第十九話 刺客
最後の一段を下りた所から、終わりが見えない程に続く通路、上層と変わらず先を照らす光は無く深い闇に包まれ終着点は見えない。
携行する手燭台だけが頼りだ。
蝋燭の小さな炎で周囲を確認しながら、ふと横を見ると何やらサイディルが壁に掛かる燭台を弄っている。
「何してるんだ?」
「燭台が仕掛けになっているんだろう?……仕掛けを解いて、早く先へ進もう」
悩ましい表情を浮かべながら、燭台を弄るサイディルには申し訳ないが……
「……いや、其処ではない……この通路の先に扉が有る。その近くにある物が仕掛けと繋がっている」
「――ああっ!」
俺が説明をしている最中に、突如サイディルが声を上げる……錆びて
壁に掛かっていた筈の燭台をサイディルが手に持っている。
「付き合ってられないな……先に行くぞ」
俺は少し慌てた様子のサイディルを適当にあしらい、先へ進む。
少々距離が離れた所で其れに気付き此方へサイディルが駆け寄って来る。
「酷いじゃないか……何も、置いて行かなくたって……」
サイディルがぶつぶつとぼやく。
先に行くと一声掛けた筈だがな……。
其処から暫く歩き続け、長く続く暗闇に少々退屈を感じ始めた頃、備蓄庫へと繋がる扉の前へと辿り着く。
そして、再び鼓動が早まる。
燭台に掛かる手が小刻みに震える。
傍らで同様に手を掛けるサイディルが此方へ微笑みかける。
「大丈夫かい?」
待ち望んだ瞬間、意を決して燭台に力を掛ける。
……音鳴りの一つも感じられない。
「やっぱり、さっきの所だったんじゃないか?」
「……だとしても、あんたがさっき壊しただろう?」
納得した様子を見せるサイディル。
そして早々に鞄の中を漁り始め、爆薬を取り出し扉の前へと放る。
「此処で開ける方法を模索しても仕方ないしね」
そう言いながら片手に導火線、そしてもう一方の手で俺の腕を引きそのまま扉から遠ざかりサイディルは導火線へと着火する。
火花を散らしながら次第に短くなる導火線。
「耳を塞いでおいた方が良いよ」
爆薬に辿り着くまでの時間が異様な程に長く感じる時間を過ごした後、塞いだ耳すら
立ち上る砂煙が落ち着いたころを見計らい再び備蓄庫へ近づき、足を踏み入れる。
微かに漂う腐敗臭……保管されている食料が腐っているのだろう。
先程の爆発によって食料品らしき物、ボロボロの麻袋や植物片などが散乱している。
書棚等のいかにも、と言った物は見当たらない。
「……骨折り損だったかな?」
ぼやく、サイディルを尻目に俺は周囲の探索を続けていた。
散らばる物品の中に混ざる数枚の紙切れ……内容を確認するが、どれも薬剤の調合法等で特別、新たな情報などは得られない。
サイディルの言葉通りかと諦め掛けたその時、ふと地面に目を向けると一冊の本が落ちていた。
恐る恐る、表紙を開き中を確認すと、内容はどうやら日記の様だ。
「おい、サイディル」
「どうしたんだい?……それは?」
――何処からか、足音が響く。
近づくサイディルの物では無い。
空気が張り詰める。
サイディルは物陰へ身を隠す様に此方へ合図を出している……ゆっくりと此方へ近づく足音。
やがて、備蓄庫の中へその姿を現す、軽装の鎧に身を包んだ一人の男。
俺はサイディルと目を合わせ短剣を取り出す。
サイディルが小さく頷いたのを確認し、物陰から飛び出しその人物の喉元へと短剣を突きつけ――
「こんな所に何の用だ?」
少し間を置き男が口を開く。
「……それは、お前たちがよく知っている筈だ」
ゆっくりと、物陰から姿を見せるサイディル。
少し驚いた表情を浮かべ呟く。
「イバン、君とは都市防衛戦、以来か……まさか、こんな形で再開する事になるとは……残念だよ」
どうやら、サイディルの顔見知りの様だ……よく知っている筈だ、か。
ならばこのまま、帰す訳にはいかないな。
「一応、聞いておくけど……君の目的は、私たちを殺す事……で、合っているね?」
「そうだ」
周囲の空気を凍り付かせる様な口調、そして光の消えた瞳を男へサイディルが向ける。
「そうかい……じゃあ、此方も気兼ね無く君を殺せる」
剣を引き抜き、男の首へとあてがい振りかぶる。
刃を振り下ろす寸前のサイディルを俺は制止する。
「待て。……何か情報を聞き出せるかもしれない」
「確かに、そうだね……イバン、何か話してくれるかい?」
いつも通りの柔らかな口調へと戻るサイディルの問い掛けに対し、イバンと呼ばれる男はゆっくりと口を開く。
「自分たちが与えられた任務は二つ。一つは、支部長たちをギルドマスターの下へ連行する事、もう一つは、それが叶わなければ殺害するという事だ」
サイディルは、鼻で息を吐くように適当な返事を返すと、剣を収め近くの木箱へと腰を下ろし呟く。
「リアム、そのまま抑えててくれ……一つ質問させて欲しい。何故、ギルドマスターの所へ連れて行く必要があるんだい?」
口
「分からない……自分達に伝えられたのは、先程言った二つだけだ。理由は分からない」
「ほう……ギルドってのは、上の者の命であれば理由も聞かずに同胞を殺す集団なのか?」
俺はこみ上げた怒りいや呆れから、つい口を挟む。
対するイバンから帰って来るのは沈黙だった。
