クルダー、そのまま暫く走り続けてくれ」
馬車を追尾させ、体力を消耗させた所で先頭へと持ち込む。
「リアム、目的地の村がもうすぐだ。このまま、奴らを連れて行けば、大きな被害が出てしまう」
確かに、サイディルの言う通りだ……この場で仕留めるしかないか。
「此処で
「それしか無いね……クルダー、少し離れた所で待機していてくれ」
指示を出した直後、サイディルは此方へ視線を向ける。
返答代わりに同様に視線を向け同時に馬車から飛び降りる。
転がり、受け身を取り、剣を抜く。
相対する三体、内の猛烈な勢いで突進して来る二頭を素早く避ける。
「そっちは頼むぞ」
サイディルへ声を掛け待ち受ける一体へと走る。
立ち上がった巨体は空間を裂く勢いで腕を振り下ろす。
振り下ろされた腕を躱し背後へと回り剣を突き立て、柄を強く握りしめ背中へと貼り貼く。
その瞬間、俺を振り落とそうと暴れ回る巨体。
振り落とされぬ様に咄嗟に、短剣を取り出し突き刺す。
暫く暴れ回り剝がせない事を理解したのか次は自身の背中を岩へと向ける。
岩と巨体に挟まれる寸前で、腹部へと回りこむ。
咆哮を上げながら自身の背中を打ち付け、一瞬体勢をを崩す標的……。
鼓膜が裂けそうな咆哮、人の頭が丸呑みに出来る程に開かれた口の中へ短剣を持った手を、力一杯押し込む。
まるで噴水の様に、血を吹き出し倒れ込む巨体に潰されない様、再び即座に背中へと回り剣を引き抜く。
サイディルの方へ目を向けると、まるで舞う様に、二体の攻撃を華麗に躱し続けている。
急ぎ其方へ向かい、再びの相対。
サイディルと俺、双方の眼前に巨体が立ち塞がる。
サイディルと背中を合わせ、殺意に満ちた目と見合い、誰かが動けばそれに全てが呼応する、そんな状態。
――ならば先手。
俺は巨体の足元へと飛び込む。
一人残された、サイディルへ二体が両の腕を振り下ろした。
空を裂き振り下ろされた四本の腕、僅かな隙間を掻い潜り紙一重でサイディルは其れを躱す。
勢い任せに振り下ろした腕は、標的が避けた所で止まる筈は無く互いの肉を引き裂く。
咆哮、そして一瞬の静止を見逃さず即座に切り掛かる。
足元、目掛け横へ二振り大きく薙ぎ払う。
崩れる体勢、股下を潜り巨体の前面へと回るり膝を付く。
頭上に迫る頭部、下顎から脳天目掛け、切っ先を掲げる。
背後で感じ取っていた気配、目にせずとも分かる。
まるで鏡合わせを思わせる同様の仕法でサイディルが止めを刺す。
剣を引き抜き、眼前から足元へ空を斬り滴る血を振り払う。
先程まで周囲を流れていた、慌ただしい空気が嘘かの様に静寂が辺りを包む。
背後に迫る馬車の音に気付き振り返ると、クルダーが安堵の表情を此方へ向ける。
「危ない所だった……もう少しで、あの村までコイツ等を招待するところだったな」
「あそこが目的地の村か?」
遠目に見える村を指差し呟く、クルダーへと問いかける。
「あぁ、あそこがテゼルト村だ。やっと道のりの、半分ってところだな……さぁ、再出発とするか!」
声を上げ再び馬車の先頭へと乗り込むクルダーに続き、俺達も荷室へと乗り込んだ。
それから出発し、程なくして先程遠目に映っていた目的地のテゼルト村へと到着――
「さぁ、取り急ぎ宿の受付を済ませようか……宿の場所を訪ねて来るから少し待っててね」
俺は飛び降り、走り出すサイディルはよそに辺りを見回していた。
砂漠の遺跡には何度か足を運んだ事はあるが、この村に寄るのは初めてだな。
此処、バーキッシュ領には幾つかの集落や村が有るがその中でも恐らく、かなり規模の大きい村だろう。
