第十八話 果たせると良いな
――辺りは深い闇に染まり、冷たく乾いた夜風が
未だ、黎明は程遠い……そんな折り、俺は宿の裏手へと止めた馬車の下へと来ていた。
車輪の転がる音。少々、遅れて小さな馬車に乗りサイディルが現れる。
「すまない、遅くなったね。
馬車を降りたサイディルと共に、小さな馬車へと必要な荷物を積み込んでから、程なくして現れたクルダーは荷室を確認し馬車の先頭へと乗り込む。
「クルダー、無事を祈ってるよ」
「……はい。支部長も、兄ちゃんもな」
短く、別れの言葉を交わし出発するクルダーをその姿が確認できなくなるまで見送る。
そうして、暫く夜風に晒された身体は熱を奪われ、全身に鳥肌が立っていた。
「この時間は、冷えるねぇ……さて、クルダーには悪いけど熱い湯にでも浸かろうか……少し緊張も解れると思うよ、付き合ってくれるかい?」
緊張か……自身では平静のつもりだが、所作に表われていたのだろうか。
疲労と緊張を解すには確かに丁度いいか。
「あぁ、良いだろう」
「じゃあ、行こうか!」
「――ん?それは
俺へ視線を向けたサイディルが呟く。
「あぁ、これか?……そんなところだ」
「へぇ……」
頷きながらサイディルが体を震わせている。
あぁ、俺を待っているのか……時々、この男には些か子供扱いをされている様な気分になるな……。
「よし!行こうか」
身体の汚れや垢を洗い落とし、湯気の立つ浴槽に浸かる。
見上げた夜空には無数の星が瞬いている。
「懐かしいな、こうして誰かと湯に浸かるのは何時以来だろう……」
横で同じ様に、夜空を見上げたサイディルの声が響く。
「……」
静寂を破る様に再びサイディルが口を開く。
「昔、任務の合間を縫って、とある孤児院に通っていてね……」
「孤児院?」
「そう其処に、ある事件の際に保護した子が居てね、昼間に遊んで夜にはこうして、一緒に湯浴みをしたんだよ」
任務の合間を縫ってか……余程、その子を気に掛けていたのか、単に子供好きなのか……。
「子供が好きなのか?」
「んー、子供だけじゃないね……若ければ若い程、可能性に満ち溢れているからね。私はそれを未来に繋げたいんだ……少しばかり、長く生きている私の使命だと思っているよ」
未来に繋げる、使命、信念、この男の思惑がやはり分からない。
俺も人の事を言えた状況では無いが、分からない……。
友の死に対して何故これ程までに危険を犯すのか。
「……そうか。その子供はどうなったんだ?」
再び訪れる沈黙。
暫く吹き荒れる風の音だけが鳴り響く。
「実は、生きているかどうかも分からないんだ……」
「……どういう事だ?」
「その孤児院は燃えて無くなってしまったんだ。燃え跡から名簿に記された二人以外の遺体が見つかった……遺体の損傷が激しくてね、その中にその子が居たのか、それとも見つからなかった内の一人がその子なのかすらも分からなかったよ」
孤児院の火事?……。
続けてサイディルが口を開く。
「唯、損傷が酷い中でも分かった事が一つあってね……遺体の多くに致命的な外傷が確認されたんだ」
「致命的な外傷?」
「そう、その事からこれは、単なる失火による事故では無く何者かによる事件だと推測されたよ……当時私は既に王立軍を退役していたんだけどね、この孤児院と関わりを持っていた事で、王政からの要望で捜査に協力していたよ」
「ちょっと待ってくれ。……あんた王立軍に居たのか?」
俺は驚きの余り、思わずサイディルの言葉に割って入る。
「あれ?言って無かったっけ?……君と同じ近衛だよ。協力要請も王政からと言うより、国王から直々にお願いされた事だ」
未だ呆気に取られている俺を気にせずサイディルが続ける。
「当時、
「そこで、元近衛のあんたに直接頼んだって訳か」
「そう言う事だ。……だけど、そんな折りだった。私は外国で資源を求めた衝突が発生している事を耳にした、心苦しさはあったが私はそこで調査を打ち切る事にしたんだ」
外国での衝突、大戦に至る原因となった出来事だろう……。
「と言うのも、王位継承が遅れてしまった事によって起こった混乱で、近衛の部隊を含む王立軍全体の体制が崩れてしまっていてね」
「王立軍には戻らなかったのか?」
「……うん。私は近衛時代に築いた人脈で有事の際に備えて民兵組織を設立したんだ……まぁ、目算は外れて国は少しづつ、かつての体制を取り戻していったんだけどね」
散りばめられた無数の星を見上げながら、何処か寂し気な表情を浮かべるサイディル。
小さく一つ息を吐く。
「あの子……元気にしてるといいな……」
見上げた視線を此方へ向ける
「私が、孤児院を訪れる度にその子、私が持つ剣に釘付けでね……何時も瞳を輝かせていたよ……君が時折見せる目と同じ目をしていたね」
瞳を輝かせてか……。
「その子と約束をしていてね……」
「約束?」
「そう、小さな木剣を渡したんだ、
あぁ、成程……俺があの時感じた自身の違和感はこれのせい、だったのか……。
「……果たせると良いな」
俺はサイディルへ一言そう返し、浴場を一足先に出ていく。
部屋へと戻り寝床へと倒れ込み、思わず言葉が漏れる。
「あぁ、参ったな……」
止まらず巡る記憶と思考、瞼を閉じるも意識が深い所へ落ちる事は無い。