その沈黙が暫く続いた後にイバンが口を開く。
「何故、裏切ったんですか」
裏切った……か。
その言葉にサイディルは困惑、驚嘆の表情を浮かべる。
「裏切った?……
懐を漁り、サイディルは『例の書類』を取り出し、イバンへと見せる。
理解できない様子のイバンへサイディルが語り掛ける。
「私たちが
蝋燭の小さな明かりでも分かる程に顔色が悪くなっていく。
「噂に過ぎませんが……情報の漏洩をしたと」
「情報の漏洩?……どういう事かな?」
「極秘である調査の結果、そして調査で取得した書物等の内容漏洩。これがあなた達を追う理由だと……あくまで、噂に過ぎませんが」
成程な……情報の漏洩、これが理由なら例えこの件が世間に知れたとしても道理が通ってしまう。
遭えて理由を伝えずにいるのは恐らく、疑問を持たずに任務をこなす従順な兵とそうでない者を
図書館内にあった情報が暗号化されていて内容が分からなかった事などは、俺達を消してしまえばそれが外に伝わる事は無い、つまり情報漏洩の末の処罰と言う事実だけが残る。
「そうかい……信じてくれ、なんて事は言わないけどね。……旧王立図書館で目にした書物、資料は全て暗号もしくは外国の文字で記されていた……私達はその内容を伝える事自体、不可能って事だ」
沈黙で返すイバンへサイディルが続ける。
「
大きく息を吐き腰を上げるサイディル。
俺へイバンを解放するようにと呟く。
「さて、イバン。ギルドマスターの所へ連れて行ってくれるかい?」
「分かりました……では、着いて来て下さい」
備蓄の外へ向かうイバンをサイディルが追う、俺は少し遅れその後に続いた
「――イバン……君は何故この任務に参加した?」
来た道を再び辿り、遺跡の外を目指す最中サイディルがイバンへ問いかける。
「……従う他、有りませんでした。今更、自分がこんな事を言える立場には在りませんが、不信感は抱いていました」
「不信感?ギルドマスターにかい?……それとも、ギルドと言う組織全体にかな?」
暫く考え込みイバンが答える。
「ギルド……いや、それ以上かも知れません。ギルドマスターやあなた達の話から察するに何か、黒く大きな物が渦巻いている様に思えます」
「私も同意見だよ。王の死、その裏側に渦巻く何か……私達程度が抗える事では無いのかも知れないね」
渦巻く何か……時々、自分たちの成そうとしている事が本当に正しい事なのか疑問に思う事が有る。
そして先程の日記に記されたある言葉。
私は過ちを犯した――
確かに、真相に近づいている実感はある。
しかしそれと同時に不安や疑問……死の真相は国王自身が隠したものでは無いのかと。
「イバン、君の判断は正しいよ……奥さんは元気かい?」
「……はい」
「まったく、あの人には敵わないよ。並外れた洞察力と目的の為なら手段を選ばない冷酷さ……きっと、君が抱く不信感にも気付いているだろうね……
はぁ、君には申し訳ない事をしたよ」
悲し気な表情を浮かべながらサイディルが続ける。
「イバン、君が今後どちらに付くかは、分からないけど……どちらの道の先も血に染まった道だよ。仲間を殺し、真実を明らかにするか……仲間を殺し、真実を再び闇へと葬るか……まぁ、私は君がどの道を歩むにしてもそれを、否定する様な事はしない。だけど、もし君が私達の行く手を阻むと言うのであれば、私はそれを容赦なく切り開く」
「今、此処で自分を殺さないのは情けですか?」
問い掛けに対しサイディルは笑みを浮かべながら答える。
「あの場で私達を殺さなかった事へのせめてもの、お礼さ……君がその腰から下げている物をあの部屋へ投げ入れれば、私達を殺せた筈だからね。あの場で君が揺らいでいる事は分かったよ」
「そう、ですか」
「まぁ、巨大な掌に握りつぶされても、瓦礫の下敷きになっても生き延びた私達に、そんな爆薬程度が通用するかは分からないけどね」
高笑いをしながら、からかう様な口調で答えるサイディルにイバンは何処か安心した様な表情を見せる。
人たらし、
自分たちの不利益にならない真実を伝え小さな不信感を煽り、思考を揺らし、生まれた隙間に自身の情を注ぐ。
真実を伝える事で中立と言う立場を薄れさせ、二択を迫る。
そして其処へ僅かに自身の正当性を付け加える事で、より此方へ引き込む……事の真相を知らない相手であれば効果的な手法だ。
そう、真相を知らない相手であれば……。
だが先導させていると言った所で、ある程度の思考は読み取れる。
次第に、遺跡の出口が近づく。僅かに明るくなった所へ複数の人影が写る。
振り向き、立ち止まるイバン。俺達へ問いかける
「あなた達の目的は何ですか?……王の死の真相とは何ですか?」
「目的か……」
「真実を知る事だ」
少し、悩む様子を見せ呟いたサイディルに割って入る。
「真実?……一体、何の真実だと言うのですか?」
「今のアンタに、それを言う必要は無い」
この言葉を聞いた限りでは、この件に関して何も知らないと捉える事も出来るが……最大限、警戒しておくに越したことは無いだろう。
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