立ち並ぶ大小、様々な建物、
「兄ちゃん、支部長はどうしたんだ?」
「宿の場所を聞きに行ったみたいだ」
「そうか。……そういや兄ちゃん、話は変わるが昨日は俺たちの声が通らない程、何に耽っていたんだ?」
話したくない内容などでは無いが、話せば長くなってしまうしな……。
「……唯の昔の思い出だ」
「そうか……立て続けで悪いんだが、王立軍の出なんだってな?所属は?」
「近衛だ」
いつの間にか、先頭を降り荷室の方へやって来ていたクルダーは驚きの表情を見せる。
「本当か?どおりで腕が立つ訳だ……だが兄ちゃん、剣術を習ってないな?戦い方が、何と言うか……野蛮だからな」
……俺は今、褒められたのか?それとも、罵られたのか?答えに迷いながら返答をする。
「あぁ、確かに剣術を習った事は無いな……だが、それを言ったら
クルダーは何かに納得したような表情を見せる。
「支部長の事か?……あぁ成程な!俺が感じていた既視感はそれか!……兄ちゃんの戦い方は何処かで見た事があると思ってたんだ」
俺はその言葉を聞いて、本部での戦いで抱いていた小さな疑問が解けた。
サイディル、クルダー、どちらかと共に戦闘する事はあったが、三人で共に戦闘するのはあの場が初めてだったが、まるで長年共に戦い抜いた戦友の様な動きが取れたのはそれが理由だったのか。
「まぁ、兄ちゃんの方が数段、荒々しいけどな」
確かに言われた通りだな……剣術と言える代物では無い。
俺の戦闘術は唯、生きる為、そして敵を殺すために培ってきた物だ。
生きる、その為に殺す。
二つの目的を達成出来ればどんな手法でも使う。
その反面
「――お待たせ」
響くサイディルの声。
息を弾ませ指を指す。
「あの、商業地区にある一際大きな建物だって」
「支部長、そんなに急がなくても。……宿まで少し休憩して下さい」
荷室へと這い上がるサイディルの腕を掴み補助をし引っ張り上げる。
やっとの思いで、そんな言葉が相応しいだろう、荷室へ上ったサイディルは横たわる。
「やはり、老いには勝てないか?」
「えぇ?酷いな……前も言ったけどまだ、老人扱いは、よしてくれよ」
サイディルは俺の放つ皮肉に少し頬を緩ませながら答える。
そして再びゆっくりと馬車が動き始める。
多くの人々が往く大通り、そして其処を外れ馬車一台がやっと通れる細い路地を抜けると、程なくして宿へと辿り着く。
未だ横たわるサイディルを半ば強引に引き起こし早速、宿の受付へと向かった。
台帳にそれぞれが名前を記入すると丁度、台帳の最後の記入欄が埋まる。
当然、新たな台帳を持って来るのだが、少し違和感を感じる。
何気なく外に視線を移すと先程まで此処にあった、そう俺たちが記入した台帳を抱えた人物が走り去っていくが目に留まった。
成程、不運にもサイディルの予想が当たったという事だな。
まぁ、三人の名前と顔を確認されている以上、寧ろそれを正確に報告してくれれば、今後の作戦に支障は無いだろうがな。
「リアム?大丈夫かい?」
「あぁ……あんたの予想通りだったな」
「ん?……あぁ、そう言う事か。まぁ特に問題は無いだろうね、想定内だし……馬車を片付けないといけない、一旦外へ戻ろうか」
そう、あくまでこれは想定内の出来事だ。
再び外へ戻り馬車の下へと向かう。
「じゃあ、クルダー出発は深夜だ、それまで休息を取る様に。リアム、君もだよ」
そう告げるとサイディルは馬車馬を引き宿の裏手へと向かった。
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