只管に脳内を駆け巡る思考、閉じた瞼の外側を太陽が照らす。
◇◇◇◇◇◇
――吹き荒ぶ暴風が止み、視界を妨げる砂嵐が晴れる。眼前にそびえ立つ
「さぁ、到着だ……リアム、覚悟は良いね?」
もう後戻りは出来ない……いや、躊躇など微塵も無い。
誰かの命を踏み台にした以上は
「覚悟?……とうに決まっている。前に進む以外の選択肢は無いだろう?」
「……確かに、君の言う通りだ!……だが、一つ気になるね……敵が一人も居ないね」
サイディルの言葉でその異常に気付く。
そうだ此処はエヴェルソルの支配下にあった筈だ、だが人一人どころか人の気配すら感じない。
嫌な汗が額を濡らす、そして胸が騒ぐ。
その反面に気持ちが
それ等を無理矢理、押し殺し遺跡の内部へと足を踏み入れる。
異様な程に静まり返った内部に小さく足音が響く。
人影はおろか灯りの一つも見当たらない。
俺が腰に下げた袋から手燭台を取り出すと、サイディルがそれに火を灯す。
小さな仄明かりが辺りを照らす。
地面を這う小動物、壁に貼り付く甲虫……やはり人の姿は一つも見当たらない。
一切の陽光も射さない内部に漂う冷たい空気が、より一層周囲の不気味さ、そして不安を掻き立てる。
手燭台を掲げ、小さな明かりで周囲の状況を確認する……見渡す限り、危険は見当たらない。
「……一先ず、危険は無さそうだね。予定通り探索を始めようか」
手元の明かりを頼りにサイディルを先導し内部の探索を開始した。
流石、遺跡として残っていただけは有る……恐らく長年にわたり修繕などはされていない筈だが、壁面や天井などに大きな損傷は見られない。
静寂の中で耳を突く蝋燭の芯が燃える音、同時に響く二人の足音。
それ以外に感じるものと言えば、この気味の悪い冷えた空気。
「――止まれ」
後ろを歩くサイディルを制止する。突如、闇が深まる足元……先が見えなくなっている。
しゃがみ込み、足元の闇を照らす。
「階段だ……下層へ続いている」
「ありがとう、助かったよ。危うく転げ落ちて行くところだったね」
ゆっくりと階段を下る。
不明瞭な視界から入る僅かな情報を頼りに一段ずつ慎重に。
辿り着いた下層には変わらず広がる冷たい静寂の空間、その静寂の中を再び歩き始めた。
反響し幾重に聞こえる足音……足を動かすたびに、緊張感が高まる感覚がする。
「リアム、内部に入るのは初めてかい?」
サイディルの声が粛然とした空気を裂く。
「いや、従軍時代に何度か足を運んだ事が有る。備蓄庫として改築された直ぐ後だったな……以前は、かつての雰囲気を模した装飾などで
「へぇ……改築された直後って言うと、大戦が始まってすぐの事じゃないか?という事は……君随分と若い時に軍に入っているんだね」
……そうか、言われてみれば今から十数年前、確かに周りと比べるとかなり年齢は低かったな
「もしかして、史上最年少の近衛って君の事だったりする?……民兵時代に噂で耳にしたんだ。王立軍の近衛部隊に最年少で配属された子が居るって」
「……いや、それは知らないな」
何故か、少し興奮気味に尋ねるサイディルに返し、話の本筋へと道を正す。
「あぁ、それと備蓄庫の扉だが仕掛け扉になっていてな」
「えぇ?聞いてないよ……開け方は?」
まったく……だから今説明してるだろう。
食い気味に呟くサイディルを適当に流し俺は続けた。
「記憶頼りですまないが、壁掛けの燭台が仕掛けになっていた筈だ。確かそれを動かす事で、内部の歯車が噛み合い扉が開く仕組みになっている……だが何せ、長期間放置されていたからな。最悪の場合、内部が錆びついて動作しない可能性もある」
「なるほどね……まぁ、万が一の時にはコレもあるから、大丈夫でしょ」
鼻を高くした様な口調で、肩から下げた鞄を掲げ叩いて見せる。
気になった俺はその中身を伺い少々、恐怖を覚えた。
「大丈夫、扱いには自信があるからね」
……扱いに自信がある様な奴は誤爆させた挙句、壁に大穴を開けたりしないけどな。
「間違っても、備蓄庫の中身ごと吹き飛ばす真似はしてくれるなよ……あんたごと、俺が吹き飛ばしやる」
「えぇ?」
「あ?」
静寂の中に響く俺たちの声は少々、内部に漂う不気味な空気を軽減させる。
不気味さを際立たせていた冷たい空気すらも常温程度に感じる。
何時しか高鳴る鼓動は平常へ立ち戻っている。
緊張に全身に入っていた力は程よく脱力し、心なしか視野が少し広がった様な感覚すら覚える程だ。
「うんうん、肩の力も程よく抜けたみたいだね……無理も無いと思うけどね……少しばかり緊張している様な感じだったからね」
先程までの会話は、俺の緊張を解く為だったとでも言いたいのか?……どうにも俺はこの男、自前の物としか思えないが……。
そんな想像をしている内に広まった視界の先に再び下層へと続く階段が映る。
「リアム、此処の階層は幾つに分かれてるんだい?」
「三階層だ。この階段を降りれば最下層だな」
この階段が真実へと続く道へと直結している。
そんな事を思うと、再び胸が高鳴る……だが、先程の様な緊張とは違う。
期待、そんな前向きな感情だろう。
一段ずつゆっくりと階段を下る足は何処か軽く感じる。
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